閃光手榴弾

「ルル、これを向こうに投げてみてくれないか?」


「なにこれ」


 またまた場所は王都の外。彼女に渡したのは缶コーヒー程度の大きさの黒い物体。持ちやすい大きさで、ピンが刺さっている。おっと、忘れてた。ピンは抜いておかないとな。


「前から作っていた閃光弾の完成形だな。素材を集めるのに苦労したが」


 これに関しては赤煉龍フィルグレアの頃、数年前から試行錯誤していた。元々、煙幕代わりの小麦粉玉に火薬を混ぜて引火させることでより煙幕を広範囲にする物を使っていたが、他にも必要だと考えていた物は多い。まともに取りかかれたのは王都に定住するようになってからで、あちこちの伝承を用いて素材を取り寄せて組み合わせての繰り返しだ。その伝承で見つかった素材も、行商人によって持ってこさせることが可能な物に限られるから、組み合わせが少なくなるのは助かるが、正解が見つからないこともある。結果として最初に取り寄せた中には近しいものもあったけど求めた結果は得られなかった。

 そこで王都で加工用素材を扱っている店の人に頼んで目的の物、または類似の物を取り寄せてもらった。最初からそうすれば良かったのだけど、いかんせん高いのだ。でも仕方がない、計十発分の完成形を作れれば一先ず開発は完了とした。

 その結果出来たのがこれなのだ。


「投げていいの?」


「王都とは反対にな。強い光が出るから」


 実験段階で一度憲兵来たんだよな……名前とかを伝えてしばらく待ったらなぜかすぐに引いて行ったけど。

 一応この閃光の発生方法については親方に扱いを一任してある。どうせ伝承とかを調べていけば辿り着けるものだからね。


「それじゃあ……えーい!」


 さてここで話は逸れるが、ハンドボール投げってなんなんだろうね。まあ身体測定なんかでやったことはあるだろう。いつもにがてだったが、あれの正しい投げ方って、なんなんだろうね。


 ああ、何が言いたいのかと言うと……


「「うぎゃ!」」


 投げ方をちゃんと教えないと、地面に叩きつけかねないということだ。


 硬質な音を立てて地面に叩きつけられたフラッシュバンは内部の機構が作用して瞬時に破裂、閃光を生み出し反射的に目を閉じた俺たちの瞼を焼いた。


 目の前が文字通り真っ白になり、むしろ痛い。閃光はすぐに収まったが目は開けられない。なんというか軽いトラウマのような。開けているのが怖いような。


 だけどこのまま草原のど真ん中で目だけつぶって立ってる訳にもいかない。それに既に光が収まってることは確定しているのだから残る選択肢は一つだけ。


 恐る恐る目を開けると当然光は収まっていて、足元には閃光弾の欠けらが転がっているだけだった。

 

 これの中身は閃蛍石。蓄光能力があって割ると強い光を放つ。脆く割れやすいのが欠点だが、やりようはあるから問題ない。本来は夜間の常夜灯代わりにでも使える代物だが、割るなどすれば溜め込んだ光を一瞬で放出してしまうのだ。しかしその割ったものも再度使用ができる。中身の石に少し細工をしておけば割れる形とかもある程度コントロールできるから、この欠片も拾い集める必要がある。


「この大きさだと流石に再使用は難しいかな」


 当初の予定よりもかなり細かくなってしまった中身を一つ一つ拾い集める。放置するとこの辺りだけ深夜にうっすらと光ってしまうからだ。不審な光で衛兵さんたちを夜間出勤させる訳にもいかない。


「……ごめん」


「謝らなくていいよ。投げ方教えなかった俺の責任だし。まあこれでこいつが強い光が出るってことがわかっただろ?」


「うん。でも使い所限られそう」


「まあな。でも上手く使えば命が助かる」


 以前の雷虎には効かないだろうが、あれはイレギュラーと言ってもいいもの。普通の目のある魔物ならば十分効果が出るはずだ。とくに暗闇、もしくはそれに適応している魔物なら。

