遺跡へ

 翌朝。既に俺たちは遺跡の前にいた。見た目はまんま洞窟だが、内部はいくらか人工物が多く、探索には時間が掛かりそうだ。それに昨日エルが見つけた棺桶から何となく察してはいたが、この遺跡の名称は地下墓地とするらしい。まだゴブリンなんかの弱い魔物しか確認されていないが、奥がかなりあるみたいでどこまで続いているかの確認も今回の探索の目的の一つのようだ。

 道は数人が並んで歩ける程度には広い。ただ内部はほとんど探索されていないため大量に物が残っている。運び出されていた棺桶は最低限人が通れるようにするためだったらしい。


 エルから教えてもらった最低限の知識だと初日は百メール四方程度しか探索しないようだ。探索の時に見つけた物は余程のもので無い限りは自分の物。例えば古い本とか学術的に使えるものは任意の提供という名の提供義務がある。ただ宝石なんかは基本俺たちのものに出来る。武器も同様だな。あとは古代遺物アーティファクト。これに関しては発見者に所有の選択権利があって、発見者が所有すると決めたのならばそれに対して国などの権力は干渉出来ない。ただこれには穴があって、発見者にすることで国は任意で提供してもらっているようだ。


「やっぱり狙いたいわね。古代遺物」


「そうだな。ロマンがある。エルもそうだろ?」


「出来れば本とかが欲しいわ。隠せばなんとかなるでしょう?」


「ええ。ルルが望むのなら何とかできるわ」


「なら……宝探しの始まりね」


 おいおい、一応ルールみたいな感じのものだろ?それを何とかするって……


「あくまでも国がそう言ってるだけだもの。学院も実際は黙認しているわ。欲しいものを欲しいままに手に入れて手段は問わないのは盗賊。手段が正攻法なのがハンター。そこに国の意思は介入出来ない」


 エルは少し得意げにそう話す。


「じゃあ問題ないわ。ほら、早速行きましょ。入っても大丈夫なんでしょ?」


「ええ。軍もまだ入らないみたいだし、行きましょ」


 エルに促され俺たちは遺跡の入口に向かう。既にギルドの職員だと思われる人が立っていて、何やら作業をしている。


「あれ、すみません。まだギルド所属のハンターの探索は許可されていません」


「いいえ、私たちは学院所属よ。ほらこれ」


 少し困ったような表情をする職員にエルが懐から出した手帳みたいなものを見せる。

 あれなんだろう。どこぞの印籠みたいなやつだろうか。


「これは……はい、失礼しました。どうぞお入りください」


「ありがとうね」


 本当に印籠みたいなやつだったらしい。つまり今回俺たちはギルドじゃなくて学院所属か。まあエルが学院の伝手を使ってこの遺跡に入るって言ってたし、それも当然か。


「ふふん、学院卒業してても所属は学院になるのよ。だからこういうところで役に立つの。ちょっと条件が必要だからあまり知られてないけどね」


 遺跡の中に入り、ルルが灯りがわりに光属性の魔法を使用し、皆各々の武具を抜いたところでエルが話し始める。


「私の魔法は知っての通り幻影魔法。ヤマトには見せたことあるけど要は模倣の魔法。だから学院でもあの後結構ハブられてたのよ私。それまでは武術方面で弓を、学問方面では錬金術を専攻しててその方面での成績は何とかしようとしてたわ。まあそれで魔法も使えるようになってしばらくしてからかしら。ある教授に掬いあげられるというのもどうかと思うけどまあその教授の研究室に入ることになったのよ。それが遺跡調査研究室。学院での私が所属していた研究室ね。そこで色々学んで、卒業して、その時にできた伝手でこの遺跡に入れた。で、その所属が大事でね。さっきの手帳には教授の署名があって、効力は無期限。この手帳がある限り私の根本的な所属は学院で、さらに遺跡調査研究室の一員。この二つが揃うとさっきみたいに遺跡の中に入れるのよ」


「その研究室ってどんなことやってたの?」


「そうね、遺跡から発掘されたものを手持ちの資料と照らし合わせたり、あとあなたが持ってる……なんだったっけ。村から持ってきたって言ってたよね?」


「うん。村から武術の基礎理論とかのやつ。名前は無いよ」


「そう。私たちはああいうのと睨み合いながら色々調べていくの。あれはあれで面白かったけどやっぱり私はこうして現地に行くのが性に合ってると思うの。ほらゴブリンよ」


 話しながらも俺たちは警戒を行っていた。二股の道の右側を進んでいる。いつも通りシャリアは先行しているからこの場にはいないが、隠れて様子を伺っているだろう。もしかしたら彼女が行った道とは別の道から来たやつなのかもな。


