拾った卵

「師匠、これ飼っていい?」


 そう言ってカルナが十キロの米袋みたいな白い卵を抱えてきたのは山の中腹で休んでいた時だった。ちょうど俺が近くの川まで水を汲みに行って居た間だった。え?ルルが居るのになんで水をって?彼女疲れてるからさ……あんま無理はね。


「んな子猫拾ってきたからみたいなノリで言われてもな……というかそれどこで拾った?」

「あっちの洞窟。寝るところ探してたら見つけた」

「なるほどね。洞窟に卵と。誰かさんの住処じゃないのかい?」

「それは大丈夫。多分あの洞窟は赤猛鳥ガルダの住処。もう死んでるから大丈夫」


 カルナはフンと無い胸を張る。それを見て三人は苦笑いだ。


「ルルたちは止めなかったのか?」

「だって赤猛鳥は死んでるって言うし、私達も人のこと言えないしね」


 あー、そうだ。彼女たちも卵知らない人から貰ってきたんだった。モルガナたち元気かな。


「お兄ちゃん、卵からやれば大丈夫だよ。運が悪いこともあるけど、最後は人に慣れるもの。運が良ければね」

「所々不安な単語があったな。カルナ、本気か?」

「うん。師匠達みたいに私も欲しい。責任はとる」


 責任ねえ……まあそう言われちゃあね。ここは異世界。地球の倫理は通じませんでいいか。それに、これを拒絶したらカルナだけ仲間はずれみたいじゃないか。


「わかったよ。カルナ、それは最後までめんどう見ろよ?あとその洞窟案内してくれ」

「うん。……こっちだよ」


 水を置き、カルナの案内で川とは反対方向に向かう。十分も歩かないうちにそれは見えてきたが……


「どう?」

「良いじゃないか。よく見つけたな」

「偶然。でも雨を凌ぐなら十分すぎる」

「そうだな。早いうちに荷物とかをこっちに移動させようか」


 その洞窟は洞窟としてイメージしたものそのまんまだ。小さな崖にぽっかりと口を開けた穴。奥は見えないがそこまで深くはなさそうだ。それに洞窟の前は少し開けていて、火とかを炊けば魔物とか動物も避けられるだろう。


 そうとなれば早速移動だ。二人で休憩場所まで戻り、少し広げていた物を魔法袋にしまって背中に背負い、移動を開始する。


 距離的には数百メールだし、水以外の荷物はみんな魔法袋の中だから楽なものだ。魔法文明バンザイである。


「じゃあ不寝番の順番はいつも通りとして……みんな飯何がいい?」


 荷物を運んで敷物なんかを引き始めた皆に向けて俺はそう尋ねる。俺の魔法袋の中身は銃の弾もそうだが、結構食料が入っている。みんなの腹を満たすためだけど、一部俺の趣味も入っていたりする。


「そうですね……やっぱり簡単にお肉でいいんじゃないですか?変に凝ると時間掛かってしまいますし」

「別にいいぞ?どうせ今日はここで寝るんだし。水もあるから煮込んだりもできる……肉のスープにするか。それならみんな満足だろ?」

「うん。ヤマトに任せるわ」

「私もいいよ師匠」


 マナとシャリアの二人も頷く。

 ならそうとなれば早速準備だ。

 ルルの所に入れさせてもらっていた鍋を取り出し、シャリアが使える魔法で火をつける。彼女、昔魔法がこれしか使えないから落ち込んだことがあるのだとか。俺なんか全く使えないからなー、使えるだけ羨ましかったりする。


「ルル、鍋に汲んできた水入れといてくれ。俺は野菜とか切っとくから」

「分かったわ。でももうだいぶ疲れはとれてるわよ?」

「良いんだよ。この山道結構キツかったんだから」


 そう答え、俺は魔法袋から野菜とまな板を取り出す。メインは根菜。大根っぽいのと芋だ。芋は角切りに、あとはいちょう切りに。どれも家庭科で習ったやつだけど日常的に使っていると慣れて半ば感覚で出来るようになる。


