72『いい台本はあるんだけど問題は稽古場』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・72   


 



『いい台本はあるんだけど問題は稽古場』



「へえ……こんな芝居があるんだ!」


「道具なんにも無し。照明も転がし(舞台に直に置くライト)一つだけ」

「ハハ……笑っちゃうね!」

 最初の、ト書きを読んだ夏鈴と里沙の反応。わたしたちはマッカッサーの机の端っこに座って、プリントアウトしたばかりの本を読んでいた。

 本が一冊だけってこともあるけど、わたしたちは机の端っこでやるという習慣から抜けきれずにいた。ペーペーのころのまんまと言うか、マッカッサーの机に位負けしてると言うか……で、とにかく驚いたり笑ったりしながら読み終えた。

「すごいね、効果音、役者が自分の口で言うんだね。戸を開けてガラガラガラ。夜が明けたらコケコッコー!」

 夏鈴が、さっそく演ってみる。

「この、三太っての、一人で四役も早変わりするんだ。大変だね……」

 と、言いながら、もう三太という役にハマリ始めている。

 わたしは、主役の都婆ちゃんに興味があった。憎まれ口をききながら、孤独……でも、台詞は元気で小気味良い。夕べパソコンのモニターで読んだときに、うちのおじいちゃんやおばあちゃん。薮先生やら理事長先生やら、TAKEYONAのマスターやら、知ってる年寄りの顔がポワポワ浮かんできた。


 あらすじ言っとくわね。

 

 埼京線の、ある駅の周りが再開発されることになって、地上げ屋の三太が腕によりを掛けて土地を買いまくるのね。あらかた片づいた後に残ったのが都婆ちゃんのタバコ屋の十五坪。

 三太はあの手この手で脅したりすかしたり。そこに、土地を売ったお金目当てに二人の息子と一人の娘が猫なで声ですり寄ってくるわけ。で、三太と三人の兄妹が一人の役者の早変わり。

 都婆ちゃんは、適当に相手して、最後は手厳しく、全部はねつけるんだ。

 婆ちゃんの唯一のお友だちが、なんと幽霊さん!

 この幽霊さん、ノブちゃんていって、生前は女学校時代の親友。昭和二十年三月の大空襲で死んじゃったの。

 で、これが笑っちゃう。一度は避難するんだけど食べかけのお饅頭思い出して戻っちゃう。そこで、お饅頭の焼ける良い匂いを嗅いでいるうちに間に合わなかったってドジな子だってとこ。

 でも、それって、勤労動員で自分の分まで残業やってくれた都ちゃんに食べさせたかったからって、ホロっとさせるとこもあるんだ。

 でも、ドジはドジ。閻魔さんに、親友に十万回のお念仏唱えてもらわなければ成仏できないって言われるの。

 で、三太との駆け引きがあった晩が九万九千九百九十八・五ってわけ。

 なんで八・五なんて半端になるかって言うと、三太に邪魔されたから。

 明くる日は無事にお念仏唱えて、無事に、あと0・五回!

 ところが、その明くる日には、なんとノブちゃんに幽霊の恋人ができちゃった!

 で、ノブちゃんは、恋人と愛を育むため、嬉しそうに成仏することを止めちゃう。だって成仏したら、恋人と別れ別れなんだもんね。そんな、友だちのノブちゃんの恋を喜んであげる都婆ちゃん……泣けちゃうよね。

 ところが、ところが、地上げ屋の三太と体を張った最後の勝負!

 都婆ちゃんは、こう見えても柔道やら空手の有段者。あっさり三太は負けちゃって、最後は自分が持ってきたピストルを取り上げられ、銃口を頭に突きつけられちゃう。

「さあ、最後に、末期のお念仏でも唱えるんだね」

「おいら、お念仏なんて知らねえよ」

 で、都婆ちゃん、お念仏の見本を唱えるわけ。

 ウフフ、分かった?

 そう、それでノブちゃんは不本意にも成仏しちゃうわけ。

「ミヤちゃん、怨めしや……」

 で、都婆ちゃんはひとりぼっちに……という、おかしくも悲しい物語。


 これだけ長いあらすじ言ったってことは、それだけ、わたしたちが、この本に惚れ込んだってことなのよね。

 ちなみに作者は大橋むつお……どこかで聞いたような名前だ。


「ねえ、一つ問題」


 里沙が手を上げた。大勢部員がいたころのクセなんだけど、なんか虚しい。マッカーサーの机が苦笑したような気がした。

「なによさ、もうキャストは決まったようなもんじゃない」

「それはいいんだけどね。稽古場よ、稽古場」

「あ……」

 夏鈴とわたしが同時に声をあげた。

「でしょ。この部室だって年度末までに部員一人増やさなきゃ出てかなきゃなんないのよ。今までの稽古場使えると思う?」

 わが乃木坂学院高校には、立派なリハーサル室がある。年代物だけど、舞台と同じ間尺は使いでがよかった。

 ついこないだまでは演劇部が独占していたけど、演劇部がこんなになっちゃったので、今はダンス部が使っている。ダンス部は、去年の秋にも都大会で三位に入る健闘ぶりで、演劇部からも一年生が三人ばかり鞍替えしていった。

いまの演劇部じゃ、入り込む余地がない。

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