牢の奥で
「カルナ?」
「うん、私だよ師匠」
「良かった。無事なんだな……よかった……」
隣の牢の中にいたのは大切な妹分、カルナであった。どうやら手錠などで拘束はされていないらしい。他の人も同じだろう。
暗がりでよく見えないが、彼女の隣に誰かが寝ているのが見える。あれは誰だろうか。俺は彼女とその寝ている人に向けて「その場から動くな」と告げて弾を加速させ発砲、鍵を撃ち抜いて扉を開ける。中へ入り、シャリアの持つ灯りで照らされるとカルナの様子がハッキリと見えるようになる。
数ヶ月ぶりに会う彼女はもはやボロきれと言っても過言ではないような布に身を包むのみとなっていだ。ただ少し身長も綺麗な茶色の髪も伸びたか、どこか妹感が抜けている。しかし、灯りによって見えてきたものはそれだけではなかった。彼女の白い腕に刻まれたそれ。前腕を手首から肘まで走る深い傷跡。血こそ止まっているが、傷自体は生々しく、ろくな治療もされていない。
「カルナ!その傷はどうした。くそっ早く治療を……ってルルは向こうか」
「師匠、それより……」
「カルナ、今はこれしか出来ない。かなり染みるぞ」
「お兄ちゃん、これ使って。魔法治療薬だよ。これ一つしかないけど……」
「よし、これで傷は塞げる。カルナ、掛けるぞ」
「師匠、待って。話を聞いて」
「なんだよカルナ、その傷は放っておけない」
魔法治療薬をもぎ取るように受け取って彼女の腕の傷に掛けようとする。魔法治療薬は通常の傷薬と違って即効性のあるものだ。通常のものが身体の持つ治癒能力を活性化させるのならば魔法治療薬は傷そのものを魔法のように治すことが出来る。
カルナが傷薬を掛けるのを止め、シャリアに彼女の隣を照らすよう促す。彼女の持つランタンで照らされたのはその寝ている人。カルナの陰になるように寝ていたからよく見えていなかった。しかし、照らされたことで彼女がなぜ止めたのかが理解出来た。寝ていたのは女性、俺たちよりも上だが妙齢という言葉が似合いそうである。しかし今その女性は美しいであろうその顔を歪め何かに耐えているようであった。それが何かはすぐにわかる。カルナと似たような布を纏っているが、それとは別に太腿に布が巻かれているのだ。地面を汚しどす黒く染まったそれはその下に大きな傷があることを示している。なるほど、血に濡れている地面の感じからして傷自体はまだ新しいのか。だけど太腿に大きな傷、死んでいないのが驚きだ。大動脈とかをギリギリ傷つけなかったのだろうか?それにしても……
「わかった。マナ、魔法治療薬を。シャリア、見張りを頼む」
女性に近づき、キツく縛られた包帯にナイフ切れ込みを入れる。手伝おうとするもあまり動くことの出来ないカルナをその場に留め、そっと解いていく。そうして現れたのはやはり深い傷、太腿の付け根から膝に掛けて付けられた大きな傷。血に濡れているが骨まで見えるほどの重症だ。どうやら今解いた包帯で無理やり傷を塞いでいたらしい。傷口が動いた事で呻き声を上げるも我慢してもらうしかない。まだルルは来れないだろう、マナに傷口を両方から押してもらって皮膚同士をつけ、その上から魔法治療薬を掛けるしかない。だが……いくら魔法治療薬でもこの傷はいけるのか?
「ぁ、あのー……」
「マナ、やるぞ」
「うん」
「あのー……!」
「そんな感じで押さえててくれ」
「こう?」
「……あ、あのー」
「よし、掛けるぞ」
「ねえ、そろそろ聞いてあげてもいいんじゃない?」
聞こえてはいた。ただ、目の前で大量出血目前な傷があって反応する暇がなかったと言うかここに捕まってるんだからカルナを除いて新たな面倒事かと思ったり。い、いやそんなことは無いぞ、うん。
「後にしてくれ。この傷見ても……って別の牢屋かよ。大怪我してんだ。みんなちゃんと助けてやるから待ってろ」
「本当ですか!ありがとうございますぅ〜……ってそうじゃなくて、私少しですが治癒魔法使えます!」
「本当か?どれぐらいだ。傷口を塞ぐことは?」
「それくらいなら。魔法治療薬があると聞こえました。それなら確実に塞げます」
「そうか……マナ、このまま押さえててくれ。おいあんた、どこの牢だ」
「一番端のところです!」
「今行く」
怪我人を一旦マナに任せ、一番端、奥の牢の前に立つ。中にいるのは一人。前に立った事でこちらに気づき牢の入口まで出てきた。中にいたのはやはり女。歳はカルナよりも上、俺と同じくらいか?亜人ということも無く人族、髪の色は……銀髪か?珍しい。しかも、えーっとツーサイドアップって言うんだっけか。そんな感じの髪型……なんで異世界にそんなのがあるんだか。そもそもこの状況にかなり場違いだ。それは一旦置いといて、目の色は暗くてよく分からんな。さてと、そんな見た目の女性なんだが着ているものはカルナと似たようなボロ布。それはいい、ただ問題はその中身。
「なんだそりゃ……」
「?」
布を下から押し上げる巨大な山脈。存在感が異様にあるそれはどこか潔く、だが目のやり場に困るものであった。
「とにかくだ、あんたは傷を塞げるんだな?」
「はい、一度限りですが」
「でもいい。よし、そっから離れとけ」
「あれ、鍵持ってるんじゃ……」
「んなもんねーよ、ほら死ぬぞ」
「ひぃっ!」
とりあえず鍵穴近くから離れさせて容赦なく破壊、牢から女を出す。暗い牢から出すとある程度姿がよく見えるようになった。カルナと同じようなボロ布なのは変わらないがやけに身綺麗だ。怪我が無いというか。
多分ここに入れられてる女は皆動けないように何かしら大きな怪我を負わされている。この女の場合自分で治したってことか?
