ろくでもない虚構と現実

「ふあっ!? お姉様!?」


 ヴァレンティア王国第二王女、シュヴァルツシュヴェーアト・ローゼ・ヴァレンティアはカメリア宮殿での読書中、理解を越えた描写に驚愕を隠せなかった。


 何故ならば、とその仲間二人が、性的に弄ばれているからである。


「ふ、ふふふ、ふふふふ……」


 彼女は笑っているのではない。


「ふざけるんじゃありませんわぁあああああああああああッ!」


 ただ、怒りのあまり言葉を詰まらせ、そして盛大に噴火したのである。


     *


「許しませんわ許しませんわ許しませんわ許しませんわ……!

 よくもお姉様方を……!」


 頭から湯気をもうもうと出しているシュシュは、机に座るや否や羽根ペンを握りしめ、紙に文章を書き始めたのであった。


---


「あーあ、部下達を率いるのも大変だぁ…………。ん?」


 ソファで寝落ち寸前なアリ・ハリラー……が率いる秘密組織「アリ・ハリラー」の団員達の拠点である、神田の雑居ビルの一室。

 アリ・ハリラーは、不審な物音に目を覚ました。


「ちょぉっと……飲み過ぎた、わよね……」

「ミスミス総統!?

 どうしてこちらに……ではなくて! 大丈夫ですか!?」


 慌ててアリ・ハリラーが駆け寄る。

 ミスミスはアリ・ハリラーにもたれかかると、そのまま押し倒した。


「ちょ!?

 明らかに飲み過ぎでしょう!? あと、そこにいられると貴女を介抱出来ません……!」

「いいのよぉ……」

「よくありませんって!

 一旦どいて!」


 アリ・ハリラーはミスミスを転がすようにして身動きを取り戻すと、そのままお姫様抱っこでソファに乗せる。


「ベッドが良かったですかね? 総統」

「いいわよぉ~、どこでもぉ~」

(なら一旦ここで眠ってもらうか)


 アリ・ハリラーが回復体位を取らせ、ミスミスを落ち着かせる。


「私の声は聞こえていますか、総統?」

「聞こえてるわよぉ~、うるさいなぁ~」

(良し、意識はある。

 後は見守るか)


 手近な椅子を見つけ、そこに腰掛けるアリ・ハリラー。

 沈黙の時間が、始まった。


     *


 しばらく経ってから、ミスミスはとてつもない事を言い出した。


「ねぇ、アリ・ハリラー」

「はい、総統(出来れば落ち着いててほしいもんだが、まあ、一筋縄でいかないのが酔っ払いなんだよな)」


 アリ・ハリラーが耳を傾けた次の瞬間。




「私を襲いなさいよ」




「は?」


 目上の相手に対する返事ではない間の抜けた声が、つい、アリ・ハリラーの口から出てきたのである。

 普段はドS、しかも完全にアリ・ハリラーを下僕扱いしているミスミスが出す言葉では無かった。


「なに、あなた、臆病なの? もしかして童貞?

 あっ、そうか、童貞かぁ~。そうだったわねぇ」

「いや、そりゃあ童貞ですけど……じゃなくて!

 何でまた、急に……!?」

「好奇心よぉ、うふふ」

「うわぁ……。

 総統、良いんですか? それで」

「ぐちぐちうるさいなあ……。

 だから童貞なんでしょ」

「いや、酔いつぶれた相手を襲うのは、れっきとした犯罪で――」


 そこまで言って、アリ・ハリラーは固まった。固まって、しまった。


「じゃあ……❤」




 




「私から襲えば、犯罪にはならないわよねぇ?」

「へ!? いや、あの、ちょ……」

「隙ありぃ!」

「おわっ!?」


 床へと押し倒されるアリ・ハリラー。

 部下達は全員家に帰しているのもあって、ここ神田の雑居ビルにいるのは、アリ・ハリラーとミスミスの二人きりであった。

 ……つまり“場所”の準備は整っているのである。


「さぁ、つ・か・ま・え・た❤」


 酔ってリミッターが外れているのか、ミスミスの膂力は跳ね上がっていた。

 アリ・ハリラーがもがくが、全く逃れられる気配が無い。


「んっ……❤」

「うっ!?

(あれ、妙だ。酒くさいはずなのに、ほとんどにおわない。というか、何だこれ、甘い?)」


 アリ・ハリラーの口を自らの口で塞いだミスミスは、そのまま、アリ・ハリラーの衣服に手を掛ける。

 ボタンが弾け飛ぶ音が、連なって響いた。


「そこそこ鍛えてるのね……❤」

「ッ……(ダメだ、総統は、こんな事を……。けど、私も、総統を……。いや、ここは引き離さなくては……!)」


 アリ・ハリラーがミスミスを放そうと、手を伸ばす。


「あぁん❤」

「わっ!?」


 が、伸ばした先は胸だった。

 隠しても隠し切れない豊かな胸が、アリ・ハリラーの両手を包む。


「も、申し訳ありません総統!」

「あん、やめちゃうの?

