この露が落ちる時まで

Mt.danple

始業式

高校が始まって一年が経った。初めは不安だったけれど、普通に友達が出来て、普通に高校生して、普通に充実した高校生活を送っていた。これは、そんな普通の日々に突如降り立った女の子と僕の関わりを書き残しておいたもの。




―――――――――――




4月13日


 みんな話しかけてくれて助かった〜。友達も早くできそうだし、不安だったけれどそこまで心配することもないかなー。ああ、あと倒れた女子の携帯を持ったままになってる。どうしよう。




―――――――――――




  ♫〜


 目覚まし時計がけたたましく鳴って、一回叩き損ねて2回目で止めた。外はあいにくの雨で、2階の窓からは多くの人は傘をさして歩いているのが見えた。これはとてもじゃないけど清々しい朝とは言えないなぁ、などと思いながらおもむろに通学カバンに教材を詰め込む。散らかったままの机に昨日読んだ漫画が積み重なっているのが目に入って、ちょっとテンションが下がった。


 今日は始業式。正直友達ができるのか。中学の時にそれほど友達が多くなかった俺からしてみたらすごく不安だ。僕の通う学校は共学の高校だから、せめて、人並みに友達と彼女を作って高校生活をエンジョイしたい!


 玄関先でいってきます。と誰もいない家に向かって呼びかける。母さんは早くに仕事に行っていて、父さんはいない。母子家庭というやつだ。父さんが死んじゃったのは物心がつく前の事で、覚えていない。写真の中の父はとても優しそうな顔をしている。事故死だったらしい。他にも父さんの事をいろいろ聞こうとしたことはあったのだが、母さんがとても悲しそうな顔をするからやめておいた。こんなに普通で、むしろ他より少しばかり豊かな暮らしができているということは、父さんは本当に僕と母さんにたくさんの物を残しておいてくれたのだろう。


 傘を差す。靴が濡れないように気をつけながら駅へと向かう。高校までは乗り換えなしの一本で通え、駅も家の近くにある。結構恵まれた立地をしているなぁと、自分でも思う。


 電車は混んでおらず、でも空いてもなく、一つ二つと空いている席が見える。その一つに腰掛け、今やっているソーシャルゲームのログインボーナスだけ受け取って閉じた。


 駅に付いた。僕と同じ制服を着た人がポツポツ他の車両からも降りてきた。高校は駅から出て3分くらいで、歩いていくにつれてみんながなんだかソワソワしている。僕も少し緊張してきた。そこそこきらびやかな校門をくぐって入ると、お城のような、とは行かなくても、大学のような立派な校舎が!僕はきれい好きだから、この校舎の美しさは学校を選ぶ一つの理由だった。クラス分けの紙が貼ってあって、僕のいる学科は4つにクラスが分かれていたけど、当然ながら知っている名前は一つも無かった。


 教室の扉を開けると半分くらいはもう来ていて、席に座っている。ちょっとざわついていて、緊張した空気は流れていない。少し安心した。席につくと、隣の男子が話しかけてきた。


 「なあ、今来たそこのメガネ系男子、ちょっといいかい?」


 「ああ、何?」


 「俺は佐々木健一。北村中から来たんだ。よろしくな!」


 「こちらこそ!僕は木崎涼。市田坂中から。」


 「へえー、結構近いんだ。」


 普通に自己紹介を交わした。しかしこいつ,,,イケメンだ!よくクラスのカーストトップにいるような!ちょっと茶色に染めた髪に、緩く着ている指定ベストが良く似合っている。こんなに話しかけやすい見た目してたら、みんなの第一印象も良いんだろうな。


 「へえー、木崎くんは市田坂から来たんだー!私は斎藤桃。よろしくね!」


 「ああ、よろしく!」


 話しかけてきたのは隣の女子。明るい系っぽい。ポニーテールで茶髪をまとめていて、こちらもゆるっとした感じの雰囲気を受ける。結構かわいい。


 みんなに話しかけられて少し明るくなれた僕は他の人にも話しかけてみようと後ろを振り返った。


 斜め後ろの席の子に目が止まる。綺麗な子だと思った。それ以上に表現が浮かんでこないような。色素の薄い目には悲しみが宿っているような気がした。気のせいかもしれないけど。


