図書館暮らし。

工藤 流優空

第1話 真夜中の図書館

 夜の図書館では、本はどんな表情を見せるのだろう。そう考えたことはないだろうか。ここは市民センターの中にある、とある図書館の分館。普段であれば、学生や時間を持て余した老人などがたくさんやってくるのだが、今日は勝手が違った。

 時間は、夜の12時を回ったくらい。普段であれば市民センターも図書館も閉館している時間帯である。そんな時間に、コツコツとヒールのある靴でフロアを歩く足音が一つ。足音は、図書館の扉の前で止まった。

 扉の前に立っていたのは、20代前半と思われる女性。黒い革鞄を下げ、扉の奥を食い入るように見つめている。

 彼女は毎日、この図書館の前を仕事帰りに通る。普段は気にも止めないのだが、今日ふと、車を走らせながらこの図書館を見た。図書館の道路に面した側には大きな窓がたくさんあり、そこから中の様子が伺えるようになっている。読書用のカウンターと、本が詰まった本棚の横顔が見えるその窓から、彼女は見た気がしたのだ。


 本棚から飛び出して、宙を舞う本たちの群れを。


 女性はもちろん、目の錯覚だと思った。きっと疲れているんだ、そう自分に言い聞かせて帰路に就こうとした。しかしどうしても先ほど見た光景が頭から離れず、引き返してきたのだ。

 市民センターの専用駐車場は既に鎖で閉ざされていたため、道路上にハザードランプをつけて車を止め、彼女は市民センターへとやってきた。当然、扉には鍵がかかっているだろうと思っていた。

 市民センターには、いくつか扉がある。女性は、一つ一つの扉を確かめるように開けようと試みた。その扉のうち、大きくひび割れがあるガラス扉に手をかけた女性は、ぎょっとした。なんと扉が開いたのだ。

 開いた扉を見て、女性は周りを見渡した。幸い、付近に人の気配はなかった。こういった建物に警備員は配置されているのだろうかと考えながら、女性はそっと中へ入った。ホラーなどが極度に苦手な彼女だが、不思議と怖いとは思わなかった。

 そうして中へと入りこんだ招かれざる客である彼女は、フロアを忍び足で歩き、図書館の前までやってきた。ガラス張りの自動扉の前からじーっと目を凝らすが、先ほどのように本が飛び交っている様子はなく、図書館の中は静まり返り、闇に包まれている。その様子を見て、女性は落胆とも安堵ともとれるため息を一つついた。

 きっと扉の一つは、職員が閉め忘れてしまったのだろう。さっき見た光景は、度重なる仕事の疲れだ。そう言い聞かせ、今度こそ帰ろうと女性が踵を返して車の方へ引き返そうとした、その時だった。

 まるでそれが当たり前のことのように、図書館へと通じる自動扉が開いた。先ほど女性がへばりついて中を覗き見ていた時には、びくともしなかったのにだ。これにはさすがの女性も、床にひっくり返るほど驚いた。床に激しく身体を打ち付けた彼女の低くなった視線の先には、男物と思われる革靴を履いた足があった。

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