 数は十四。まあ簡単に倒せる程度の数だ。


 とりあえずルルとエルが魔法で手前のゴブリンを蹴散らす。できた穴に俺とマナが飛び込んで内側から食い破る。

 密集戦だからニュクスとパンドラでは無く、ルルたちがいる方向とは反対に向けてルーナとハティを撃ちまくる。ルルの光に反射する銃身の銀色が舞う鮮血を映して綺麗だ。

 ハティは装弾数が少ない代わりに装填が簡単だ。ただ、この状況だとやっぱり難しい。撃ち尽くしたらこっからはいつも通りニュクスとパンドラの出番になる。


 所詮ゴブリンだ。加速魔法を使うまでもない。数こそ多いが、狭い道で一度に攻撃してくる数が限られている以上結婚楽に倒せる。これがもう少し広めの道の洞窟ならもっと変わっただろうな。ゴブリンもその数を十全に活かせるからだ。ちなみにこの状況で一番ゴブリンを殺したのはマナだ。短めの剣に、小柄な身体で洞窟内でも剣を振り回せるからだ。仮に俺がグレアを振るって戦ったのならば壁に剣がぶつかってしまうだろう。洞窟内の戦闘は普段とは全く違う。幸い銃は音にさえ気をつければ直線攻撃だから洞窟内でも使える。


「……ふう、思ったよりも少なかったな」


「ええ。でも入口でここまで出るなんて。小さな巣があるのかも。少し探してみましょ」


「そうだな。後々面倒なことにならんように」


 ゴブリンの小さな巣を放っておいてそれが万能みたいにでかくなったってのはたまに聞く話だ。今回もそうならないようにしなきゃな。


 ゴブリンと戦ったあたりまでは入口から少し曲がったくらいで、エルが紙に道順を書いている。いわゆるマッピングってやつだ。今回の探索はそれも目的の一つとして存在している。俺たちのようなハンターと軍が制作したマップを照らし合わせてより正確なものを作っていくのだ。まあ国のマップは利権絡みもあるみたいで道を敢えて記さなかったりとあるみたいだけど。


 それからまたしばらく進んだ頃だった。


「みんな、だいたい百メールは進んだよ」


「確か今日は百メール四方の情報をできるだけ正確に獲得することよね?」


「そうだよ。ここから戻って反対側に向かおう。それにしても歩いてきた道はほとんど洞窟だったね」


「もしかしたら遺跡は反対側なのかも。行ってみましょ」


 遺跡として認定されてるくらいだから入口からいかにも遺跡って感じだと思ってたけど、奥まで行かないと遺跡ってのは出てこないのかもしれない。

 そういえばシャリアはゴブリンと戦った直後に戻ってきたぞ。戦闘音を聞いて戻ってきたらしい。なんか謝ってたけど笑って流そう。


 入口付近まで戻ってくると陽の光が入って洞窟内がよく見える。さっきは進んでから結構早く戦闘になったから洞窟内を観察する余裕が無かった。

 生前に氷穴に行ったことがあったが、寒くないだけで見た目はそのまんまだ。ゴツゴツした岩肌が露出していて、乾燥している部分と地下水なのか少し湿っている部分。光が当たっている場所には苔も少し生えている。

 洞窟の入口を通り過ぎてそのまんま反対側に向かう。


 そちらへ向かうと比較的すぐに遺跡だとわかるものがでてきた。


「壁画……か」


「相当古いね。いつのものだろう」


 そこにあったのは壁画。原始人が描いたような物ではなくて中世の壁画のような感じのものだ。大半の色が禿げてしまっているけど。


「綺麗……」


 ルルがうっとりとしたように呟くが、俺はこの壁画に違和感を感じていた。

 色が残り見えている部分に限るが、これは宗教画と言うよりは何かの歴史を描いたもののように感じる。

 鳥獣戯画を知っているだろうか。あれは左から右に向けて見ていく漫画の開祖と呼ばれるものだ。あれは本ではなく巻物なので場面がページで分かれていない。全て連続しているのだ。そのような画法は世界各地で見られる。

 巻物の絵は純粋に物語の場合もあれば、何らかの手順を表すもの、その二つの複合など様々な種類がある。


「戦闘の絵か……?」


 見た感じ、色鮮やかで何も知らずに見たのならルルのように見入ってしまうだろう。それほど綺麗なのだこの絵は。ただ今俺たちがいる場所は墓地だ。何らかの関係があると考える方が普通だろう。


 絵の流れからして左から見ていくのは正しいだろう。見た感じ、ある一場面では戦車と思わしき物とデカい四足生物が戦っている。戦車と言っても馬に引かせるタイプじゃなくて現代戦車だ。砲塔こそ見当たらないが……確実に古代文明はこれを有していた。イコールここは古代文明の遺跡になる。

 他の場面では人の背丈と同じくらいの剣を振るう騎士の姿があった。周囲と比べて絵は比較的綺麗に残されていて、細部まで描かれているからおそらく女性だろうということが分かる。剣に関しては誇張表現なのかもしれないが、物語とするならば十分なのかもしれない。


