Gift of Nightmare【EP3】

野良・犬

プロローグ


 空を、黒煙が…砂煙が舞い上げられた不純物が覆う。

 聞こえてくるのは、金属のぶつかり合う音、何かが爆発する音、悲鳴に怒号、そしてその合間に聞こえる誰かが倒れる音…。

 私の足元にも、そんな音を立てていたモノが横たわる。

 そのモノの胸には、私の両手剣が突き刺さり、それ以外にも深い傷があって、延々と出続けていた血が止まる所だった。

 剣の刃は、獲物を仕留める度に血がこびり付く。

 とうの昔に、この剣は刃物としての機能の大半を失っていた。

 相手の殴り、骨を砕き、その肉を引き千切る。

 鎧に、服に、肌に、幾人もの相手の血が飛び、綺麗だった灰色の長い髪は、纏わりついた血のせいで見る影もない。

 仲間が何人も倒れていく。


---[01]---


 敵が押し寄せて、土石流に流される家々のように、力と言う波が仲間達を飲み込む。

 仲間と言うだけしかわからない、名前も知らない兵達が、次々、次々、バタバタと倒される。

「・・・」

 その光景に何かを思う事は無い。

 もう慣れた、慣れてしまった。

 復讐にしか意識が向かなかった私にとって、仲間と言う肩書きだけを持った知らない誰かの事なんて、どうでもいい存在だ。

 私の眼中にある存在はあいつだけ。

 私から大切なモノを奪っていった、憎い相手だけだ。

 あいつはここにいる。


---[02]---


 化け物、化け物、化け物…、あれが同じ人間だとは思えない、思いたくない。

 今も仲間達を物のように壊している。

 全身に疲労感が襲う体に鞭打って、私は立ちあがり、肉に刺さった剣を抜く。

「うああああぁぁぁぁーーーーッ!!」

 そして私は、化け物に、自分の存在を知らしめるため、お前にとっての強者がここにいるぞ…とわからせるために雄叫びを上げる。

 恐怖や不安は頭から追い出せ、闘志を高めろ。

 全身を魔力が駆け巡る。

 体を最大まで強化するのに必要な魔力量を振り切って、これでもかと体に流し込む。

 無理をするなと言う体の悲鳴も気にせずに、化け物を倒す事のみに全力以上の力を注いだ。


---[03]---


 目一杯見開かれた私の目が獲物をしっかりと捉え、化け物もまた私を見る。

 お互いが敵を認識した瞬間。

 化け物は、持っていた動かなくなった仲間を、その辺へ無造作に放り、それが地面に落ちると同時に、お互いがお互いに向かって突っ込んでいく。

 もとより、魔力で強化された物理的な攻撃は、鎧など無に帰する。

 体に申し訳程度に着けられた鎧達は、あくまで万が一の為、必要最低レベルの防御用。

 それでも、魔力的攻撃に対しての防御を強める術式を組み込めるから、最低レベルと言っても、じゃあ無くていいか…と言われればそうじゃない。

 あるいは、自身を強化するための補助術式を組み込んで、攻撃面でのサポートをする者もいる。

 それは今まで倒してきた相手も同じ、皆が鎧を身に纏い、手には剣、槍、棍棒、それ相応の武器を持って襲い掛かってきた。


---[04]---


 でもこいつは違う、化け物は、そんなモノ使わず、上半身の肌をあらわにしている。

 はたから見れば、それは無謀な行為になるが、こいつのソレは、それ程の力に対する絶対の自信を物語っていた。

 体は仕留めてきた獲物の返り血で赤黒く染められ、その状態で次々と仲間を倒していく化け物の姿は、角はないが赤鬼、鬼人の如き恐怖の対象だ。

 振るった剣は、まるで金床を叩いたかのように弾かれて、振った衝撃が相手ではなく、私へと帰ってくる。

 震える剣身、痛みと共に腕の骨まで響く。

 何度か打ち込んでも結果は変わらず、相手からの反撃をガードしようとするが、盾代わりに前に出した剣は、易々とその剛腕に退かされて、体勢が崩れた私の懐に潜り込んだ化け物は、容赦なくその剛拳を左頬へめり込ませる。


---[05]---


 まるでハンマーで殴られたかのような感覚、防御力が一番の取り柄である私でも、頭が体からおさらばするかと思った。

 地面を蹴られたボールのように転がり、硬い地面と柔らかい何かに体をぶつけて、ようやく止まる。

 立ち上がり際に、一瞬で口の中に溜まった血を吐き出して、化け物の方向から飛んでくる肉塊を避け、剣を逆手に持ち替えると、全身全霊で投げつける。

 普通の敵なら、避けるか、防御に優れた者が防ぐしかない攻撃、それを化け物は飛んできた小石をあしらうかのようにはたき落とし、続けて飛んできた短剣を掴み止めるが、そんな僅かな隙の間にその左頬へ、今度は距離を詰めた私の拳がめり込んだ。

