【お蔵入り】クソゲーって言うな3だったもの

おもちさん

第1話 恒例の評価

始まりの平原は、随分と静かだった。

無人という訳ではなく、ここに集まる人の数はそれなりに多い。


リーディスは体を投げ出すようにして椅子に浅く腰掛け、空をぼんやりと眺めている。

マリウスも気が抜けているのか、長テーブルの端に突っ伏している所だ。

ルイーズは付近のもちウサギたちの世話で大忙しで、リリアは毛束から枝毛を捜索中。

メリィなどは大猫をクッションのように扱い、その腹に顔を埋めていた。

まさに傍若無人であった。


彼らに共通している事はただひとつ。

おおむね目が死んでいる、という点だろう。

まともな会話は一切なく、場の空気は重たい。

そんな中、ミーナが少しわざとらしいくらいに明るい声で、周囲を元気付けようとした。



「リリアさん、お待たせしましたぁ! 『窓辺で毒づくマドモアゼル ~春風に凪いで~』です!」


「うん。ありがとうねぇミーナちゃん。いただくわ」


「オカワリもありますから、遠慮無く言ってくださいね」



ミーナは給仕として振る舞いつつ、リリアの前に巨大な皿を置いた。

そこには、大皿に相応しいバケツサイズのプリンがあった。

皿の縁際には生クリームによって繊細に飾り付けが為され、寄り添うミントの葉が何とも可愛らしい。


まぁそういった装飾も、プリンのど真ん中を貫いて自立する、丸々一房あるブロッコリーが全てをブチ壊しているが。

しかもカラメルソースの代用とばかりに、そのブロッコリーにはふんだんに『チョコカレーヨーグルトソース』が頭からかけられているのだ。


オーダーミスではない。

実際リリアは慣れた手つきでブロッコリーを解体し始め、口の中をため息の代わりに青物で満杯にした。

食べ始めると気分が上向いたのか、顔色もいくらか改善された。

そして気力も、コミュニケーションが取れる程度には回復した。



「エルイーザさんたち、遅いね……」



リリアが不明瞭に言う。

するとマリウスが突っ伏したまま、やはり不明瞭に答えた。



「データの収集は時間がかかりますから。ですが、間もなくだと思いますよ……」



普段は礼儀を重んじる男とは思えない態度だが、驚いたり、咎めたりする人は居ない。

彼らはみな一様にショックを受けているからだ。


ーー彼らの出演する新作ゲームが、大不評だと知ったからだ。


詳細は現在エルイーザ・デルニーア姉弟によって調査中。

分かっている事は、評価平均が0.5点だと言うことだけで、具体的な指摘や改善点は不明。

なので一同は悶々としながらも、ひたすら待機せざるを得なかった。


リリアの個人技により、ブロッコリーがすっかり胃に格納され、プリンも半分ほど削り取られた頃。

彼らの側で転移魔法が発動した。

それに乗ってやってきたのは、女神エルイーザと、邪神デルニーアである。


デルニーアの落ち込み様はあからさまに酷い。

肩に生えた大振りな翼は萎(しお)れ、唇から突き出した牙や、虎よりも立派な爪もクッタクタに歪んでいた。

過剰なほどに肩を落としているので、筋肉質で角ばった体つきも、今ばかりは丸く見えてしまう。


エルイーザの表情はというと、凶悪犯そのものと言って差し支えない。

眉間のシワは誰よりも深い。

赤ら顔なのは、お腰に付けた濁り酒をミネラルウォーター感覚で常飲している為である。

口の端からは焼メザシの尾っぽが飛び出していて、それが本日の肴(さかな)である事を知らしめた。



「オウオウオウ! テメェらよっく聞けよ! ケツの穴かっぽじってなぁ!」



『耳』の間違いだろ、と指摘する声はない。

あまりにもノリが悪いため、エルイーザの凶相がより険しくなる。



「新作ゲームの評価はなぁ、クソ中のクソ! キングオブ・クソゲーだとよ!」


「なんだってぇー……」


「そんなぁーあんまりだー」


「もうちっとやる気出せやゴラァ!」



エルイーザの拳がテーブルをしたたかに叩いた。

それでも怯えるものはなく、目立った変化と言えば、不安定な形状となったプリンが横倒しになっただけである。


そして、姉弟の発表には誰一人驚かない。

評価平均が最低点である事は周知済みなので、口汚い罵倒も予め予想が出来た。

対応策についても、今やすっかりお馴染みとなった、例の手法が取られようとしていた。



「あい。じゃあ、編集モードでやりましょかねぇ評判悪いもんね仕方ないね。反論はある?ないねじゃあ移行しまーす」


「あの、リーディスさん! まずは私たちの報告を聞いて、方針を固めてから、モードチェンジしませんか?」


「チッ。めんどくせぇな」



当初は物議を醸した『編集モード化』であるが、彼らの感覚はスッカリ麻痺していた。


失敗の許されない一発勝負が、怒濤のアドリブ群が彼らを高揚させ、逞しくもした。

生み出された数々の失敗は宴会のネタに、輝かしい名演技は語り草に……早い話、誰もが自由演技を楽しんでいるのである。

むしろ製品モードの窮屈さが苦痛であり、さっさと編集モードで暴れまわりたいというのが本音であった。



「では、参ります。本作の問題点について……」



デルニーアが口火を切る。

これより改善すべき点がいくつか報告されるのだが、一筋縄でいかない議題に、彼らは頭を悩ませる事となる。

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