「……ちゃん、お兄ちゃん。みんなもう先に行ってるよ」


 その声に振り返ると、少し先に進んでいるルルたちと俺を待っていたマナの姿。俺も随分と見入ってしまっていたようだ。


「どうしたの?あんなに見入って。確かに綺麗だったけど」


「ちょっと気になることがあってな。まあ後でもいい。さ、調査の続きだ」


 壁画は俺たちが歩いている場所の壁全体に描かれていて、いつの間にか地面も劣化こそしているものの舗装されていた形跡がある。遺跡はどうやらここから本格的に始まるようだ。


 進んでいくと明らかに人工物が現れた。正確には建物だ。


「典型的な古代文明の遺跡だけど……ここまでとはね」


 エルも目を丸くしていた。そして俺たちはその光景に薄ら寒いものを感じていた。

 なぜならそこには……


「仏さんがひーふーみー……数え切れねえや」


 ずらりと棺桶が並んでいたのだから。当然、中身入り。

 言ってしまえばカプセルホテル並に棺桶が並んでいる。


「墓地とはよく言ったものね……これだと不死アンデッドが居ない方が不思議だわ」


「古代文明の人達がちゃんと死者に適切な処置をしていることを祈るよ俺は」


 やだよ?いきなり棺桶開けて中身が一斉に飛び出してくるとか。俺はレ○ンじゃないんだ。それともあれかな。死者の王とか名乗っちゃう奴が出てくるパターンか?


 俺たちはゆっくりと歩みを進める。誰も入った形跡が無いから外にあった棺桶は壁画の辺りにあったものだと推測できる。つまり俺たちはここでなにか起きたならばそれを報告しなきゃいけない……帰りてえ。


「みんな、一回止まって。絶対にその場から動いちゃダメだよ。さて、いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」


「エル……冗談はよしてよ」


「冗談じゃないよ。ならまずいい知らせから。すぐそこに古代遺物アーティファクトがある」


 へえ、どこなんだろ。というかこの空間そのものが古代遺物みたいな気もするけど。


「次に悪い知らせ。今私たち、罠の真上にいる」


 ウソだろ?


「エル!?」


「ルル、大声はいいけど動いちゃダメ。……正直、ここまで精巧に隠された罠は初めてだよ。それも糸とかを使った劣化のあるものじゃなくて床材に直接刻印されてる魔法的な罠。さらに、罠の刻印と罠の発動位置がわざとズラされてる。これは見ただけじゃ気が付けない」


「エルお姉ちゃん、どうにか出来ないの?」


「難しいね。この罠を構成している魔法陣を崩せれば何とかなるけど……ここからその魔法陣までは二十メール。ちょうどその古代遺物の真下だね。あそこまで届いて、魔法陣を破壊できるだけの破壊力を持ちながらこの遺跡を崩さないようにする。さらにここから動いてはダメだ。そんな攻撃が出来るかい?」


「うぅ……難しい」


「だろう?」


 罠の正体が分からない以上、下手に動くのはダメだ。魔法陣が残っているから発動の可能性はゼロじゃない。……こんな映画見たな。


「ルル、魔法でどうにか出来るか?」


「出来なくはないけど、あれを破壊できるだけの威力を持つ魔法となると距離が離れてるから調整が難しいわ。開けてれば問題ないけどここまで狭いと……」


「周囲に被害か」


 ルルの魔法は遠距離まで届くけどそれはこんな狭いところで使うのを前提にしてないからな。さっきの戦闘も初級魔法を主に使っていた。


 動くことも出来ず、どうにもならないと思い始めてきた時だった。いきなりマナが声を上げる。


「お兄ちゃん、粘土爆弾!あれなら大きさで調節出来る!」


「……!?そうか!ルル、俺の魔法袋から紙に包まれた煉瓦大の物を出してくれ」


「え、ええ」


 真後ろに立つルルが俺の背中の魔法袋に手を突っ込む。身長の関係で俺が中腰にならなきゃいけないのだけど、この動いちゃいけない状態での中腰はキツい。が、そんなことは言ってられない。


「あった、これね?」


「それだ。ありがとう」


 俺は彼女から粘土爆弾を受け取ると紙を引っペがしてだいたい三分の一くらいの大きさにちぎる。そして腰のポーチから取り出したボールペンみたいな信管を突き刺す。


「エル、魔法陣の正確な位置を教えてくれ」


「うん。あの柱と柱の間。全体的に刻印されているよ。中心に古代遺物だ」


「了解」


 俺は信管の先端を回して秒数を。魔力を流して起動させて思い切り投げる!


 暗いからよく分からないが、放物線を画いて粘土爆弾は手前の柱辺りに落ちる。ギリギリだ。


「ヤバっ、みんな、耳塞いで目を閉じろ!口開けておけ!そして叫べ!!」


「わ、わかったわ!」


 この土壇場でに気がついた俺は急いでみんなに注意喚起をし、大声で叫ぶ。


「「うわあああっ!!!!」」


 そしてきっかり七秒後。轟音と爆風が俺たちを襲うのだった。

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