 腕力としては圧倒的に相手の方が上、一歩後ろへ足が動いた程度で、その体に泥が付く事は無い。


---[06]---


 化け物が体勢を立て直す前に、近場に落ちていた仲間だった誰かの剣を拾い上げ、その横腹に向かって剣を突き刺した。

「ぐあぁッ!」

 化け物から、苦痛の声が漏れる。

 剣の刺さり具合は、決して深いとは言えない…が、その切っ先は、確かにこいつの、皮を、肉を裂いた。

 その瞬間、相手を壊そうとする事に固執した化け物の攻撃が乱れる。

 力任せで大雑把、自分の周りを飛び回るハエを落とすが如く、邪魔者がいる方へ、剛腕を振るった。

 しかし、力任せで大雑把だからこそ、さっきまでの攻撃よりも速く、それは私に届く。

 咄嗟に出した手で攻撃を防いだけど、衝撃を殺しきれずに転倒する。


---[07]---


 すぐにバク転をするように、その場から離れつつ体勢を整えると、そんな私に追い打ちをかけるようとしてか、さっきまで私がいた場所を化け物の足が踏み抜いた。

 砂ぼこりが舞い上がり、一瞬の地響きと共に地面に小さなヒビが入る。

 さらなる追撃に備えて身構えるも、化け物から次の攻撃は飛んでこなかった。

 一撃一撃に人を屠るだけの力がある化け物が、痛みで顔を歪ませている。

 何かの策略か…、最初はそう考えたけど、追撃が確実に入る状況下で、そんな策を取る必要性を感じない。

 追撃で討ち損じるよりも、もっと確実に仕留めたいという表れか?

 でも、そいつが取っている行動は、恐怖の対象である自分のイメージに傷をつける行為、敵の中で最強であり、敵も味方もそれを思っている程の重い肩書だ。

 それを考えれば、尚更そんな行動を取る意味が見えない。

 化け物には何の策もない、子供のように痛みに顔を歪ませ、動きが取れなくなっているだけだと、私は答えを出す。


---[08]---


 そこからは単純、その好機を逃す手は何処にもなかった。

 私は化け物に向かって突っ込んでいく。

 余すことなく全身に魔力を流し、自分でも痛いと思える程その拳に力を入れ、化け物の腹へと全力で打ち込んだ。

 ガッチガチに硬い腹筋に、私の拳がめり込む。

「ガハッ!」

 体がくの字に曲がり、化け物の頭が下へと下がってくると、その頭を動かないようにガッチリと掴んで、そこへ飛び上がる様に膝蹴りを喰らわせる。

 一歩二歩と後ろへ後退する化け物に、逃がすまいと近づきながら体を回転させ、勢いがついた所で飛び込む。

 体を捻り、自身の長い尻尾を振って、さらにその勢いを強め、その顔面へと全力の蹴りをお見舞いする。


---[09]---


 体勢を立て直す暇も与えずに、連続で、手加減なく攻撃をお見舞いした事で、何人もの人間を屠ってきた化け物の体に、ようやく最初の泥を付けてやった。

 最後の蹴りは勢いに威力も相まって、私を叩き飛ばした化け物の攻撃程ではないものの、それなりに地面を転がせる。

 これだけやって、ようやく顔への一発のお礼を返せたといった所。

 子供のように痛みで動けなくなっていた化け物も、今の攻撃で我に返りでもしたか、すぐに体を起こす。

 その姿に見た瞬間、背中を嫌な汗が伝い落ちるのを感じた…、もう一撃…、意地になっていた頭が、相手に泥を付けた事で、僅かな冷静さを得たからか、そのできた余裕は焦りの色に染まる。

 化け物が立ち上がるよりも速く、私の足が前に出た。

 地面に落ちた自分の剣を走りながら拾い上げ、その切っ先を突き立てて、化け物へと向かっていく。


---[10]---




「という同人を描こうと思うんだが」

「どうかな?」

「どうかなと言われても…」

 俺事、向寺夏喜は、外がすっかり冬の装いに変わった中、いつも通り大学の食堂で友人2人と時間を持て余し、彼らから数枚の紙を渡されて、その感想を求められていた。

 漫画のラフ画のようなモノに、こういう場面なんだと補足するように書き出された文章。

 主人公は、私事、フェリス・リータ、俺が夢に見るもう1人の自分だ。

 灰色の長い髪に、そこそこの身長、小さ過ぎず大き過ぎない形の良いマシュマロ2つ、竜種という存在の特徴たる竜の尻尾に爪。

 設定画として、力を入れて描いたであろう、フェリスの全体図、キャラ設定は、正直気持ち悪いと思える程フェリスだった。


---[11]---


 ここまで細かくこいつらに教えたかと思考を巡らせるが、そんな事は無いという回答が答えとなって帰ってくるだけ…、これがこいつらの想像力の成せる技なら、すごいの一言、いや、すごいと気持ち悪いの二言だな。

「これはあくまで、夏吉の頭の中の世界を元に描く戦闘漫画だから、それをより正確に、そしてリアルに描くには、そっちの協力が必要って話」

「内容自体はこっちが勝手に描いていけるけど、世界観とか、主人公であるフェリスがどういう人なのかとか、勝手に描いていくにはもったいないからさ、是非夏吉に協力してほしいんだ」

「いや、そう言う事じゃなくてだな」

「言うな言うな、みなまで言うな。書き下ろした俺のラフが上手すぎたから、そのせいで動揺しているんだろう」


---[12]---


「まぁ絵のクオリティはこの通り保証するからさ。協力してくれないかな?」

「だから、そういう事じゃなくて…」

 こいつら家での飲み会といい、ゴリ押す気満々か?

