十一話 ビースト

「明日は、 ファントムを用いた実習を朝から行う。 くれぐれも遅刻するなよ? それでは解散‼」

朱音はそう言い残すとその場を後にした。

時は達也が雪乃に襲われたから一日後。

昨日あれだけ騒ぎを起こした達也は、 必然的に周りの目を集めていた。

中には達也に絡んでくるものもいたが、 そこは雪乃や翔がうまくいなし、 何とか大ごとに発展することはなかった。

そしてカナリアだが彼女は、 あれ以来達也に近づいてくることはなかった。

ただやはり気になるのか視線だけはいつも達也を向いており、 達也も彼女が自分の事を見ているのは気づいていた。

正直達也からすれば鬱陶しいことこの上なかったのだが、 だからと言って彼女に直接言うのも面倒であったため、 結局のところ二人は今日一日未だ一言も会話を交わしていなかった。

「おう。 達也帰ろうぜ‼」

翔が達也の肩を軽くたたきながらいつものように親し気に彼に声を掛ける。

「悪いが今日は無理だ」

「な!? た、 達也が俺に謝っただと!?」

「そんなに驚くことか?」

「当たり前だろう‼ いつもならここで悪口の一つでも飛んで……もしかしてデレ期?」

「お前の頭は腐っているのか?」

達也が翔に謝った理由は、 偏に今日一日彼に迷惑をかけたがあったからだ。

達也は、 借りはきっちり返す男だ。

だからこそ翔に借りがある今の状態で、 流石に暴言を吐くなどしなかったのだ。

ただそれも翔があまりに見当違いなことを言うせいで崩れてしまってはいるのだが。

「そう‼ それ‼ いつもの達也ならそうやって……」

「翔。 今日は本当にな用があるんだ。 だからこれ以上お前と会話をしている時間はない」

「ふ~ん。 それってもしかして女の子との用事か?」

「そうだが……何か問題でもあるか?」

達也のそのなんの問題も感じていないと言った態度に翔は頭が痛くなった。

「お、 お前……早乙女さんがいるのに女の子と会うって……」

「ん? 雪乃がどうかしたのか?」

「どうもこうもない‼ 早乙女さんはお前の彼女なんだろう‼ なのに他の女の子となんて何考えてるんだお前‼」

「は? お前は何を言っているんだ?」

「え? デートじゃないの?」

「当たり前だ。 詳しいことは言わんがまず間違いなくデートではない。

 それに雪乃もついてくる」

翔はその言葉を聞いて自分が今まで酷い勘違いをしていたことを知り、 自身の体が急速に冷えていく感覚がする。

「す、 すまん‼ 俺は勘違いをしていた‼」

「別に気にしていない。 それよりももう行ってもいいか?」

「あ、 ああ……」

「じゃあな」


~~~~~~~~


「おう。 達也よく来たな‼」

プラチナブロンドの髪に、 丸眼鏡。

容姿こそ整っているものの彼女が身に着けている作業着がそのすべてを台無しにしていた。

そんな残念美人こそ達也たちが、 今日会いたかった人物であるセシル・マーガレットに他ならなかった。

彼女は、 基本の本拠地であるの中にあるファントム格納庫におり、 そこから一切出てこない。

 その為彼女に会うには、 わざわざこちらから出向く必要があるのだ。

「ようセシル」

「ははは。 相変わらずさっぱりした奴だな‼」

「うるさい」

がしがしと乱暴に達也の頭を撫でるセシル。

セシルは達也と会うたびいつもこうしていた。

達也も初めの方は、 嫌がっていたのだがやがて彼女に何を言っても無駄だと悟り、 今では何も言わなくなっていた。

だがこの場でただ一人不満を露わにしているものがいた。

「ねぇセシル。 私もいるのだけれど?」

そう雪乃である。

彼女は基本達也が自分以外の異性に触れられることをあまり良しとしない。

そんな雪乃にとってセシルが達也の頭を撫でるという行為は、 万死に値する行為と言っても過言ではないのだ。

「ん? そんな事わかってるが?」

そんなとぼけた様子のセシルに雪乃の怒りがますます加速する。

「へぇ……わかっていてそんな事しているの……いい度胸しているじゃない……」

「お前は何をそんなに怒っているんだ? こんなの軽いスキンシップだろう。 なぁ達也?」

「はぁ……お前にとってはな。 まあ俺ももう慣れたからたいして気にはしていないが雪乃の前では止めておけ」

