56『……忠クンがいた』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・56   





『……忠クンがいた』



「いつまで、つっ立ってんだ」


 先生にそう言われて、わたしは座卓の長い方の端っこに座った。つまり、床の間を背にした先生からは右、三時の方向。

で、先生の正面、十二時の方向に座卓を挟んで……忠クンがいた。

「……うっす」

「ども……」

 たがいにぎこちない挨拶をする。

「ハハ……青春とは照れくさいもんだな」

 そう言いながら、先生は右のお尻を上げた。カマされてはたまらないので、思わずのけ反った。

「あのなあ、まどか。人を、そんな屁こき大王みたいに見るんじゃねえよ。俺はリモコン取ろうと思っただけなんだから」

 忠クンが笑いをこらえている。

「あのなあ、忠友。こういう状況で笑いをこらえるのは、かえって失礼だぞ」

 で、忠クンが笑い出し、先生もわたしもいっしょになって爆笑になった。

「あ、これ、父から預かってきました。どうぞお納めください、本年もいろいろお世話になりました、来年もどうぞ宜しく。とのことでした。また、今日は兄が伺うことになっていましたが、折悪しく……」

「いいって、いいって、そんな裃(かみしも)着たみたいな挨拶。それより、せっかくの剣菱の角樽なんだ、三人でぐっと。おい、婆さん……!」

「あの……わたしたち未成年ですから」

「あ……そうだっけ。惜しいなあ……剣菱って、赤穂浪士が討ち入りの前にも飲んだって縁起のいい……」

「あと五年待っていただければ。ね、忠クン」

「オレは、あと四年だよ」

「あ、ごめん。今年の誕生日忘れてた……」

「いいよ、こないだのコンクールまでは疎遠だったし、まどかも、そのころ忙しかっただろうし」

「ハハ、そうやって、誕生日の祝いっこしてるうちが華なんだぜ。この歳になっちまうと、カミサンの歳も怪しくなっちまう」

「女の歳なんて、六十超えたら怪しいままでいいんですよ。いらっしゃい、お二人さん」

 奥さんが、お茶とヨウカンを持ってきてくださった。

「なんだい、羊羹かい。この子たち若いんだからさ、ポテチにコーラとかさ」

「忠君もまどかちゃんも甘い物好きなんですよ。まどかちゃんは炭酸だめだし。ね」

「よく覚えてますね」

「二人とも赤ちゃんのころから、うちがかかりつけだから……あなた、なにしようってんですか?」

「いや、この二人に昨日録画したの見せてやろうと思ってさ……」

「もう、昨日あんなに教えたじゃありませんか……」

「ひとの体ってのは変わらないけど、こういうのは、どうしてこうも買い換えのたんびに……」

 医者らしく愚痴りながら、先生はリモコンをいじるが、ラチがあかない。

「もう……こうやるんですよ」

 奥さんは、リモコンをひったくり、チョイチョイと操作した。

「……なんだ、なんにも映らないじゃないか」

「レコーダーは立ち上がるのに時間がかかるんですよ」

 先生はつまらなさそうに、ヨウカンを口に運んだ。


 それが合図だったかのように、大画面テレビに……はるかちゃんが映った!



 スタジオの中を物珍しげに歩くはるかちゃん。急にライトが点いて驚く。その一瞬の姿がアップになる。画面の端にレフ板、上の方には大きな毛虫みたいなマイクがチラリと映った。

 その度に、はるかちゃんは小さな歓声をあげる。わたしが知っているはるかちゃんなんだけど、そうじゃなかった……って、分かんないよね。

 はるかちゃんは、どちらかというと大人しい感じの子だったのよね。

 それが、控えめではあるけども、こんな表情で驚くはるかちゃんを見るのは初めてだ。

――はるかちゃん、ちょっとその本抱えてくれる?

――はい……これでいいですか?

――はるかちゃん、カメラの方向いてくれる?

――はい……やだ、ほんとに撮ってるんですか!?

 はるかちゃんが驚いて、持っていた本で顔を隠す。すぐにカメラがロングになり、はるかちゃんの全身像。そして、別のカメラの横からバストアップに切り替わる。

 カワユイ……だけじゃない。なんての……せいそ(清楚……こんな字だっけ)



 こんなはるかちゃんを見るのは初めてだ。

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