完璧な姉と欠陥品の僕

勿忘草

完璧な姉と欠陥品の僕

 ――僕の姉は完璧だ。

 この世の誰もが羨むくらいに、容姿端麗で才学非凡で。

 更には性格も優れている。誰にでも優しく、真面目で努力家で。

 どんなに探しても非の打ち所が見当たらない。神が二物も三物も与えた存在。

 だけど完璧な姉と打って変わって、僕は何の取り柄もない欠陥品だった。

 勉強ができず、他のこともできない、自分で動くことができない人でなし。

 姉と僕が姉弟と言われても、首を傾げてしまう人が大多数だし。

 今日は姉と、ついでに僕のお話をしよう。ちょっと長くなるけど聞いてほしい。




 歪な形の姉弟、それを生み出したのは家庭環境だった。

 父も母も異常なほど教育熱心で、一般の家庭とは違う教育を行っていた。

「良い大学に入れば、良い人生を送れる」

「我慢して大人になったら好きなことをする」

「遊ぶことは馬鹿なことだ。遊ばずに勉強しなければ人生の勝ち組になれない」

 親から耳に穴が開くほど言われた言葉。どんな教育してたかは分かるよね。

 滅茶苦茶な教育方針により、僕たちは幼稚園から勉強だけをやらされていた。

 内容は漢字・算数のような基礎的なことから、小学校のお受験の問題まで。

 他のことは全くせず8時間。違うことをしたら罵倒や暴行を加えられる。

 両親が言うには、これで頭が良くなって、社会の勝ち組になれるらしいよ。

 ちなみに二人とも高卒。何で良い人生を送れるなんて分かるんだろうね。


 大抵の人なら参ってしまうような、過酷でどうしようもない家庭環境。

 でも完璧な姉は親から言われたことを実行していき、なんと私立小に入学した。

 両親は大喜び。合格発表の時には自慢の娘だと笑顔で姉を抱きしめていた。

 それに味を占めたのか、地獄のような教育は気違いじみて度合いを増していく。

 えっ、僕はどうしたのって? ああ、落ちたよ。頑張ったけど、無理だったよ。

 その時はひどかった。ゴミだとか欠陥品だとかお前なんて産まなければだとか。

 今でもこうして鮮明に覚えてるくらいには両親からの罵倒は苛烈だった。

 暴力も振るわれた。特に父親の全力蹴りは骨が折れて死んじゃうほど痛かった。

 まあ、そんな話はどうでもいいことか。

 それより姉の話。欠陥品より、完璧な人の話を読んでた方が面白いはずだし。

 だけど僕のことも話させて。姉を紹介する上でも、後々必要になってくるから。


 姉は私立小でも成績は優秀で、一目置かれてるような存在だった。

 だから、両親だけでなく親戚や近所の人から僕と姉は比較されるようになる。

 私立の天才の姉と、市立で凡人の僕。その違いは明確で扱いも明確だった。

 小学校三年の頃には完全に諦められて、いないものと扱われるようになる。

 勉強はさせられるが、それだけ。もはや両親の愛情は姉にしか向いてなかった。

 それが当時の僕は悲しかった。異常な両親でも子どもには唯一の親なのだから。

 何とか認めてもらおうと必死に頑張って、頑張り続けたけど無理だった。

 才能の壁、努力不足、何より僕には勉強が鎖でしかなかった。

 自分を苦しめて縛るもの。できないと両親から罰を与えられる恐怖のもの。

 教科書やドリルに書かれた1文字1文字が僕の敵で、倒さなきゃならない存在。

 苦痛に耐えながら、吐き出したくなるような衝動を抑えながら勉強を続ける。

 血が滲む努力もあってか、流石にクラスの中ではトップの成績を取れていた。

 だけど親には届かない。褒めてもらえるどころか罵倒されるんだ。

 当時を振り返る度に頑張ったなとは思う。人生の中で一番の地獄だと思う。

 唯一の救いは、そんな僕に対しても姉は“完璧”だったことか。

 宿題や予習復習で分からないところは姉に聞いたら、怒らずに教えてくれる。

 他にも本を読んでくれたり、僕が貰えないお菓子を分けてくれたりもした。

 もちろん両親は馬鹿が移ると止めようとしたけど、姉はやめなかった。

 姉は僕と違うのに。姉が優しかったことは、当時の僕にとって1番の謎だった。




 中学生の時のお話。

 姉は当然のようにお受験を迎え、私立の名門中学に入学した。

 僕はこれまた当然のようにお受験を失敗し、地元の中学に入学した。

 その頃になると、僕は親の言いなりではなくなっていた。俗に言う反抗期だ。

 といっても、暴力を振るうわけでも夜の校舎で窓ガラスを壊すわけでもなく。

 ひたすら無視だ。勉強しろ? 無視、寝る。部活に入れ? 無視、帰宅部。

「何もしたくないって恥ずかしくないの!!」

「認められたいなら努力をしろ!!」

 叱咤激励という名の罵倒を受けたけど、あらゆることに無気力のまま。

 後々本を読んでわかったけど、これは学習性無力感って奴らしい。

 心的ストレスが長期に渡って続く内に抵抗すらしなくなる、というあれだ。

 それにさ、僕に何かやれっても酷だよね。勉強だけをやらされてきたんだから。

 まるで今まで水中にいた魚を陸に上げて、兎や鹿を狩れと命令するような。

 やってほしいなら方法を教えてほしい。国語の文法、数学の数式のように。


 そして、この頃かな。――姉がおかしくなったのは。

 本来の家庭なら姉弟間の関係というものは希薄になるもの。

 ましてや欠陥品の弟なんて、姉には不要な存在にしかならないはずだ。

 なのに、僕に向けられる姉の愛情が変化しなかった。むしろ強くなった。

 両親、親戚、更には学校の友達や教師、近所の人々にまで馬鹿にされる僕にも、姉は笑顔で世話を焼いてくれる。あれこれ頼んでもないのに色々とやってくれる。

 それが僕はたまらなく気持ち悪かった。空虚なものにしか感じられなかった。

 何故そう感じたのか。あれこれ考えた結果、1つの結論にたどり着いた。


“この人は姉としても完璧なんだろうな”


