淀み水

 土地には様々なモノが染み着いているのだと思います。

 三寺の話を書きながら、長い歴史が刻まれた土地を満たす地脈や気脈、それらに影響を受けながら、その地で受け継がれてきた血脈のことを考えていました。


 地脈、気脈と言えば、風水を思い浮かべます。残念ながら私は風水知識に疎いので、ここで深く掘り下げる事が出来ませんが、風水に関わるのかもしれない体験はあります。


 私が育った家は、南北に細長い敷地にコの字型に建っていました。

 広い中庭には、亀の甲羅のような大きな岩が置かれているのですが、父がその岩を活かして池を手掘りしたのです。最初の頃は錦鯉を飼ったりと、水の流れを絶やさない管理をしていたのですが、何年も経つうちに錦鯉も居なくなり手を掛けなくなり、ただの淀み水のようになっていきました。

 その頃から母の体調に変化が出始めたのです。


 元々、母は体が弱い人でした。

 幼少期から虚弱で、私を身籠る前には生きる死ぬの経験もしていた人なので、体調悪化に対しても何の不思議も感じていませんでした。

 ちょうど母は更年期の年齢に差し掛かっていて、家族は深く考えていなかったのです。


 ある日、母がポツリと呟きました。

「家の中心に淀み水があると、その家の女には良くないのよ」

 低く微かな呟きだったのですが、厭にハッキリと聞こえ、私はぎょっとして母の顔を見ました。

「淀み水があると良くないの?」

 と聞き返す私に、母はきょとんと不思議そうな顔をして、

「母さん何か言った?」

 逆にそう問い返されました。どうやら無意識に呟いたようなのです。


 無意識の言動には、何かが働いていることもあります。

 私はすぐに池の水を抜き、父と一緒に底のコンクリートを割って壊し、水が溜まらないようにしてから、池を埋めました。

 何故、急いで淀み水を無くそうとしたのか。理由があります。


 母は当時、子宮筋腫があり重度の貧血になっていました。筋腫のせいで出血が止まらず、血液成分が平均値の半分ほどの数値になってしまい、問題なく生活しているのが不思議なくらいだと、言われるほどでした。

 問題なく生活していた訳ではありません。動けずにじっとしているから、かろうじて倒れなかったのです。


 家の女、つまり嫁には淀み水は悪いということだろうか。家の中心とは、女にとっては子宮ではないか。

 母の呟きからイメージしたのは、そんな事でした。

 実際の風水ではどうなのかは分かりません。でもこの経験から、私は水や空気が淀むような間取りや庭は良くないと考えるようになりました。


 母は池を埋めてから、大きな病気も無く健やかな日々を過ごしています。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る