トライアー

「う……あ?」


 チュンチュンと小鳥の鳴く声が聴こえる。それにベッド脇の窓から日が差しているということは今は朝か……


 ははっ、まさに朝チュンか。ベッドには誰も居ないけどな。

 もしかして仔竜でも居てくれたら暖めてくれるのかな?

 まあとりあえず、起きて朝飯でも作るかね……っと。


 あれ、えーっと、なんだっけ?昨日は……ん?


「そういや今日って何日だ?っ!痛て……」


 起き上がろうとしたら背中に痛みが。まるで何日も寝てた時に感じる痛みだな。


 それになんだろ、昨日とかの記憶が無い。何かあったっけ。


「ヤマトー、起きてる?」

「おーう起きてるぞー」

「今日も……か。って、え?」

「おはようさん。随分とお早いお目覚めで、お嬢様」

「う」

「う?」

「うわ〜ん!!いぎでだ生きてたよぉ〜!!」


 何やら手に小さな桶みたいのを持ったルルがドアを開ける。

 すると、何を思ったかいきなり飛びついて来た。当然、桶はひっくり返されたよな。あーあ、床びしょ濡れじゃないか。

 おいおい、どうしたんだそんなに顔ぐちゃぐちゃにして。

 まるで人が死んだみたいに言いやがってなー?


「お兄ちゃん!」

「うぉっと」


 今度はマナかい。ルルの隣に飛びついてきたな。

 二人とも、怪我してる右手には当たらないように抱きついてきてるから、骨折を理由にして離れてもらうという手が使えない。


「ヤマトさん、おはようございます。良かったです。無事に目が覚めて」


 うーん、なんかみんなの反応が普段と違うし、俺マジでなんかやらかしたのかな。


「あれヤマトさん、覚えてないんですか?」

「覚えてないって……何を?」

「えっと一週間前に倒れたの、本当に覚えてないんですか?」

「一週間前……?」

「あれです。工房行った日です」

「工房行った日……え、あれから一週間経ってんの!?俺何やってたの」

「倒れてました。毒を食べて」

「毒を食べて」


 何がどうなったら日常生活で毒を食らうんだ?


「それじゃあ何があったか話さないとダメですね───えっと、かくかくしかじかありまして」


 顔ぐちゃぐちゃにした二人の背をポンポン叩きながら俺はシャリアから何があったのかを聞いた。

 うん、我ながらたった一週間で相当ハードなことをやらかしたようだ。


「はは……」


 雷虎の肉、いや魔獣化した雷虎の肉か。あれが実は猛毒で、ハントさんも食った結果身体能力向上?

 なんだその不思議素材。単一の人物が持ってるものじゃ無いからチートでは無いが……


「身体能力の向上に魔力の操作が楽になるんだって。下にハントさんが手紙を残してくれたから読んで」

「あれ、ということは?」

「うん。仕事があるんだって。仔竜たちの躾は終わってるから可愛がってあげて、って」

「りょーかい」

  

 ルルが顔を持ち上げてハントさんからの伝言を伝える。

 あーあ、服が涙と鼻水で濡れちゃってる。洗濯しなきゃな。


「痛て……でも動けない訳じゃ無いな。一週間だったか寝たきりだったのに」


 マナとルルが俺の上から退き、俺はベッドから立ち上がる。

 首や背中がポキポキと音を立てるが、今はその音すら心地よく感じる。それに何だか身体の調子がいい気がする。

 最後の記憶は俺が腹痛っぽいのを感じて丸薬を飲んだことだけど、その時に感じていた違和感が今はない。まあ骨折は治ってないのだけど。


「さてと、とりあえずハントさんからの手紙を読んで、工房とかにも行かなきゃな」


 俺はとりあえず椅子に掛けてあったコートを羽織り、自室から出るのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「じゃあ私はギルド長に報告してくるから」