 そう考えた僕は、今後は姉の行動はすんなりと受け入れることができた。

 姉にも僕への愛情は欠片もなく、完璧な存在を演じるための行為であると。

 しかし、それは間違いと気づくことになるのは後の話。




 今度は高校生の話。青春、という文字が最も似合う時代だね。

 姉は中学でも優秀な成績を維持し続け、高校は僕の住む県内のトップ校に入学。

 名前は忘れた。漢字2文字で、難しい字の変な名前だった気がする。

 ちなみに僕は底辺の高校。勉強しないから底辺校、それだけ。

 入学したその日からは、両親は僕を完全に居ない者として見るようになった。

 おそらく法律がなければ、ゴミを捨てるように、殺処分されていたことだろう。

 そんな僕と反比例して、姉からの“愛情のようなもの”は強くなっていた。

 それが顕著なのは昼食を用意しない親に代わって、弁当を作ってくれたこと。

 例え姉の机に弁当の具材を全てばら撒いても、何事もなく次の日も作ってくる。

 このことに限らず、姉は僕が何度も拒絶しても、見捨てることはなかった。

 にこにこ、にこにこと。僕を嫌うことがなく優しい笑みを見せつけてくる。

 そして、もう1つ印象的に覚えているのは――姉が倒れた時かな。

 倒れた原因は過労らしい。理由は分からない。候補なら幾らでもあるけど。

 病院のベッドで眠る姉に両親は、この世の終わりを嘆くように泣き叫んでいた。

 僕が食中毒の時は、お金が勿体無いからって病院に行かせなかったのに。

 ここまで露骨だと笑えてくるね。実際に笑えたし、両親が馬鹿に見えて。

 ああ、ごめんごめん。話を本題に戻そう。

 僕がちょうど姉の面倒を見ていた時に、姉が目を覚ましたんだ。


「…………」


 病気で精神が弱っているのか、暫くは僕を惚けた顔で見つめる。

 それが終わって僕を認識した途端に顔を綻ばせて、強く抱きついてきた。

 思わず引き剥がそうとしたけど、想像以上に力が込められていて無理だった。


「大丈夫、あなたはお姉ちゃんが守るから。お姉ちゃんが頑張るから」


 浮ついた譫言を繰り返し呟きながら姉は僕を抱きしめる。とても気色悪かった。




 そして、僕たちが大学生の話。だんだん今に近づき初めた。

 姉は……もう細かく言わなくてもいいか。日本最高峰の国立大学に進んだ。

 輝かしい栄光。そんな裏で、僕は名前が書けば入れる私立大学へと行く。

 ゴミで欠陥品の僕に、金食い虫という称号まで付与されてしまったわけだ。

 大卒の資格が欲しくて大学に行ったんだけど……それはすぐに後悔した。

 繰り返すけど、僕は親から言われたことのみをやらされてきた人間なんだ。

 幼少期や児童期に培われる自主性とか好奇心とか自己実現とか、それがない。

 そんな人でなしが大学という環境に置かれたらどうなるか。

 答えは言うまでもないよね。当然、堕落した生活を送ることになる。

 惰眠を貪り、講義には出席せず、将来のことは一切考えない。それを2年間。

 楽だったよ、他人と会わなくていいし。僕の性格が更に悪化した気はするけど。


 そして、あの馬鹿な両親は……なんと、何も言ってこなかった。

 というより、僕を攻撃している余裕すらなかった、というのが正しいかな。

 父親の会社が倒産。崩れる会社に、流れされるように父親は無職になったから。

 もちろん仕事がないと生活できないから、必死で再就職を考えてはいたみたい。

 でも肩書きに胡座をかいてただけの無能だから、まともな職が見つからない。

 年だけ食った廃棄物を唯一受け入れたのは、とある中小企業のクレーム処理。

 日頃のクレーム対応に、自分を評価しない環境で父親はおかしくなっていく。

 そして、ストレス解消で酒を貪って暴れる。典型的なアル中コースってわけだ。