 夢でフェリスとして1日生活すれば、その間、現実でも1日が経過している。

 そのサイクル下で、俺がフェリスとして生活していた中、現実の俺は自宅で酒を呑む時間を作った。

 夢で生活しているとはいえ、現実でも普通の生活を送っているという、摩訶不思議過ぎる現象で、記憶はあるにはあるがうろ覚え、その呑み会の記憶は霞が掛かって数日前の記憶のようにぼやけている。

 だがしかし、要所要所を丁寧に思い出してみれば、その時の呑み会も、こいつらのゴリ押しに押される形で開催されていた。

 こいつら以外に、文音事、幼馴染の音無文音もやろうやろうとせがんでいたが…。


---[13]---


 とにかく、二日酔いで酷い目を見た原因はこのゴリ押しだ。

「頼むよ夏吉、マジでさ」

「どうかお願いできないかなぁ」

 でもまぁ、面倒とは思うが、嫌だって感情はない。

 俺がお人好し過ぎるのか何なのか…。

 フェリスという、俺とは違う他人を夢の中で演じているのも慣れてきてしまって、その変な環境について考える事もしなくなっている現状。

 それを第三者の視点で見れるというのは、ある意味貴重とも言える。

 この件が、それに該当するかは、甚だ疑問だが…。

 フェリスという存在を演じるのではなく、見る事自体には賛成だ。

 だからこそ嫌だって感情が沸かないのだろうけど。

「Rは?」


---[14]---


 という訳で、出来る範囲で手伝うのも、悪くないという結論に至る。

 そう、出来る範囲で、だ。

 R、つまりはエロい要素を描かれるのは、正直耐えられん。

「全年齢対象」

「バトルモノの漫画だからね」

 それならいい。

 知り合いは、俺ではないにしても、夢の中の自分のエロいシチュエーションを絵にするとか、考えただけで吐き気がするし、やると言おうものなら、関係を断たなきゃいけないところだった。

「目指す場所は?」

「夏のクリフェスだ」

「クリフェスっていうのは、クリエイトフェスティバルの略ね。要は同人の即売会イベント。夏と冬の年に2回開催されるけど、冬はどんな手を使っても無理、一ヶ月以内にとかありえない。というかそもそも申し込み終わってる」


---[15]---


 クリフェス…、クリフェスねぇ。

 夏のその時期になると、毎度毎度ニュースで大行列がなんたらと話題にするから、その方面の知識が無い奴でもその存在は知っている。

 それに、いちいち補足しなくても、俺はそっち方面の知識を少なからず知っている身の人間だ。

 まぁ内容なんてほとんど知らんがな…、行った事ないし。

「そもそも候補から外れてるだろ、ソレ」

「だから夏だ」

「夏なら十二分に時間があるしね。先が長い分、皆の予定が決めやすい」

「なるほど、お前達の目標はわかった。ある意味面白そうだから、手伝ってやる」

「やったぜ」

「ありがとう、夏吉」


---[16]---


「まぁ頑張るのはお前達だ。そこでの売り上げをよこせとは言わない。でも、手伝うからには、それなりに期待はさせてもらう。飯をおごるなりなんなり、何かしらの形でな」

「お…おう。と、当然だとも」

「いいじゃん。もともと手伝ってくれた時はお礼をするつもりだったし。でもあまり期待しないでね。初参加を目指す人間はそこまで豪華に行く余裕ないから」

「一応言っておくが、エロは無しだからな」

「え!?」

「え、じゃないよ」

「え、じゃねぇよ」

 お約束か何なのか、驚く奴、それにツッコミを入れる奴、という形を作って、友人達は善は急げと言わんばかりに、どういう内容にするかも含め、俺への質問を開始した。


---[17]---


 夢の存在は、話題の種として優秀で、新しい事があれば大なり小なり話していたが、こういう流れになるのは予想外だな。

 この前、思いがけない死闘をしたばかりで、話の種がそれなりに大きかったが、それを蒔く必要はないようだ。

 死闘もそうだし、人間が増えて、夢の世界は、また一層の環境の変化が起きた。

 こいつら的にビッグニュースになるかもしれないような奴もいるし、話はきっと盛り上がるだろう。

 でも、今はこいつらのやる気に水を差すような真似はしないし、したくない。

 話を脱線させては、せっかくの面白そうな事が台無しだからな。

 そう思いつつ、友人の質問に答えながら、今度の夢ではどんな事が起きるのか、こいつらにとっても有益な事だろうか…と一人で胸を躍らせるのだった。


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