「頼んだ」


 俺とルルはギルドを訪れていた。

 マナとシャリアは先に工房に行っているそうだ。なにやら「私達も依頼したい物があるので」だそうだ。


 そうそう、ハントさんが残した手紙には俺の身体の今の状況、どうリハビリしていくべきか、そして魔力操作についてだった。

 どうやらマナの扱う〈ギルト〉に近いものだった。それに、確かに銃に備え付けた魔法陣がやけに起動しやすくなった。これはなかなか便利かもしれない。


 お、居たいた。


「よお、数ヶ月ぶりだな」

「お前……おおヤマトじゃねーか、ってどうしたその腕」


 こいつはトム。俺と同じ赤タグで、ギルドでも顔馴染みのやつだ。だが、俺の目的はこいつじゃない。


「大森海に行ってきたが、ちょいとヤバいやつに会ってな。ま、腕だけで済んでよかったがな」

「そりゃ良かったが……で、なんか用か?」

「まあな。と言っても用があるのはそっちのピムだ」

「え、あたし?」


 トムのパーティーに所属する弓使いで、なかなか腕がいい。


「ちょっと聞きたいことがあってな……一つ教えて欲しいことがある」

「え、ええ……」

「タダでとは言わないさ。こいつでどうだ?」


 俺はテーブルの上に金貨を置く。


「そんで、教えてもらいたいのは、弓に使う付与魔法だ」

「え?」

「知っての通り俺は後衛なんだが、飛び道具の付与魔法、そもそも魔法そのものに疎くてな。何があるかだけでも教えて欲しい」

「付与魔法ね……そうね、弓に付与するものなら加速魔法かな」

「加速魔法?」

「射った矢をそうね……倍くらいになってるんじゃないかな。速度」

「倍!?それは凄いな」

「でも矢だからそこまでじゃないの。だからよく使うのは矢の先に付ける道具かな」

「道具か」

「ええ。でもこっからは……」

「じゃあこいつだ」


 俺は追加で二枚の金貨を置く。


「はぁ……貸しね?」

「いいぜ。お前らのパーティーに貸一だ」

「ははっ、なんか合った時は頼むな」

「じゃあ続けるわ。矢の先にくっつけるのは私は燃石とかかな」


 燃石か。確かに加速魔法とかと組み合わせて魔物の甲殻とかに当たったのなら軽く爆発位は起こせそうだな。爆竹くらいにはなるか。


「私が使うのはそれくらいね。魔法に長けた人は矢に火とかを纏わせるみたいだけど」

「そんなことが出来るやつがいるのか。世界は広いな」

「私も、一度くらいは矢に火を纏わせてみたいわ」

「そうかい。精進あるのみだなお互い」

「そうね」

「んじゃありがとよ。金貨は飲むのに使ってくれ」

「お、良いのか?んじゃありがたく」


 ルルが戻ってきたのを見て、俺は席を立つ。金貨をあげるのは当然だな。情報料と言うやつだ。ま、どうせ今日中には無くなるだろうが。


「それじゃあ工房まで行く?」

「そうだな。シャリアたちも着いてるだろうし」


 ギルドを出た俺たちは今度は工房へと足をつけるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「シャリアたちはもう着いてるのかな」

「そうじゃない?真っ直ぐ来てるなら」


 今日は工房に行かなきゃ行けないわけだけど、その理由はどうやら前回から一週間経ってるからだ。親方側にも事情は説明したけど、何やら催促が来ているらしい。まあ元より顔出すつもりだからなんの問題もないけど。


「あ、ヤマトさんにルルさん」


 もう顔見知りな工房の受付さんにこの前入った部屋に案内されると、そこには休憩していたのであろう。ドワーフ姉妹と親方が座っていた。


「お、やっと来たか」

「よお、心配かけた」

「いやはやヤマトがぶっ倒れたって聞いてよ、こいつら図面がどうなるか心配で眠れなかったみたいだぜ」


 訂正、ドワーフ姉妹、寝ている。背筋伸ばしていかにもな感じだけど寝ていた。


「さっきまでは起きて嬢ちゃんたちと話してたんだがな。一息入れたらこんなだ。でも頼まれてた物、完成してるぜ」

「本当か?こんな短時間で?」

「あたりめえだろ。貴族サマの馬鹿みたいに装飾ついた剣より余程簡単だ」


 伯爵家にいた頃に見たことがある。貴族は儀礼用としてやたらと装飾の付いた剣を身につけるのだ。体裁を整えるためにガルマさんも一本持っていたが、普段は専ら自身の剣を使って、儀礼剣は飾られていた。

 あの剣も、瓦礫の中に埋まっているのだろうか……


「確かに儀礼用と比べたら簡単だろうけど……部品一つ一つはかなり小さいぞ?」

「あんなもん、大変の内に入らん。俺らドワーフ、修行の一環で指輪細工もやるからな。あの程度ならば慣れている」


 指輪細工ねえ……細工とかはエルフの領分だと思っていたけど、ドワーフ姉妹の片割れことフリーゼの例があるから細工なんかもやるんだろうな。


「ほれ、二人がヤマトに渡して欲しいと」


 親方が木箱を渡してくる。片手で受け取ったが、なかなかにずっしり来る。でも持てない重さじゃない。

 