 母親は母親で、パートと酒を飲んで発狂する父親の面倒を見る、それの板挟み。

 もちろん家庭環境は悪化。喧嘩の耐えない賑やかなリビングが日常と化した。

 崩壊は秒読みの状況で、僕は最低限の面倒すら見てもらえなくなった。

 こうなると生活できず、無様に死んでいくのが本来の運命。

 だけど、姉がいた。今までは渋々ながら母親がしてたこと全てを姉が肩代わり。

 姉も忙しいのに。だけど僕という面倒事が増えたことを、姉は喜んでいた。


「お姉ちゃん、頼まれたら何でもしてあげるからね」


 僕とは真逆の優しげな顔立ちで、澄んだ声で姉から紡がれる。

 捻くれた欠陥品の僕にすら裏表を感じさせない、素直な言葉。

 ……ああ、腹が立つ。僕に向けられる理解不能の優しさが心を痒くさせる。

 抑えきれないむず痒さと腹立たしさを抱えながら生きていく、そんな日が続く。

 そんなある日、僕の耳に悪魔の囁きが入ってきた。本当に、唐突に、偶然にも。

 聞こえてきた内容は、僕を愛しているのなら行えるはずの簡単なお願い。

 今日は、姉にそのお願いをしてみる予定の日だった。

 心が高鳴る。姉の愛を確かめて、ゴミを“処分”できる絶好のチャンスだから。


「ねぇ、お姉ちゃん。僕のこと愛してるんだよね?」

「うん。そうだよ」


 迷うことなく答える姉に、心の中で狂喜に舞う僕は言葉を続けた。


「ならさ、父親と母親を殺してよ。そうしたら僕はお姉ちゃんのものになるよ」


 本当は、僕には欲望が皆無なんだよね。

 そりゃ幼少期から制限ばかりの生活を送らされてきたから、そうなる。

 欲しいと思ったって意味ないし、むしろ制限が増す。だから願わなかった。

 そんな僕が心から望むことは、僕をそうさせやがった親を殺すことぐらい。

 だけど僕に両親を殺す気力はなかった。警察から逃げ切れる自信もなかった。

 だから今までは、何かの不運に見舞われて死ぬことを願うだけだった。

 しかし、何でもすると断言してくれる姉が僕の目の前にいるんだ。


「…………」


 考える仕草を見せる姉。

 そうだよね、できないよね? できないでしょ? お前は完璧な娘だから。

 僕みたいな欠陥品を愛するのは姉という立場だからで、枠組みは超えられない。

 だから、もう言ってしまえよ。無理だって、私にはできないって。偽善者が。

 歪みに歪みきった僕の想い。でも、それは想像を絶する形で裏切られた。


「わかったよ。お姉ちゃんに任せて」

「……えっ?」


 呆気にとられる僕が見たのは、女神のような笑顔だった。




 それから1ヶ月後の話。母親と父親が死んだ。

 大学のレポートを書くために山に行く姉、その付き添いの帰り道で。

 二人は山で道を踏み外して転落死。不幸な事故だと警察は判断した。

 葬式は簡素だった。親戚も来なかった。遺産相続で揉めて仲悪いらしい。

 ちなみに両親が死んだ際には遺族年金に加えて、多額の保険金が入ってきたから生活に困ることはなかった。1ヶ月前に姉が保険に入るよう勧めたらしい。

 ああ、幸運だったなぁ。神様って本当にいるもんだ、あーめん、じーざす。

 ま、そんなわけがないよね。そして、誰が犯人かは推理するまでもない。

 ――姉だ。あの姉がやったんだ。

 どうやら姉は犯罪を行う上でも完璧だったらしい。何も残さず二人を殺した。


「~~~~♪」


 そして、その姉は何事もなかったように掃除機で僕の部屋を掃除している。

 他人の前では泣いてた姉、家だとそんな素振りは見せずに生活を送っている。

 まるで、元々この家には僕と姉しかいなかったかのように。

 元々姉も両親は嫌いだったのかな。僕と同じで、死んでも気にしないくらいに。

 でも姉の行動はおかしすぎる。僕に言われただけで人を殺すんだよ?