 鍋を見るとまだ沸騰していないからその間に肉を切る。持ってきたやつだから既に茹でてあるけど、その分安全性は保証されている。


 沸騰したら、順にぶち込んでいく。少し塩を加えて待つと灰汁が出てくるからそれは掬って捨てておく。でも灰汁は旨味とも言うから少しは残しておく。


 香辛料代わりに安い木の実を軽く砕いて入れる。

 すぐに胡椒のような香りが漂うが、やはり本物とは香りの格が違う。


「あと少しで出来るぞー」


「「はーい」」


 ならば後は休むのみだ。

 また今日も色々あった……早く王都に帰ってモルガナたちをモフりたい。

 よし、学生時代に身につけた特技、無意識行動だな。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「師匠、街道着いたよ?起きて?」


 そう言われたのは街道近くで休憩している時だった。オートパイロットみたいな感じで動いてたからな。意識が戻ったみたいな感覚だ。


「お、おお?ようやくか。いやー久々にやっても案外出来るもんだな」

「どういうこと?」

「だいたい七十二時間……食事と必要最低限の会話しかしてこなかったな」

「うん。スープ飲んでからずっと黙っちゃって」

「そうだねお兄ちゃん。ルルお姉ちゃんはいつも通りだったけど」

「私も驚きましたよ。ヤマトさんがあんなに話さないの見たことありませんでしたから」


 ははは……まあそう見えるな。まあこれの利用方法ってクソ眠い授業とかを過ごすための特技であってこうして何かの移動とかに使うわけじゃ無いんだが……


「ヤマトのその状態は久しぶりだったから放っておいたのよ。変に妨害する気もないしね。自分で歩いてくれるし、聞けば答えてくれるから」

「それが特徴だからな。あの時は早くモルガナたちをモフりたくてなったんだよ。……でカルナ、それはなんだ?この前見たやつとはまた違うみたいだけど」

「これ?拾った卵だよ」

「またか」


 この前と同じ感じで彼女が持つのは白い卵。ダチョウのものより少し大きいくらいだ。なんだろう……ものすごくデジャブだ。


「この前の卵はどうしたよ」

「持ってる。安心して」

「じゃあなんで持ってるんだよ新しいの」

「……師匠、要る?」 

「いや要らないんだが……」


 要らんもん実際。貰ってもモルガナの餌にしかならないぞ?そういえばダチョウの卵ってかなりサラサラしてるらしいな。これはどうなんだろ。


「卵焼きにしてみるか……」

「……!?だ、ダメ!」

「え?」

「これ、動いてる。師匠、食べるのはダメ!」

「お、おう……」


 えぇー、カルナそんな声出せたのかよ。それに動いてるってことは有精卵か?


「なあルル、これは三人に任せるよ。俺は現状卵焼き派だ」

「わかったわ」


 卵焼きにも種類がある。野菜入れても美味しいし、地球だと納豆入れたのとかもあったな。モルガナたちが喜ぶのはなんだ?とりあえずこれが食い物だと教えるために俺たちも食わなきゃいけないからできるだけ美味しく作りたいものだ。


 あ、前にチーズ入れたの食べたことあったな。あれ作ってみるか。チーズ入ならサラサラした卵でもちゃんと出来そうだ。確かチーズは王都の店で売ってるのを見たことがある。

 あ、でもモルガナたちにチーズって食わせて大丈夫なのかな。犬猫とかにチーズはダメって聞いたことがあるからもしかしたら魔物もダメかもしれん。


 キィ


 鳥か。お、そうだ普通の鳥の卵も混ぜてみよう。もしかしたら粘度の差とかで失敗するかもしれないけど、それはそれで勉強になりそうだな。


 キィキィ


 なんだ?随分近いんだな。撃ち落とせれば夕食が一品増えるな。


 俺はニュクスを抜き、声のする方へ……


「キイ?」

「うん?」


 そこにはカラスのように黒い鳥が一羽、俺をガン見しながら行儀よくお座りしていた。はて、と思いルルたちを見ると苦笑い。カルナもだ。


「し、師匠……産まれちゃった……」


 彼女の足元には白い殻が幾つか。そして目の前の鳥は濡れているので今生まれたばかりなのは確かかもしれない。

 

 いやちょっとまて。俺がこの卵が有精卵ということに対して現実逃避していたのは事実。そして産まれたのはともかくとしてなぜ俺の横でお座りしている?