 もっと、シていいのに……❤」


 そう呟いたミスミスは、アリ・ハリラーの右手を自身の左手で取ると、ゆっくりと押し付けた。


「ねぇ、私も、結構火照ってるの……❤

 お願い、鎮めて? アリ・ハリラー❤」


 だが、アリ・ハリラーは残された理性を振り絞り、もがいている。

 正直、ミスミスの胸に手を当てている時点で説得力は皆無だが。


「あぁら、強情ねぇ……❤

 なら、こう言ってあげようかしら?❤」


 そんな様子を見たミスミスは、トドメを刺しにかかる。


「私と密着して、私を貪って❤

 これは、め・い・れ・い❤」

「……!」


 最後の理性がプツリと切れた。

 瞬間、アリ・ハリラーは、自身とミスミスを覆うものを取り払い始める。


「きゃん、大胆……❤」


 ミスミスの甘ったるい声を聞いて、アリ・ハリラーは、彼女に覆いかぶさる。

 そして、震えるような声で、こう言った。


「後悔、しないで下さいよ……総統」

「うふふ……きて❤」


 ミスミスから了承の返事を聞いた途端、アリ・ハリラーは、自らを受け入れてもらった。

 熱が、二人に共有され始める。


「あん❤」

「……」


 一心不乱に動くアリ・ハリラーと、それを黙って受け入れるミスミス。

 今この瞬間だけは、二人は恋人であった。


「あっ、あっ、やっ、あぁっ❤」

「……」


 互いに腕を背中に回し、唇や舌を絡め合う。

 激しさもあるが、無意識下であっても気遣いを忘れていなかった。


「ひぅん、そこっ、らめぇ❤」

「……」


 胸元の果実を貪るアリ・ハリラーと、優しく腕を回すミスミス。

 口先だけの抵抗であっても、本能は異性を求めていた。


「んんっ、やぁっ、激しっ……❤

 んっ!?」


 やがて、ミスミスが異変を感じる。


「ひあっ、らめぇえええっ!❤」


 全身が痺れるような感覚を経て、ミスミスの体から力が抜ける。

 が。


「……!?

 ッ!」

「はぁ、はぁ……❤

 ふふ、もっと、もっと、欲しいの……!❤」


 “固め”だけはがっちりと維持していた。

 慌てたアリ・ハリラーが抵抗するが、時すでに遅し。


「…………ッ!」

「んっ……❤

 ふふ、あったかいのが、じんわり……❤」


 互いに熱を交換し終えた二人。

 だが、どちらも、このまま相手を放す気は無かった。


「まだ、しましょう……?❤」

「……!」


 こうして“饗宴”は、数時間後まで続いたのであった……。


     *


 翌朝。


「ッ、私は何たる事を……」

「落ち着きなさい、アリ・ハリラー。

 水飲む?」

「え、ええ……。え!?」


 アリ・ハリラーが驚愕するのも無理はない。


 


「そ、それは私がすべき……」

「強がりもそこまでにしなさい。

 さっきまで、床でへばってた癖に」

「め、面目ない……」


 あれから二人は、特にアリ・ハリラーはそのまま床で寝込んでしまい、差し込む朝日で目を覚ました有様である。

 ミスミスは自力で起き上がったとはいえ、疲労の程は、推して知れよう。


 ともあれ、コップの水を飲んだアリ・ハリラーは、おずおずと告げる。


「総統、申し訳ありません……」

「何が?」

「昨晩の、その、えっと……」


 表現に迷うアリ・ハリラーを見かねたミスミスは、意外な一言を告げる。




「いいえ?

 むしろ、結構よかったわよ。また今度、シてみたいわね」




「え?」


 再び間の抜けた声を出すアリ・ハリラー。

 それを見たミスミスは、つま先を股間にねじ込んだ。


「それが私への返事かしら?」

「あだだだだだっ!

 も、申し訳ありませんミスミス総統! 光栄でございます!」

「ふふ。なら決まりね。

 そうね……次の襲撃において、アルヴァーレ三人組を生娘のままここに連れてくること。それが出来たら、考えてあげるわ」

「ありがとうございます!」


 返事と共に、腰を90度折り曲げるアリ・ハリラー。

 そんな様子を見たミスミスは、「一生飼ってあげてもいいかもね……」と考えていた。


---


「出来ましたわ!」


 文面を完成させたシュシュは、早速封筒に紙を入れる。


「さあ、後はミスミス総統……いえ、ミサキ殿下の部屋に放り込むだけですわね!」


 シュシュが意気揚々としてミサキの寝室の前まで向かう。


「お覚悟を、ミサキ殿下!」


 そして、扉の隙間から封筒を差し込むと、一気に奥へと滑り込ませた。


「うふふっ、やりましたわ!♪」


 一転して上機嫌になったシュシュは、そのままスキップで、ヴァイスの部屋へと向かったのであった。




(追伸)


 シュシュの末路も、アリ・ハリラーの末路も知りませんよ、私は。by有原

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