71『二人だけの誕生会』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・71
『二人だけの誕生会』
マリ先生のビックリには慣れっこになっていたけど、今回ほどタマゲタことはない。
「わたし、先生辞めたから」
ゲソのの塩焼きを、指でクルクル回しながら。テレビゲーム一つ投げ出したくらいの気楽さで言った。
TAKEYONAで、忠クンが精一杯の二人だけの誕生会をひらいてくれた。
そして、観葉植物を隔てたカウンター席で高橋さんと先生がいっしょに居たのを発見シテシマッタ!
で……思わず声をかけてしまった。
噂では、二乃丸高校で厳しいクラブ指導をしていると聞いていた。嬉しさ半分、寂しさ半分というところだった。
それが、先生自体を辞めてしまうという爆弾発言……それもゲソの塩焼きクルクル回しながら。
高橋さんが、そのあとを続けた。
バリトンのいい声だったので、ショックがくるのに少し時間がかかった。しかし飲みかけのジンフィーズにむせかえるには十分すぎるほどのショックだった。
「マリ先生ね、来月から、ボクの商売敵になるんだって……コンクールで審査したよしみで思いとどまらせてくれないかな」
「だめよ、たとえお日さまが西から昇っても、わたしの決心は変わらないんだから」
先生は、ハイボールの氷を小気味よくかみ砕いた。
「先生……」
あとは言葉にならなかった。
「先生……」
忠クンは、わたしとは違うニュアンスでそう言った。糸の切れた凧が、同じ方向に飛んでいくジェット機を見て、お仲間と思ってしまったみたい。
その後は、凧とジェット機が意気投合。ハイボ-ルとジンフィーズの乾杯は三度もくり返された。
しかし、反戦芝居を作演出したマリ先生と、自衛隊に入りたいという忠クンが、どうしてこうなるかなあ……と、さすがは新進気鋭の俳優。高橋さんがこう言った。
「これが、日本人の原風景なんだろうなあ……」
わたしには、むつかしい感想でした。
はるかちゃんはモニターの中で、ポテチの袋を抱えながら大笑いした。
「そんなに笑わないでよね。こっちはタマゲテ、ため息つくしかなかったんだからね」
「ごめんごめん。インスピレーションで突然決めちゃうのは、まどかちゃんの専売特許だと思っていたんだけどね。居るのよねえ、こういう人……」
「もう、分かんないよ。マリ先生も忠クンも」
「でも、貴崎先生とは、しばらく会ってなかったんでしょ?」
「うん……火事で病院に運ばれて以来かな。家には一回来たみたい。わたしがインフルエンザでひっくりかえっているときに」
「そういうとこは筋通す人っぽいもんね……貴崎先生って」
「でも、わたしにはナイショだったんだよ。気持ちと状況の整理がついたら、わたしにも話すって。で、それっきり。お父さんもお母さんも、ジジババも言わないんだもんね。柳井のオイチャンに教えてもらったの。知らないふりしてること条件で」
「でもさ、きっと、その間にいろいろあったんだよ……わたしも、そうだったから分かるなあ」
「テレビに出たこと?」
「それは現在進行形だけどさ……大阪にきてからの半年がさ……わたし、秀美さんのこと許せるなんて、これっぱかしも思ってなかったもん」
「ああ、東京のお母さんだもんね。でもさ……」
「……うん?」
「はるかちゃん、ポテチおいしそうに食べるわね(……)のとこ、全部ポテチ食べてる間なんだもんね」
「こんど、わたしポテチのコマーシャルに出るの。なんだかズルズルって感じだけど。ロケは東京、それで引き受けちゃった。自費じゃしょっちゅう行くってわけにもいかないし。日程とか分かったら教えるわね……わたしの知らないところで話しが進んでくみたいだけど、プロディユーサーの白羽さんはいい人だし、マッイイカぐらいのノリでね。立ち止まっても何も進まないしね」
「たいへんだね、はるかちゃんも激変で……ところで例のお願いは?」
「あ、ごめん、ごめん。そっちのビッグニュースで忘れるとこだった。これが今夜のHARUKA放送局の最大ニュース。ジャジャーン!」
はるかちゃんが、USBメモリーを見せた。
「この中に、作品入ってるからね。今から送りまーす。題して『I WANT YOU!』とにかく……ま、読んでみて!」
覚えてる? 元日のビデオチャットで、はるかちゃんにお願いしたこと。
女子三人、照明や道具に凝らない芝居。はるかちゃんが演った『すみれの花さくころ』を紹介してくれたんだけど、わたしたちタヨリナ三人組。少しは力も付いてきて。もうタヨリナなんて呼ばせない!
でも。歌がね……六曲も入ってるんで、涙を呑んで却下。
で、わたしたちにできる、そんな都合のいい芝居を頼んじゃった。はるかちゃんとこのコーチの先生が、言ってくれたそう。
「そんな演劇部こそ、救済の手をさしのべならあかん!」
そんな……って言葉に少しひっかかたけど、よろしく頼んじゃった。
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