 そんなの完全に常軌を逸してる。そして、そんな狂人が僕の身近にいる。

 正直に言うと、もう限界だったんだ。だから僕は逃げ出すことにした。

 部屋には、1ヶ月くらいならば生活できる程度の荷物が纏められている。

 ……姉に隠れて、こんなに大きな荷物を用意するのは大変だったなぁ。

 僕に盲目な信頼をしているとはいえ、相手は僕よりずっと頭の良い姉なわけで。

 しかし、こうして準備は完了した。あとは荷物を持って家を出るだけ。

 現在時刻は深夜4時。姉は寝てるし、電車が動き出し始める絶好の逃走時刻。

 足音を立てず玄関に向かって、自分の靴を履こうと手を伸ばしたところで。


「ねぇ、何処に行くの?」


 びくりと、体が震えた。恐る恐る振り返る。

 そこには姉がいた。焦点の定まらない眼が不気味に輝いていた。


「こんなに朝早く出かけるなんて危ないよ」

「……あ、あぁ」

「もしかして旅行に行くの? それならお姉ちゃんも一緒に行きたいな」


 現実に引き戻された僕が見たのは、ぶつぶつ呟く姉。

 そんな姉の背後からは形のない闇が押し寄せているように見えた。

 そして気になったのは、姉がリュックサックを見て旅行に行くと認識したこと。

 おそらく中身は把握してる。夜逃げという発想は皆無みたいだけど。

 なら、嘘をついてもしょうがないか。この際だ、真実を教えてあげよう。


「馬鹿じゃないの?」

「えっ?」

「今から逃げるんだよ!! この家から、お前みたいな化物から!!!」


 あーあ、やっちゃった。もう少しオブラートにする予定だったけど。

 でも、こうなったら仕方がないよね。

 僕の本心という暴走列車を、生きている人間の中で1番嫌いな姉にぶつけよう。


「お姉ちゃんのこと、嫌いなの?」

「あぁ、そうだよ! 僕はお前が嫌いだ!」

「……嘘、嘘でしょ。お姉ちゃん、頑張ったのに」

「う、う、嘘じゃねぇよ!! 昔から嫌いだったんだよ、人殺しめ!!」


 僕は言葉をぶつける度に、姉は顔を引き攣らせて青色に染めていく。

 この光景こそ僕の見たかったもの。完璧な姉を何でもいいから歪ませてやる。

 無能で、欠陥品で、誰かの足を引っ張る僕には唯一できる反撃なのだから。

 ……そうだ。そうだよね。すかっとするはず。鬱憤が晴れるはず。

 なのに心が落ち着くことがない。どうしようもなさがどんどん加速する。

 ふらふらと重心が揺れ動く姉に同調して、僕の心が不安を増していった。


「じゃあね! もう会いたくないよ、お前とは!!」


 でも、何はともあれ、僕は逃げ出せるんだ。

 ここから姉が追いかけたも、僕が早く動いてる分だけ有利なんだ。

 だから早すぎる勝利の余韻に浸りながら、僕は玄関の扉を開けようと扉に手を


 ――バチィ


 耳を劈くような音、目の前がまばゆい光に包まれる。

 何が起こったのかを考える余裕もなく、僕はそのまま意識を手放した。




 現在の僕の話をしようか。

 結論から言うと、僕は監禁されている。もちろん姉に、だ。

 そうされてから、かれこれ半年くらい経っているのかな。

 その期間を閉ざされた部屋で暮らしたせいで、もう完全に世間と絶たれていた。

 といっても、友達はおろか知り合いすらいないから、変わらない気はするけど。


「…………」


 この密室、元は僕の部屋だった場所。

 そんな場所に来て知ったことがある。歪んだ家庭で狂ったのは姉もだった。

 幼い頃から異常な教育と期待を受け、僕が欠陥品とされた後には今まで以上の重圧の中で完璧を演じるよう命じられ、それに答えることを強要されてしまう。