 ルルに手伝ってもらい、箱を開ける。

 そうこれが俺が注文し、求めていた物の一つだ。


「うん。いい出来だ……。美しい」


 片手で持つと、それはしっかりと金属の感触と重さを伝えてくる。でもそれは嫌になるような重さではない。

 ここに自分は居る、と俺に示してくるようなとても心地よい重さだ。


 分厚くも細いシルエットを見せる銀の銃身、見事なカーブを描くグリップ、指を滑らかに掛けられるトリガー、重くもしっかりとした質感のハンマー。

 そして何よりも見事なのは、左側にスイングアウトし、精巧な寸法で削られその形を表し美しい円柱形であるシリンダー。


 そう、リボルバーだ。

 形状はロシア製RSH-12。イタリアのマテバリボルバーと呼ばれるリボルバーに近いものだ。ライフル弾を撃てるが、俺の手持ちとは大きさが合わない。でもあまり関係はない。

 なぜなら中身が違う。

 弾丸の大きさの関係で中身はコルト・シングルアクションアーミーとコルトM1892のニコイチだ。

 なぜニコイチかと言うと、コルト・シングルアクションアーミーはその名の通りシングルアクションなのだ。でもコルトM1892はダブルアクションなのだ。

 そしてもう一つの理由、コルト・シングルアクションアーミーは四十五口径でコルトM1892は38口径だ。


 じゃあ最初からコルト・シングルアクションアーミーとコルトM1892のニコイチで良いじゃないかと思うかもしれないが、ここに私情が加わる。

 そう、ロマンだ。

 ごっついリボルバーを使いたいのだ……と言いたいのだけど、実はちゃんとした理由があって、丈夫さのためだ。そもそもリボルバーは構造が単純で壊れにくいのが利点だが、どうしても構造上銃身部分は弱い。

 それをカバーするために特殊な形状になったとしても構造の単純さと銃身の丈夫さを両立させさらにロマンを組み込むにはこのRSH-12が最適だったのだ。


 スペックは俺が図面で指定した通りなら口径は四十五口径、弾数は六発、全長は250mm……


 さて、そろそろお気づきになるだろう。かく言う俺も気づいた。

 これ、最初からマテバリボルバーとして作ってもらえば良かったんじゃないのか!?と。まあ待て。でもマテバリボルバーだってこの状況では欠点もある。

 

 マテバリボルバーとは俺の知る限り、オートリボルバーという特殊な分類が成される。が、俺はこのオートリボルバーというものの構造を知らないのだ。普通のリボルバーなら分かる。

 よし、こうしよう!

 俺はマテバリボルバーの構造がわからないから普通のコルト・シングルアクションアーミーとコルトM1892の構造を使ったRSH-12を作った!

 以上!


「うん、これでいい」


 色んな角度からリボルバーを眺める。曇りのない銀色はまるで鏡のように俺の顔を写す。

 それにしても、確かに心地よい重さだけど、どうも軽く感じるのだ。

 二キグラくらいあるはずだけど、感覚だと一キグラ程度。もしかしたらそれ以下かもしれない。


「ん。それにはミスリルを枠に、表面部分にはリュム鉱石っていう鉄に近い金属を使っている。他の部分にも真鍮など。表面の銀色は錆びにくい鉛を薄くして塗ってる」

「薄く?」

「そうよ。錬成魔法」


 錬成魔法?また新しいのが出てきたな。というか二人ともいつの間に起きていたんだ。


「ヤマト、俺らドワーフが使う加工魔法は大きくわけて三つある。一つは俺も使う変形魔法、もう一つが今そこのフレアが言った錬成魔法、最後の一つが錬鍛魔法。この三つが加工魔法と呼ばれるものだ。まあ最後のものは使い手がほとんど居ねえから主に先の二種だな」


 フレアに代わり親方が続ける。

 変形魔法がどんなものかは知っている。あれは物質に干渉して形状を変えるものだ。一定時間とはいえあそこまでグニャグニャ弄れるってことは多分原子とかその辺にまで干渉してると予想している。


 錬成はなんなんだ?名前からだと練って成すだけど。


「ん、錬成魔法は練り合わせ。二つを一つに、複数を一つにする」


 うーん、つまり合金を魔法で作れるってことか?