 遺跡という環境がどのようなものかは謎だが、暗所もあるだろう。場合によっては自分たちの首を絞める事になりかねないが、使い所を間違えず上手く使えば良いだろう。


「さ、エルも待ってるだろうし出発の準備の続きだ」


「そうね。明日だもの。そういえばウィオラは連れていくの?」


「ああ。革手袋も届いたからな。危険でないところなら狩の訓練くらいは出来るだろ」


 実はカルナが旅立つまでの半年間、何度か鳥の魔物を従魔とするハンターから教えを受けていた。それを参考に訓練していたけど、そろそろ外の訓練も必要だろう。

 

 地球でも鳥を使う狩猟方法というものは確立されている。わかりやすいのは鷹匠だ。あれは元を辿れば狩りに行き着く。そもそも鳥を用いた狩猟はアラブ方面が原点とされ……っとここはいいか。まあ古代から伝わっているとか。

 この世界でも古くから鳥を使った狩猟は行われていて、それが鷹か、従魔かの違いだ。大きさは鷹を軽く超えてるから革手袋は餌やりの時くらいにしか使わないだろうけど、万一のためにな。


 さて……ウィオラは最近よくネズミを捕って来るようになったけど、その骨が見当たらないのはなんでだろうね?




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「それじゃあ出発するわよ?」


 俺たちがエルに頷き返すと彼女は脇の窓を叩いて合図する。それを合図に馬車が動き出した。

 俺たちが乗っているのは彼女が所属していた学院が手配した馬車で、乗っているのは俺たちだけだ。


「やっぱり馬車に俺たちだけってのは気が楽で良いな」


「そうね。でももしも魔物に襲われたら私たちだけで対処しなくちゃいけないわ。ヤマトはどっちに立つの?」


 このどっちとは前衛か、後衛かだ。俺は両方こなせるように鍛えているからな。


「今回は前衛だ。ヤバい相手なら普段通り後ろからの援護に徹するけど、ゴブリン程度なら前に出てみたい」


「そう、わかったわ」


 ニュクスとパンドラの本当の実力をエルに見せなきゃいけないからな。

 あ、今回ももちろんフル装備だ。魔法袋の中だけどドーラも持ってきている。弾もいくらか量産したからデカい一撃を与えられるぜ。フラッシュバンも完成している数個を持ってきた。ルルに試験をやらせるのは予定通りだったけどあんな木っ端微塵になるのは予想外。結局完成したものは安い素材だからいい気もするけど。


「じゃあ王都も出たしこれからの予定を伝えるわね。今日と明日は野宿になるわ。明後日には宿場町に寄る予定で、その次の日には遺跡付近よ。何も無ければね」


「やっぱり結構近いのね」


「そうね。でも今まで探索出来ていなかった地域の森に入るから警戒は怠っちゃダメよ」


 今までその森の調査を許さなかった魔物……一体なんなんだろうな。それに王都からこんな近いところに。話ぐらい流れてきても良さそうなのにな。でも遺跡だ。聞けば一攫千金のチャンスがある。バカなハンターが突撃しないようにしていたのかもな。


「そういえばエル、あれから遺跡については情報はあるか?いくら俺たちが立場上捨て駒だとしてもどこからは漏れたり、流れたりするはずだ」


 一月置いたのはこのため。遺跡の情報がハンターにはそろそろ公開されるはずだ。もしかしたら数人のハンターは情報を掴んでいるかもしれない。実際猶予はあったからな、死なないためにも時間は必要だった。さて……どうだ?


「残念ながらね。前と対して変わらないわ。ただ、既に向こうに兵士は到着しているそうよ。私たちが着く頃には偵察調査が終わって本格的な調査、つまり遺跡の中のものを持ち出せる調査が始まるわ。正直何時かと緊張していたけどちょうど良かったわね」


「ああ。遺跡で万一があっても対応できるようにはこの一月で準備できた」


 魔物に襲われたのならば閃光弾、ヤバい魔物ならば例の毒弾シリーズ、他にも幾つか。治療とかはルルやエルに任せるしかないが、戦闘面では役に立てるはず。


 そうして話している間にも景色はどんどん変わっていく。

 王都から出ると、南は穀倉地帯、北と西はしばらく平原が続いて西は荒野へと変化したりするが東はデカい川があるからそれを渡らなくちゃいけない。今渡っているのがその橋で、馬車が数台並んで通れるだけの幅があり、長さは百メール以上あるのだとか。

