とある肉の毒
「ぐっ……があっ!!」
全身をまるで波のように強弱を付けた激痛が走る。
筋肉痛を限界まで高めて無理やり動かされ、動かす度に走る激痛が数秒単位で全身に走る。
心臓が一度動く度に発狂しそうな程の痛みがあるが、叫んだら最後その振動でさらなる痛みが生まれる。
「ヤマト……頑張って。耐えて……」
「うぐっ……っ!」
一瞬だけ弱まり、まただ。痛みは休みなどくれない。今だって刺しているようで焼いているようで、切られているようで抉られているような痛みが続く。
額に乗せられた水布でさえ痛みを発すも、振り払うことすら出来ない。
なぜこんなことになっているのか。それを説明するには少しばかり時を遡る必要がある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………うん、スープはいい味だ。追加で酒入れたの正解だったな」
工房から帰ってきてすぐ。俺は仕込んでおいたシチューの味見をしていた。
使っているのは野菜とミルク、バター、少々の調味料、そして雷虎の肉だ。ミルクもバターもそれなりに高いが、調味料よりは安い。それにようやく王都に帰ってこれた事の祝いだからな。たまには良いだろう。
「魔物の肉は食べれるが、雷虎の肉がどんな味なんだろうな」
とりあえず簡単に酒に漬けてみた。豚肉とかだと柔らかくなるからな。虎っぽい魔物の肉がどうなのかは知らないが、試す価値はある。
片手骨折だから色々と不便だったけど、そこはルルが手伝ってくれた。器用なんだけどな、料理の才能は全くと言っていいほどないんだよ彼女。
「……うん、スープはいい味だけどまだ野菜が硬いな。肉もまだ芯まで火が通ってないみたいだし、もう少し煮込んでおこう」
今更ながらこの家のキッチンについて紹介しよう。
元々公爵家の別邸として使われる予定だったからか、キッチンは広い。しかし装飾とかは貼られていない木造の状態で、とても貴族の家とは思えないが逆に俺にとっては居心地のいい空間だ。自室の次に好きな場所だな。
設備としては、ルルの氷によって冷やされる簡易的な氷室とオーブン、魔道具のコンロだ。理屈はイマイチ分からないけど、弱火と中火、強火の三段階には調節出来る優れものだ。
「伯爵家の頃はふいごで空気送り込んでたからな……楽なもんだ」
仮にふいごでもあれは両手で扱うやつだから今の俺には無理だ。
……本っ当にこの骨折鬱陶しいな!
なんも出来ねえよ!
弾丸作りも出来ないし、さっき工房から引き取ってきたショットガンの弾も二、三発しか出来てないから試し撃ち用に作りたかったんだ。
そもそも片手でショットガン撃てるのか普通。
「ヤマトー、ご飯まだ?」
「もうちょっと。パンの用意しといてくれれば俺が喜ぶ」
「やるわ!」
うんうん。ルルを動かすにはこうすればいい。
何故か知らんが、こうすればルルは張り切って働くのだ。
手先は器用だからパンを切るのだってお手の物だ。
「それにしてもマナとシャリア遅いな……ハントさん呼びに行ってもう二時間。外も暗いしさすがにちょっと心配になるぞ」
二人は仔竜たちを連れたハントさんを呼びに行っていた。王都近郊で泊まりがけで躾をしていたみたいで、場所はすぐらしい。残されたメモにも場所が書いてあったからわかる。
それにしても二時間は掛かりすぎだ。
「ヤマト、心配しなくても二人はちゃんと帰ってくるわ」
「そうは言ってもな……」
「もう、ヤマトは昔からそうね」
「う……でもルルだって昔はそうだったじゃないか」
「あれはヤマトが喜ぶと思ったから……」
「まあ木の実を採ってきてくれたのは嬉しかったけどな。でもあんなことがあったらそりゃ帰ってこないこと心配するよ」
「……うん」
小声だが、聞こえた限りだと嬉しそうだ。まあ昔のことだ。何も言うまい。
「さてと……そろそろ柔らかくなったかな?」
お玉でサイコロステーキ程度に小さく切られた雷虎の肉を掬う。
色合いもよし、白いクリームソースが絡まって美味しそうだ。
「野菜も十分柔らかくなったしちょいと肉の味見でも……」
ふーっと少し冷ますと、俺はその肉を口に含む。
そっと噛み、肉を解していくと、中からジュワーっと濃い味がしてくる。
なんだろうこの味は。
甘い。
ほんのりと酒の香りがするが、それも肉の味をひきたてている。
しっかりと味を噛み締めて、俺はゴクリと飲み込む。
「…………………うまい」
魔物の角猪の肉なんかはよく食ってた。でも大型の魔物である雷虎の肉がここまで美味いとは思わなかった。
それとも部位かな。今回使ったのは胸肉の辺り。内臓の採取のときに一緒にくっついてきたやつを使っている。
「もう一口……いいよな?」
シチューにはそれなりに多くの肉を入れている。俺含め四人全員肉が好きだからな。
またふーっと軽く冷まし、口に含む。
ジュワーっと染み出てくるこの甘みと旨み。
堪らん。
「マジで美味いな……早く帰ってこないかな。早く食わせてやりたい」
シチューの火を弱め、コトコトと軽く煮込んでいた時だ。
「ん?なんだこれ」
なんか妙な違和感を感じたのだ。
別に第六感とかそんなのじゃない。なんというか……腹が痛くなる前兆みたいなそんな感じの違和感だ。
「一応、薬飲んどくか」
何が原因かはわからないけど、実際まだ俺の体調は万全じゃ無いからな。こんな時もあるだろう。
普段小物とかを入れているポーチから取り出した腹痛とかに効く小さな丸薬を水と一緒に飲み込む。
見た目は濃い緑色でいかにも効きそうな感じだ。多分なんかの薬草を乾燥させてすり潰して、デンプンみたいなそういうアレで固めているのだと予想している。
「さてと、これで腹痛に関しては大丈夫だろう……」
左腕にズキンッと痛みが走る。
どこかぶつけでもしたか?