 翼をへし折られた人生を送らされていた姉が拠り所にしたのが僕だった。

 姉には僕が全て。その弟から愛されるためなら全ての存在を犠牲にしていい。

 だから弟を守るために、危険な目に合わせないために、手錠をして監禁した。

 今は半年間の信頼が実り、内側から開けられない部屋に閉じ込められてるけど。


「……おくすり、欲しいなぁ」


 監禁されてから、姉に変な錠剤を飲まされるようになった。

 飲むと脳みそが揺れて、顔の筋肉が緩んで、姉が好きでたまらなくなる。

 そして、1日でも飲まなければ激しい苦しみに襲われる。そんな薬。

 今も薬が切れ始めてやばいんだよね。あー、薬がほしい、薬がほしい。

 あまりにも欲しすぎて、掻きむしった腕は気味悪い濃い紫色に変化していた。

 これ絶対にやばい奴だよね。もう姉はどうしようもないほど壊れてるって。

 まあ、僕を逃げないようにするなら方法はそれくらいかもね。


「ただいま、元気にしてた?」


 そう話している内に姉が帰宅した。

 僕が横たわるベッドに飛び込んでくる姉を、僕は優しく抱き抱える。

 実を言うと、姉が外に長時間出かけるというのはとても稀だったり。

 何故かというと姉は大学を卒業後、在宅の仕事をしていたから。

 僕との時間を1秒も無駄にしたくないらしいよ。

 姉なら国家公務員や大企業のエリートだって目指せたのにもったいない。

 まあ姉は幸せそうだし、生活は出来てるみたいだから良いと思うけど。


「えへへぇ~、お姉ちゃん頑張ったんだよ~。今日もね、今日もね」


 嬉しそうに、姉は僕を愛してくる。

 それは人間が相手に愛を伝える、常識的な愛の形ではなく。

 自分を相手に全てを委ねるような愛。子が親に甘えるようなもの。

 現にこの状態の姉は子どもっぽい。舌足らずで、思いつきで言葉を発してくる。

 それを僕は死んだような目と、口元を釣り上げた作り笑いで話を聞くんだ。

 色々して、眠くなったら同じベッドで寝る。たまに姉弟を越えた交わりも。

 ただ、ひたすら、それを繰り返す。異常で、退屈で、それでいて安らかで。

 もし他の人はこの生活、どう思うかな。気持ち悪い? 馬鹿みたい? 

 そうだね。僕も初めはそう。でも、時が過ぎる内に気に入るようになっていた。

 だってさ、欠陥品の僕が完璧な存在の姉を支配しているんだよ?

 とても喜ばしいじゃないか。誰かの足を引っ張って破滅させる快感というか。

 それにさ、今までの人生で僕の精神は取り返しのつかないほど参ってたんだ。

 おそらく脱走したとしても、薬の禁断症状で苦しむだろうし、ぬるま湯のような空間以外で僕は生きていくことはできない。死ぬのを待つだけになるだろう。

 幸いにも部屋から出ようとさえしなければ、不自由のない暮らしができる。

 例え僕の精神がどうしようもなくなって、姉のことを殺そうとしたとしても。

 姉はそれを否定せず、喜んで僕の思いを受け止めてくれることだろう。

 それが完璧な姉だからか、それとも1人の姉だからかは僕には分からないけど。


「……大好き」

「僕も」


 完璧の姉が、欠陥品の僕に依存する。

 互いが互いを歪んだ愛をぶつけて相手を支配する。

 でも、それは姉に、そして人間不信な僕に、丁度良い愛の大きさ。

 僕は唇を姉と深く合わせる。とても暖かいものだった。

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完璧な姉と欠陥品の僕 勿忘草 @kamikaze0419

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