心弾む夜 9
「大人たちがお酒を飲んでてびっくりしたよ」
グラスを渡しながら今見たことを話すと、ソファーのマリーは顔を曇らせた。「お父さん、お酒飲んでるの……?」
「叔父さんだけじゃなくてみんなだよ。たくさんは飲んでないみたいだった」
いい雰囲気だったよ、と僕はソファーに腰を下ろした。
彼女は受け取ったサイダーに口をつけようとしない。
「うちのお父さん、お酒飲むとすごく怖くなるのよ」言いにくそうに彼女はぽつりこぼす。「今まで飲んでるところ見たことなかったのに、ここ最近飲むようになって」
「君のところも? うちとまったく同じだ。父さんが別人みたいに変わっちゃってさ。母さんをぶったこともある」
「あの温厚な伯父さんが?」嘘でしょ、と彼女は目を丸くした。「うちはお母さんを叩いたりはしてないけど、椅子を蹴飛ばしたり、お皿とか割っちゃって」
沈みがちな表情で、彼女はグラスをもてあそんでいる。
グミたちのゲームの音が虚しく聞こえていた。彼女の家でもお酒がらみで大変だったんだ。
「今は母さんと叔母さんもつきあっているし」元気づけようと僕は明るく言った。「量もそんなに飲んでなさそうだった。これからは普段は飲まないって言ってたし」
彼女は、ん、と曇らせたままの面持ちで小さくうなずく。
少しの沈黙をはさみ、真摯な目で僕を見つめた。
「クコには将来、お酒を飲んでほしくない」
「マリー……」
「お酒へのイメージはあまり、ううん、だいぶよくない。私、クコの人が変わったところなんて見たくない」
幼なじみの思いつめるような懇願に、向こうの家での日々を想像する。
うちの父さんと同じように伯父さんもまた飲んでは荒れ、伯母さんがそれをなじり、ミリーはかたわらでべそをかく。ただでさえ陰気な船に、より影を落とした悪夢の水。
彼女が危ぶむのは無理はない。僕だってお酒への心証をじゅうぶんに改めたわけではなかった。
「大丈夫」僕はにこりとかぶりを振った。「僕は飲まないよ」
「クコ……」
「船ではもちろん、コクーンの夢でも飲まない。約束する」
「本当? 絶対に? 破ったら私、怒るよ」
半身で詰め寄る彼女に、僕は笑顔で誓いを繰り返す。「マリーに怒られるのは嫌だから守るよ」
「よかったー」彼女は足を投げ出しサイダーをあおる。実にいい飲みっぷりだった。案外、お酒にはまるのは彼女だったりして。
そんなことを言えば機嫌を損ねかねないから口には出さないけれど。
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