 これだけの規模の建築は文明レベル的に難しいと思ったけど、ローマの水道橋の例があるから案外そうでも無いのかもしれない。それに魔法という技術レベルクラッシャーがあるから、時間と金が掛かるだけで普通に作れてしまうのかもな。ならばますます人類の生活圏が何故広がらないのか謎になってくるのだが……


「ヤマト、どうしたの?」


「いや、な。魔法は便利だ。エルフやドワーフのように技を持たず、獣人族のように力を持たない。というよりも亜人族よりも圧倒的に弱いのが人類だ。言ってしまえば所詮猿だからな。だがこうして魔法を手にした事で人類を脅かすはずの大自然さえ跨ぐことが出来る。ならば何故その力を行使しようとしない?確かに、魔法が実戦レベルで使えるまで育てるには時間と金が掛かる。だが後の投資とすれば十分なはずだ。お釣りすら来るだろう。自然である魔物に対して何故自らのもつ牙を向けないのか……ってね」


 生活に必須なこと以外で自然に手を出す事は禁忌としている一族も居るらしいが、少なくとも今の人類はハンターという手段で魔物に対して真っ向から立ち向かえる。それはイコール自然に刃向かえることになるが、国を挙げての行動は起こしていない。


「そう考えてるんだね、ヤマトは。うんうん、間違いじゃないよ。でも私の故郷、ノーク大陸じゃちょっと違うんだ。確かに人類が自然に対して牙を向けないのは疑問かも。改めて気づいたものではあるけど、別の理由があると思う。簡単な考察だけど」


「ノーク大陸だと……やっぱり調和か?」


「当たり。魔物すらも生活の一つに取り込むんだよ。仮に死んだとしても、それも自然の流れの一つ……そういう考えだね」


「なるほど。単純に我らの生活を侵す存在で無くてその侵す行為すらも一部と捉える……やっぱその辺の文化は進んでると思うよ俺は」


「それは感謝しておくわ」


 それはどうも。俺もこの辺りは上手く言い表せないからな。文化の違いとしか思えない。


 時間はこうして過ぎてゆく。

 橋を越え、平原地帯に入り、日が暮れていく。のどかであるが、ここは未開の地。いつ襲われても文句は言えない場所だ。


 だけど、ここだけは緊張感の無い美味しそうな匂いが漂っていた。


「へぇ、この一ヶ月でわかってたけど、外でもあなたが料理するのね」


「まあな。……けど、ルルたちの見ただろ?」


「ええ。あれ見たらあなたが料理なのも納得よ」


 彼女は苦笑しながら数日前にルルたちが作っていた料理を思い出す。酷いもので、黒焦げでは無くて見た目は中々いい出来なのに味がダメだったのだ。


「ほんと、一から料理教えなおすしか無いかね……」


 俺は空を見上げるように寝転がる。もちろん満点の星空。新月なのか、この世界の月が出てないからより良く見える。パチパチと木が燃える音と向こうでルルたちが話す声、この場にある音はそれぐらいだ。本来危険な夜とは思えないほど平和。なんというか……


「ここまで何も無いと、嫌な予感がしてくるわね」


「同感だ。月明かりも無く、何か来るなら絶好の時だ。仮に俺が殺るならこの時間帯を選ぶ」


 俺は従者としての教えから、エルは勘か。なんにせよ考えることは同じ。

 どうやらシャリアたちも感づいたようだ。俺はそっと起き上がり、ニュクスとパンドラを抜けるよう手を掛ける。


「エル、三十秒後だ」


 立ち上がり、彼女の横に並ぶ。


「なら私は二十秒ね」


「買ったら雀亭の肉饅頭みんなの分奢りな」


「じゃあ私はその逆で」


 彼女は弓を、俺はニュクスとパンドラを構え待ち構える。


 アオオオォォォンッ!!


「来た!」


「二十五秒……割り勘かしら?」


「さあね!」


 双銃を連射し、草むらから低い体勢でこちらに襲いかかってくる魔物を迎撃する。俺は前に出て近接戦闘の如く銃を扱い、敵に背が向いたらそれをエルが仕留める。仮に傍観者が居たのならば惚れ惚れするような連携であった。


「ちっ、随分数がいるな」


「私も何とかするわ」


 俺たちは射線を交差させつつ、戦闘はさらに激しさをましていく……



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



別作品の書き溜めをするので次の投稿は遅れます

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