そう思い、痛んだ箇所を見ても何も無い。
また、ズキンと痛みが走る。
「なんだ……これっ」
今度は頭だ。一瞬だけだったが、強烈な割るような痛みが走った。
「ぐっ……」
腕や頭、足など部位ごとに十秒間隔程度で痛みが走り抜ける。
「あがっ!」
俺の視点が一気に低くなる。同時に全身に痛みが走った。
まるで筋肉痛がとても酷い時に一歩歩くのも辛い様な感覚を数十倍以上にもなっていると想像して欲しい。
バクンバクンと心臓の音がよく聞こえるが、そんなこと気にしている場合では無い。
「ぐっ……ぎ」
歯を噛み締め、血管が浮き出、痛みに耐えようとするも、力を入れることでまた痛みが酷くなる。
「ヤマト?……ヤマトッ!?」
焦った声でルルが駆け寄ってくる。読んでいた本なんて床に放り出されている。
「どうしたの!?何があったの!?」
頼む……揺らさないでくれ……
肩を掴んで揺らされる度に身体中に激痛が走るが、その激痛のせいで何も話すことが出来ない。
「ねえ答えて!」
無理なんだって……
ついに揺らされる事の痛みから身体の奥から勝手に痛みが出てくるようになった。
「あっ……がっ……」
なんだ、これっ
強弱を付けられた痛みが腹の奥から身体の感覚の先端までを一気に駆け抜けていく。
その痛みはまるで衝撃のように突き上げるようなものだった。
また変わった。
身体の奥から感覚の先端まで今度は一気に貫かれるような痛み。刺すような、では無い。貫かれるのだ。
内側から串刺しになり続けている、と言った方がよいか。
「ぐぎっ……あ゛あ゛っ!」
「うぅ……」
そんな時だった。
「ただいま〜、ハントさん連れてきたよ〜」
「マナ!」
マナがシャリアとハントさん、そして仔竜を連れて帰ってきたのだ。
そして帰ってきた途端大声で呼ばれた彼女は驚いてビクッと震えた。
「お、お姉ちゃん?……あれ、どこ?」
「こっち!早く来て!!」
「う、うん」
台所の方から声が聞こえてくる。
鬼気迫る声音に皆何かを感じたようで、声が聞こえた方に向かう。
そこで彼らはあるものを目にする。
「お兄ちゃん!!」
「ヤマトさん!?」
「ヤマトくん、これは一体……」
「お願い助けて!いきなり倒れたの!」
二人はすぐに駆け寄り、ハントさんは周囲を見渡す。
「っ!……これか」
ハントさんはいつの間にか床に落ちていたお玉を拾い、表面に残るスープを指先で少し取り舐める。
「なるほど……これは」
「ハントさん、何かわかったんですか!?」
「うん、予想ではあるけれどね。ヤマトくん本人に聞きたいところだけど、こんな状況だからね」
「あ、あの!お兄ちゃんは無事なの!?」
「なんとも言えない。もしこれが僕の予想通りなら……」
「なら?」
一拍置いて、ハントさんは苦々しく口にする。
「彼の死も覚悟して欲しい」
まるでその場の時が止まったようだった。
呻き声だけが場を包む。
「どういう……ことですか」
「ルルくん。彼が食らったのは、猛毒なんだよ」
ハントさんは悔しそうで、どこか
嬉しそうであった。
「もう……毒?」
「そう。その肉が何から出来ているか、教えて貰えないかな?」
「え、えっと雷虎……です。この前討伐した」
この状況でも、比較的落ち着けているシャリアが答える。
「雷虎か。ならば骨か魔石のどちらかを持ってないかい?」
「あ、あります。少し待っててください」
見た目落ち着いていても内心は動揺しているのか、どこか焦って何かをやらかしそうな感じで彼女は雷虎の素材を置いている場所に取りに行く。
しばらくして、彼女が持ってきた魔石と骨を見たハントさんは頭を抱えた。
「まさか……ヤマトくんがここまで早くこの場に立ってしまうとは……確かにいずれとは考えていたけれど、これは早すぎる……」
何やらブツブツ呟くハントさんを見て、ルルが説明を求める。
「どこから話した方がいいかな……うん、まずはここからかな。───君たちが大森海に向かう前に僕は亜竜そして魔獣について説明したと思う」