「その過程で練り合わせた金属。それを一つの塊のまま二つの層に分けられる」


 なるほど、二つの金属を合わせて一個体にしても二種をハッキリと分けられると。凄まじいものだな。

 そんなの、現代技術でも難しいんじゃないか?


「ん、それを使って表面に鉛を浮き上がらせる。それで錆びにくくした」


 浮き上がらせる、か。つまり擬似的なメッキが可能なのか。

 それの鉛って言ってたよな。錆びにくい鉛ってなんだっけ……


「あ、クロムか」


 いや、こっちの世界だとクロムって言わないか。某錬金術漫画で読んだ。金属を錆びにくくするのはクロムだって。あれは確か鉛系の金属だったはず。


「あとは弾だな。頼んでおいたけどどうなった?」

「頼まれた通り二種類。ターム鉱石を使ったものと、リュム鉱の弾」


 今更ながら、ターム鉱石やリュム鉱石について説明しよう。これらの鉱石は根本的にはミスリルなどの鉱石と同じものだ。俺が地球で見たことある鉱石は全て通常鉱石、ミスリルやターム鉱石などは魔鉱石とこの世界の学術的には分類される。

 魔鉱石と付くから何か凄いわけでもなく、魔の鉱石であって、例えばリュム鉱石。これは鉄が長期間魔力に触れ続けた結果変質したものだ。偽鉄と呼ばれることもあるそうで、そう呼ばれるだけあって性質も鉄とそっくりと言う研究結果がある。


 ターム鉱石やミスリルなどの生成のされ方は知らないがそこまで逸脱していることは無いだろう。


 リュム鉱石にそれっぽい説明を付けるならこうなる。


リュム鉱石

偽鉄とも呼ばれるほど大量に採掘される鉱石。硬度や融点なども鉄とほぼ変わらず、唯一の違いの錆の違いで偽鉄と呼ばれる。そもそも、先に通常の鉄が見つかり「鉄」という名称がついただけで、先にこちらが見つかっていればこちらが本当の鉄になっていたかもしれないほどの似ている。

錆の違いとは、こちらはかなり錆びにくいのである。その代わり磁石に反応しないが、この世界では大したことではない。


 こんなところだろう。

 ターム鉱石に関してはよく知らないが、溶岩が流れた後によく見つかると聞いている。


「ありがとう。後で回収する……そうだ、ちょうど良いから、ルル。加速魔法って知ってるか?」

「加速魔法?ええ。弓なんかに使われる付与魔法よね?」

「そうそれだ。それを銃に取り付けて、威力の増強が出来ると思ってな」

「そうね……そういえばなんで思いつかなかったのかしら」

「俺もだ。なんで思いつかなかったのか謎だな」

「そうね。任せて。明日には仕上げるわ」


 ルルに任せれば大丈夫だろう。


「そうだヤマト、三番はこのとおり完成したが、五番はまだだ。今のとこ、フレアの方が材料を発注しているそうだが、そうだろ?」

「うん。主に使うのはリュム鉱石、ミスリル、あとアダマンタイトかな。最近少し値が下がってるから少し多めに仕入れたいのだけど」

「そうだな……普段通りなら倍くらいは仕入れた方が良いな。後で仕入れ担当に伝えておく」


 リボルバーは完成して、五番はまだ完成は先か。

 それにこのリボルバーは想像以上の出来だ。これなら、行けるかもしれない。


「ならば、二人には次に一番、そして二番を頼みたい」

「一番と二番?あたしらが作ったのに似てる形だったけど、それじゃダメなのか?」

「いや、これが最高だからこそ頼みたい。使い所が別れる武装でな。それにこれは元々試験用で作った試作品で、本命は一番の方なんだ」

「そうなのね。任せて。完璧なものを作り上げる」

「ん、任せる」


 頼んだ。このリボルバーの出来なら期待出来そうだ。試作品とはいえ、ここまでの出来なら普段使い出来そうだし、これも武装に組み込んでおこう。

 お、そうだ。


「こいつの名前を決めたぞ」

「あら、そうなの?」

「ああ。こいつは試作品だ。でも実用出来るほどの出来だからな。名前は付けたい。そうだな……こいつの名はトライアーだ」


 まあ試す、からトライアルで引っ張っただけなんだけどな。


「トライアー、ね。響きもいいんじゃない?」

「そう言ってくれると嬉しいな」


 俺はルルにそう言われて気分よくなりながら、何だか話したそうにしている姉妹の話を聞くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る