「あの人だ。治せるのか?」
「私一人ではあれは厳しいです。ですが、魔法治療薬があるんですよね?」
「ああ」
「では、始めましょ──」
「あ、メノさん」
「あ……カルナさん?良かった、無事だったんですね。ってその怪我!」
「これくらいなら大丈夫。後で治して貰える。それよりもこの怪我、治せるの?」
「はい。これを使います」
取り出したのは一枚の御札。髪から取り出したのが若干面白いが。見たことない文字が書かれた御札を彼女は傷の上に絆創膏のように載せる。
「この上から魔法治療薬を。同時にこれを発動させて傷を塞ぎます」
「なるほど……詳しくは後で聞くとして、行くぞ」
魔法治療薬の入った瓶から薬液を傷に満遍なくかけて行く。御札にも掛かるが彼女的には問題ないらしく、すぐにその御札を発動させたか、何やら発光し始める。そこからはいつもの治癒魔法と同じで、次第に傷が塞がっていく。ただいつもの治療魔法と違って塞がる速度がかなり速い。俺の記憶の中の治癒魔法は治癒能力を高めて傷を塞ぐのであって包帯とかで傷が塞がるのを補助しなきゃいけない。
「すげえ……」
「霊術と言います。魔法とは違い、この札に書かれた文字で世界に働きかけることで効果を発揮する極東の技術です」
「極東ねえ。ま、後でしっかりとお話させてもらおう。ルル、もう来てるだろ?カルナ治してやってくれ」
「もう治したわよ。シャリアたちが他の牢も開けてるわ。怪我は大きなものだけ治した」
「それでいい。動けるようにはなってるんだろ?」
「ええ、もう行く?」
「行こう。兵士たちが引き付けている間に外まで行きたい」
作戦としては兵士たちが引きつけるのだけど、その後は少しずつ引いて賊を外に引き出す事を目的としている。もちろん俺たちが後ろから攻撃することを前提としているが何よりも囚われた人を無事に救出する事を一番にしているのだ。
牢から囚われた人たちを出して持ってきた布を羽織代わりに着させて移動を開始する。来た道を戻るだけだが、どこから伏兵が出てくるかわからない。気をつけねば。
「師匠、少し寄りたい所がある。私たちの武器が没収されてる部屋がある」
「回収しなきゃな。場所はわかるのか?」
「うん。偶然見かけた」
「なら行こう。にしても、そこら辺見られるってガバガバかよ」
見張りは暗殺紛いの事をしたとはいえ牢の前に人もいないでさらに武器庫も見張りなしで捕虜に場所を知られる。賊にしてもバカすぎる。
「ここ」
カルナに案内された部屋を覗くとかなり広く武器庫だが、同時に戦利品部屋でもあるようで衣服や色々な品も適当に置かれていた。
「外で待ってるから、着替えたりしてきてくれ。みんな、手伝ってあげて」
「わかったわ。でも一人で大丈夫?」
「狭い道なら俺の独壇場さ。そうそう負けんよ」
ハティとルーナを構えて待ち構える様を見せる。それで安心したのか、女性たちを連れて中に入っていく。
さてと、どうやら内側に入り込まれたことに気づかれたようだ。入口側から数人こちらへと向かってくる。
「現在こちらはご婦人方の更衣室となっておりまーす、変態さん以外はおかえりくださいませ──」
「てめぇ!どこから!」
「───変態さんはどうぞ蜂の巣にお成りくださいませ」
ドパンッ
「おやおや、お帰りになられない方がまだいるのですね。お客様、せめて女に見せられる面になってから出直せ」
グシャリ
数人を蜂の巣に、一人を至近距離からの発砲で潰れたザクロみたいにしたところで奥からさらに敵が。
「来いよ、人殺し出来ねえ甘っちょろいガキじゃねえぞ俺は。覚悟なんてとうの昔に決めてんだ」
もう、平和な日本の人間じゃないんだ俺は。
漂う血臭と硝煙の中弾を込め、迫る敵に銃口を向けて挑発を掛け、不敵に笑う男の姿がそこには存在していた。そして数十秒の後、そこにはただの肉塊だけが散らばっているのだった。
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