撤退と書き置き
あの大いなる人……デカブツは時折その腕で地面を擦るように動かしている。卿の話だと捕まると……
「またか」
首に叩きつけられて死亡する。また一人死んだ。
この動作に何の意味があるかがわからない。なぜわざわざ首まで持っていくのかが謎過ぎて、他の部分に下手に取り掛かれない。
「師匠、どうする?」
水を飲んで休憩していたカルナがこちらに来る。
俺が居るのは木の上だからな。見上げる形になる。
「どうもこうも無いな。動けない。いっそのこと何も考えずに王都まで戻った方が良いんじゃないかと思い始めたところだ」
「……私も、そう思い始めた」
「……帰るか?」
「うん」
即答かい。でもそれも良いだろう。はっきり言ってこれに俺が関わる道理はない。さっさと帰っても文句は言われないはずだ。
だったらさっさと撤収準備だ。雷虎の時みたいに目の前に危険があってわざわざ飛び込んでいく必要も無いだろう。
俺は木から降りて、近くの茂みで休んでいるルルたち三人の元へ向かう。
「あ、お兄ちゃん。どうだった?」
「うーん、とりあえず帰ることにした」
「え、帰る?」
さすがに困惑顔だ。まあ理由はわかる。
「なんというか訳分からんし、わざわざあんね危険の中に飛び込んでいく必要も無いだろう。それに、この村で行われていたことに関しては国家がやるべき仕事で、俺たちは関係無いんだよな」
「そういえば……」
「確かにシールレッド卿には世話になったし、感謝しなきゃいけないことも多いが、さすがに命にゃ変えられないからな」
「そうだね。でもいきなり居なくなったら問題じゃない?」
「いや、そうでも無いだろ。危険が及んだから逃げた。この程度の嘘も必要だ」
身を守るためなら余程でなけりゃ許されるのだよ。
俺とマナの会話を聞いた二人は支度を始め、カルナは周囲の確認に移っている。
「師匠、あの山を迂回して村に来る時に通った街道に出ようと思う。それでいい?」
「良いぞ。とりあえずあれから距離をとる事が先決だ」
カルナがデカブツのいる方とは真逆の小さな山を指さし、ルートを説明する。細かく説明してくれるが、地図とか無いからなんとも言えん。ここはカルナの勘に頼るしかないだろう。
「ヤマト、準備出来たわ。でもいきなりどうしたの?」
「俺たちはあれをどうしようも無いってことだな」
「まあ……そうね。私もあれを破壊しろって言われたら逃げるもの」
俺たちは今一度、砂煙の向こうで暴れている巨大な影を見る。今も腕を地面に擦り付ける様な動作をして人を捕まえようとしている。
「卿には色々と言っておいて悪いが、俺たちはここで退場だ。あとは国家に任せよう」
「そうね。みんな、行きましょ。カルナ、案内をお願い」
「わかったよ。……まずはこっち」
カルナを先頭に俺たちは山を下る……っとその前に俺たちが居た木の幹に色々とメモをした紙をナイフで突き刺しておく。使い捨てだから問題ない。
「これでよし」
俺たちはこの山から撤退した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヤマト殿!ヤマト殿はいらっしゃいますか!?」
彼はただの一兵である。しかし、今は属する部隊の隊長である近衛騎士閣下からの命令にて、伝令として動いている。
伝令は大変である。
たとえ厳しい山の中でも走り目的地へと向かわねばならぬ。
たとえ川や沼などがあろうと進まねばならぬ。
たとえ火の中水の中、どことは言わないが布の中すら掻き分けて進まねばならぬ。
その果てに何があるのか。
名誉か。または誇りか。
または……
「誇りなど、誉れなど要らぬ!我が使命、全うするまで!」
伝令兵には誇りなどない。
如何なる手段を用いようとも伝令の為ならば許される。
全ては人から人へと情報を伝えること。
欠けようと途絶えさせてはならぬのだ。
しかし、彼らは知らない。その意思こそ彼らが持つ隠された誇りであり、誉であることを。
しかし、そのような彼らでも難しいことはある。
如何に経験があろうと、使命を全うしようと決意している時であろうと、
「どこだ……どこなのだ!」
伝令の対象が存在していなければ、彼らはどうも出来ないのである。
「場所は間違ってはいない。しかし、何故居ない!?」
彼の中にはいくつかの可能性が考えられていた。
一つ、自身がどこかで道を間違えた可能性。
二つ、近衛騎士閣下の誤伝達の可能性。
三つ、伝令対象がこの場から移動していた可能性。