「なんかね、いきなり殻から出てきて地面に落っこちたの。そしたらお兄ちゃんの方へ行ったんだよ」

「いきなり?」

「うん。なんでだろうね。確かに私たちは真後ろに居たから、この鳥にしてみたら大きな壁に見えたのかも。お兄ちゃんの方は拓けてたから動きやすかっただろうし」


 なるほどね……でもなんか違う気がするぞ。荒唐無稽な仮説ではあるけど、その習性は地球の鳥に存在しているのだから。


「鳥には初めて見たものを親だと認識する習性があると聞く。もしもこの鳥……魔物かもしれないけど、その習性を持っていたのならばそれが有り得るかもしれない。卵から産まれてすぐにこっちに来たんだよな?」

「そうだよ。私たちには見向きもせずに」

「ならば本当にそれが有り得るかもな」


 金色の猫の目のような瞳をじっとこちらに向けて座っているこの鳥。産まれてしまった以上卵焼きは無理だけど捌いてスープには……


「キイ?」


 出来ないな。普通の鶏ならばともかく、こうして仮説程度だけど親と認識されているかもしれないのならそれを絞めて捌くことは出来ないよ。


「はぁ……誰か野生の鳥でも魔物でも大人になるまで何年掛かるか知っているのは?」

「師匠、普通の鳥なら早くて一年。魔物はわからない」

「そうか……」


 一年ね。仮に育てたとして野生に帰るのかはわからないけど。


 俺はおもむろに立ち上がり少し移動してみる。するとまだ不安定ではあるけどヨチヨチとこちらへと歩いてきてまた近くに来たら座った。


「わかった。鳥なんて買うのは初めてだがここで見殺しにするのも気持ち的に嫌だ。連れ帰ってある程度育てたらハントさんに預けて野生に返してもらおう。これでどうだ」

「異議なし」

「私もいいですよ」

「師匠、賛成」

「あはは、最近動物がよく増えるね」

「そうだな。いつかあの家が動物だらけになりそうだから自重しないとな」

「そうだね〜、じゃみんなそろそろ行こうか?」

「マナちゃんは大丈夫なんですか?」

「うん。ここからなら街まですぐなんでしょ、カルナ」

「多分。足跡が多いから」

「よし、山じゃまだ色々大変だろうが俺たちはのんびり王都に帰るぞ」


「「はーい」」



 こうして、俺たちの赤猛鳥討伐の旅は終わった。あの大いなる者とか色々とほっぽり出す事になるが俺と皆の命には変えられない。兵士さんたちには頑張ってもらうとしよう。だって俺たちはハンター。依頼を受けるも受けないも、逃げるも逃げないも自由なのだから。




  ★★★★★★★★




 と、言うわけで第5章(と題した幕間)は終了です!

 

 ボスっぽいのが出てきたからと言って戦う必要はありませんから!!


 元々4.5発として書き始めたのですが個人的な区切りの10話を超えたので第5章にしました。


 原型としては


カルナが来る

  ↓

赤猛鳥倒す

  ↓

巣で卵拾う


 の予定で全8話程度だったんです!と思いきやいつの間にか赤猛鳥倒されていましてね……


 今後の設定とかストーリーに活かせるものを色々盛り込めたので個人的には正解でした。



 あ、しばらくおやすみしてた理由ですが、現在スペースオペラ風っぽいのを書いてましてそれの文字数が10万字超えるまで集中執筆って事でやっていたのでこちらの休憩と設定考案を兼ねてお休みしていました。


 さて、次回からはちょいちょい出てきた例の物と久しぶりの方が登場します。俺の記憶が正しければそろそろストーリー内の時間はですねえ。


 それでは第6章でお会いしましょう。

 これからも本作をよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る