「ええ~なんで~やだ~私達也の頭撫でた~い」

「おいセシル……悪ふざけも大概にしておけよ?」

「ははは……冗談だって。 そう呆れないでくれお姉ちゃん悲しくなっちゃうだろう?」

「いつお前が俺の姉になった……」

「ん? そうだな……初めて会ったときから……かな?」

「おいおい……」

流石の達也もその言葉には呆れる他なかった。

そもそも彼女が達也の事をここまで可愛がっているのは、 達也が彼女の死んだ弟と非常によく似た性格をしていたからに他ならない。

いわば彼女は達也にを重ねているのだ。

達也もそんな彼女の事情を知っているからこそ強く言えないのだが、 雪乃からすればそんなものは関係ない。

「セシル。 貴方は私達にがあったから呼んだのよね? 用がないのなら帰るわよ?」

「おお、 そうだったな。 達也こいつを見てくれ」

そう言ってセシルは、 一つの端末を達也に差し出した。

「これは?」

「この中には、 お前が奪取した機体の詳細なデータが記録されているんだが、 ここを見てくれ」

「なんだ……これは? バクが何かか?」

達也がそう思うのも当たり前の事であった。

何故なら彼女の指した先には、 古今東西ありとあらゆるファントムを乗ってき達也ですら知らないシステムの名前が書かれていたからだ。

「どうやらバクではないらしい。 名前を。 機体のリミッターを無理やり解除して、 本来の出力以上の性能を発揮させるものらしい」

「な、 何よそれ‼ そんなことしたら……」

「ああ。 まず間違いなく搭乗者が耐え切れず死ぬな」

機体に出力の制限をつけるのは、 当然役割がある。

その役割とは搭乗者の命を守るという機能だ。

人間は理論上179Gまでは生きられるが、 それでもそのGに耐えるとはおおよそ奇跡と言えるレベルであり、 46Gですら凄いと言われる。

 事実ファントムもその数値を考慮して作られており、 そのリミッターを外すということは、 まさしく自殺行為に等しいことであった。

「それで達也このシステムどうする?」

「俺は……」

「ダメよ。 絶対ダメ」

「雪乃?」

「達也今このシステムを残しておくと考えているでしょう? そんなの絶対ダメよ」

「だがこのシステムさえあればただでさえ他の機体を凌駕しているこの機体をさらに盤石な物とすることができる。 そしてそれはいずれ必ず必要になるものだ」

「そう言っても達也が死んだら意味がないでしょう‼」

「大丈夫。 俺は死なない。 いや……死ねない……あいつらに絶望を味合わせるまで俺は絶対に死ねないんだ……‼」

「ん……‼ もう勝手にしなさい‼ 達也の馬鹿‼」

雪乃はそう言い残すとそのままどかへと走り去っていった。

「あちゃ~やっちまったな達也」

「仕方がないことだ。 それに雪乃ならわかってくれる」

「そうか? 女ってかなりめんどくさい生き物だからきっと後でとんでもない物要求されると思うぞ?」

「そうなのか?」

「ああ。 私も一応生物学上は女だからな。 その辺はよくわかる」

「そうか……」

「はははは。 今更後悔しても遅いぞ? それに私だって正直このシステムを残してくのは反対なんだから」

「お前もなのか」

「当たり前だ。 そもそもお前はもう少し以外の事を考えたらどうなんだ?」

「それをお前が言うのか?」

「ああ、 言うね。 私はお前の姉の様なものだからな。 人生の教訓はしっかりおしえてやらなくちゃいけない責任がある」

「……うるせぇ」

「もう……そう、 すねるなって……」

「……拗ねてない」

「拗ねてるよ。 あ、 そう言えばもう一つお前お土産があるんだ」

「お土産?」

「ああ、 とびきりのな。 もうお前の携帯の方にしておいたから開けてみろ」

そう言ってニタニタと底意地悪そうな笑みを浮かべるセシル。

そんな彼女に一抹の不安を感じながらも恐る恐る携帯を取り出し、 彼女から送られてきたデータを開く。 するとそこには……

「お久しぶりですね。 ?」

「な……!? 」

彼が驚くことも無理はなかった。

何せそこには彼のの妹の成長した姿が写っていたからであった。 

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