彼の中ではこの中の三つ目が可能性が最も高いと考えていた。
理由としては太陽や山などの目印、加えて伝令兵としての経験を組み合わせて道を選択してきたが故の道の間違えは無いと思われること。
もう一つは、近衛騎士閣下がこのような初歩的な間違いを犯すとは思えないということ。
最後に、伝令兵は主に団体から団体への情報伝達を主任務としており、それは双方共に位置が理解出来ている事が前提となっている。今回は対象が存在すると思われる場所ははっきりしているものの、そこに対象が存在しているとは限らないのだ。
軍隊は大集団なので移動するにも時間が掛かり、また痕跡も残りやすい。しかし今回のハンターなどの場合、十人以下の少人数で軍隊のように移動に時間がかかることも無く痕跡も残すことは少ない。
仮にその場に居なかった場合、探すとしてもかなりの徒労に終わる可能性すらあるのだ。
つまり……
「クソっ!あいつら何処にいやがる!」
彼らは誇りや誉れなどを重んじない。しかし、万一の時の反動が大きい。
「まあまあ、小隊長、確かにここに居なくてもおかしくないですよ。だって今すぐにでも逃げ出したいんですから」
小隊の中でも一番若い兵士が来た方向を振り返ると、さっきまで間近に居たあの巨大なナニカは離れているものの、振動は伝わってくるし砂煙も激しい。それに少しこちらに近づいて居るような気もしなくはない。
「……たしかにな」
苦々しい顔だが、小隊長もそれは理解しているようだ。軍やそれに属する兵士とは違い、彼らハンターは自己の判断で戦い、また撤退する。この場にいない理由、全ては自らの命を守る行動ゆえだ。
しかしこれでは彼らの任は達成出来ない。また、近衛騎士閣下が居るあの場の状況も変えられない。
すると、周囲の哨戒に出ていた小隊の一人がある物を持ち帰ってきた。
「小隊長!近くの木にこのようなものが!」
「なに!?見せてみろ」
そう言って手渡されたのは一枚の紙。急いで書いたのか文字が崩れているが、かろうじて読める。
「ほう……これは木に?」
「はい。木にナイフで突き立ててありました。私がこれを確認した際にはまだ文字は完全に乾燥しておらず、極めて直近に記された物だと思われます」
「なるほど……」
小隊長は紙に目を通し、また現状と照らし合わせる。
つまり三つ目の可能性が当たりだったということだ。彼らはここから移動し、今どこに居るかは不明。しかし、この紙を近衛騎士閣下に渡せば場合によっては……
「なるほどな。……よし、我らはここからこれを持ち帰る。これは何としても確実に渡さねばならぬ。よいか!」
「「はっ!」」
紙は丸めて懐に仕舞い、伝令兵小隊は来た道を戻る。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふむ……なるほど。『文字を破壊しろ』か」
シールレッド卿は数時間かけ戻ってきた伝令兵の収穫を確認していた。
そこに書かれていたのはこのような内容だった。
『卿へ
俺たちは身に危険が及んだため退避させてもらう。文句は無事に帰ってから受け付けよう。しかし、俺たちはハンターであることを忘れぬように。
しかし、あのデカブツを放っておくのは我々の安全のためにも不本意である。故に卿らに情報を残す。
あのデカブツには文字、もしくは魔法の基点となるナニカが存在しているはずである。ここでは土塊で構成されているデカブツをゴレムとする。
俺の知識が正しければ、ゴレムは文字がその基点であり、最初もしくは最後の文字を破壊すれば魔法の基点は崩れるはずである。
万一、破壊に失敗または魔法が崩れなかった場合は大量の水場へ誘導せよ。俺とて保証は出来ないが、少なくとも現実的な作戦になるであろう
健闘を祈る』
と。
「我らにできるのはそのくらいなのか……しかし、ヤマト殿は自らの安全のために撤退した。……くくっ、ハンター出会ったのならば俺もそうしたろうに」
シールレッド卿は空を仰ぎ、未だ暴れる土塊の怪物を睨むことしか出来なかった。
★★★★★★★
現在新作を執筆していてこちらの更新ペースが遅れてしまいすみませんでした。
現在5万字程度まで執筆しているので、キリの良い10万字(予定では第1章終了)まで執筆をしたらこちらを再開するので、少しの間また更新ペースが落ちます。
これからもよろしくお願いします。
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