 「ねえ、そこの子。ちょっといい?」


 彼女は読んでいた本をそっと置いてこっちを見た。


 「僕は木崎涼。君は?」


 彼女は驚いたような様子で、そして少し微笑んで。


 「私は水無咲。よろしく。」


 と、言葉少なにそう言って本に向き直った。


 その目にはまた悲しそうな色が混ざっていた。


_________________________


 さて、舞台は始業式。講堂に移動したんだけれども,,,

 校長先生の話が長い。校長先生の話が長いというのは、よくあることだけど、もうかれこれ10分以上話している。さっき紹介された担任の先生も心なしかちょっと目が曇ってきている。立って聞いてるから誰か倒れるんじゃないかと不安になる。正直、これがあと10分続いたら僕は貧血を起こす自信がある。


 「―――――それでは、話を終わります。礼。」


 ドサッ


 その瞬間、案の定誰かが倒れた音がした。




 「水無さん大丈夫?」


 「うん,,,木崎くんと佐々木くん,,,だよね。急に倒れてごめん,,,」


 「とんでもない!俺もそろそろ倒れる奴居るんじゃないか?ってワクワク,,,ゴホン!ヒヤヒヤしてたからな!」


 「佐々木君,,,本音は曝け出すか隠すかどっちかにしよっか。」


 ツッコミつつ、水無さんを見る。顔色が悪い。


 「ねえ、一回保健室に行ってきたらどう?顔色すごく悪いよ」


 水無さんは頷いて、先生に言ってから、保健室に向かった。


 先生が教壇に立ち、水無さんに注目していたみんながいそいそと席につく。


 「いやあ、不幸な事故だった。さて、ではみんな。気を取り直して自己紹介でもしようか。」


 という先生の言葉に


 「あ、じゃあ始めに先生!お願いします!」


 「私も!やっぱこういうときに先生が出ないと!」


 「うんうん。」


 と、いつの間にか先生が自己紹介をする空気になっていた。うちのクラス,,,強い!


 「えー,,,先生的にはみんなが自己紹介したあとでバーンと出たかったんだけどなぁー。まあいい。えーっと、俺の名前は石川草介。国語科の担当だから、よろしく。」


 と先生が無難な自己紹介をするや否や、


 「はーい!先生!お若いですけど年齢は!?」


 「恋人はいますか!?」


 「好きな女優は!?」


 「結婚して下さい!」


 などと様々な言葉が飛ぶ。


 「あー、分かった分かった。質問な。とりあえず皆手挙げてから喋れ」


 一斉に手が上がる。みんな積極的だなぁー。僕もなんとなく、差し障りのない質問くらいはしておいた方がいいかな?と思って、周りを見渡したとき、斜め後ろの席に携帯電話が置きっぱなしになっているのを見つけた。誰のものだろうか。みんな質問に夢中で気づいていないようなので、とりあえず回収。なんとなく、水無さんが置いていったのではないかと考える。


 先生の話(もとい質問攻め)が終わったらしい。携帯に気を取られてよく聞いていなかったが、いい先生なのだということは分かった。


 今度は、皆が順々に発表していく。これは、みんなと関わることもあるから、しっかり聞いておこう。


 数人が自己紹介を終えて僕の順番が回ってきた。出席番号順に発表していたので、「木崎」という名字では、ちょうど場が盛り上がり始めた辺りで発表が出来る。


 「僕は木崎涼です。市田坂中から来ました。木崎なり涼なり、好きな方で読んでください。渾名も別に構いません。趣味は読書、彼女はいません!」


 なんとなく、これまでに恋人がいるかどうかをみんなノリで言っていたので僕も言っておいた。数人から結婚して下さい!などの声が上がる。主に男子から,,,


 僕のルックスは普通。なんとも言えない。メガネをかけているのは、コンタクトを今日忘れてきたからだ。かわいい顔と良く言われるのがなんとも気に食わない。


 僕の自己紹介が終わって、次に立ち上がったのは体格のいい、ジャイアンのような男子だった。


 「俺は橋田毅。呼び名は何でもいいが、中学のときにはジャイアンと呼ばれていた。」


 ドンピシャで当たる。本当。柔道部にコウイウ人がいてもおかしくない。


 「中学時代は柔道部に入っていた。よろしく頼む。」


 マジかよ,,,




 みんなの自己紹介が終わり、早くも帰宅時間になる。


 「じゃあな!涼!また明日!」


 「木崎くんまた明日ねー」


 「ああ、また明日!」


佐々木君と斉藤さんを見送り、帰ろうと駅に向かう。すると、カバンの中で携帯のバイブが,,,


 「しまった!」


 自己紹介に気を取られて、おそらく水無さんのものと思われる携帯を先生に突き出すのを忘れてた!とりあえず、何も見なかった事に,,,とは行かないので、そっと明日忘れないようカバンの奥にしまいこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る