「魔獣……魔物とは一線を画すものですね」
「その通り。でもその時僕は魔獣にはいくつか種類があると言ったはずだ」
「……あっ、
「その通り。あれは数を増やし、自身の勢力を拡大させた極地の存在、魔物から魔獣に昇華された存在だ。パッと見軍勢だから違うかもしれないように見えるけど、間接的には自身の能力として見れる。他にも魔獣となりうる魔物はいるのだけど、雷虎もその一つなんだよ」
「もしかして、ヤマトさんが食べた肉って」
「そう。魔獣化した雷虎の肉だ。でも、この雷虎はかなり特殊ななり方をしている。僕も初めて見るけれど、ヤマトくんの今の状態からして間違い無い」
「そんな……」
「そもそも、極一部の例外を除けば魔獣の肉は食べられないんだよ。食べれば全身を貫かれるような痛みが走り続ける」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。魔獣の肉は食べられない。それには当然さっきの豚鬼王も含まれる。ああでも龍は例外だ。あれは肉とかの質が違うらしいからね。でも、その食べられない肉を食べてしまった」
「猛毒、なんですよね。ヤマトさんはどうなるんですか?」
ハントさんは少し考え込み、口を開く。
「大きさはあまり関係無いんだ。ただ身体の中に取り込んでしまったからね。そうだな……五分と五分ってところだね」
「生き残る……ですか?」
「そうとも言えるね。ただこれはあと一時間以内に死ぬかどうかだよ」
「一時間!?」
「仮に一時間耐えたとして、そのあとは丸一日になる。それは三対七。さらにその後は残り二日程を耐えられるかどうかは一対九以下。そこまで耐えられれば彼は生き延びる」
「一つ、いいかしら?」
「ルルちゃん?」
「なんだい?」
「どうしてあなたはそこまで知っているのかしら?いくら特級のハンターとはいえ、生存の時間まで知っているのはおかしいと思うの。まるで自分で体験してきたみたいな言い方ね」
「……」
「一時間と丸一日と丸二日。さらにそこに至るまでの確率も相当ね」
「……」
「それに、どうして食べた後の状態まで知っているのかしら?ああ、他人から聞いたというのは通用しないわよ。そこまで確率が低いものを経験した人物が近くにいて、さらにそこまで正確な値まで出せるのは、おかしくないかしら?」
「……はぁ。これ以上はぐらかすと一生何か言われ続けられそうだね。その通り、僕は魔獣の肉を食べたことがあるし、生き残った」
その場の皆が息を飲む。
「干し肉の状態だったけどね。成人したばかりだった僕は興味本位で祠に祀られていた何故か腐らない干し肉を食べてしまったんだ。それからと言うもの……」
ハントさんが手を前に掲げる。
「こんなことが出来るようになった」
掲げた手のひらには薄く発光する五セールほどの白い玉が浮いていた。
「これに加えて身体能力も大きく向上したよ。走る速度も跳躍力もね。目だけは良くならなかったけど十分な程だ。……そうそう、ルルくん。治癒術は無駄だよ。これは猛毒だから身体の損傷じゃない。でも解毒剤も効かない。猛毒だけど猛毒でないからね」
「そんな……」
「今はただ彼が耐え切るのを待つしか無いんだ……。話を戻そう。魔獣の肉というのはね、全てが悪いわけじゃない」
「あの、それはなんですか?」
ハントさんが手のひらに浮かべる球を見て疑問符を浮かべる。
「ああこれは──」
「純粋な自身の魔力。ここまで具現化することは本来なら不可能。でも、それも魔獣の肉の力かしら?」
「その通り。でもこれは鍛錬次第では誰でも出来るようになる。要は蓋を取り払っただけだからね」
「蓋を、取り払う……」
「うん。その話は後でしてあげよう。今は彼の移動と鍋の中身の処分だ。庭で燃やそう」
「ヤマト……頑張って。耐えて……」
鍋の処分のためマナやシャリアが動き出すものの、傍に寄り添い続ける彼女の姿をハントさんは優しい眼差しで見守ったのだった。
◆◇◆◇◇◇◆◆◆◆
あとがき
魔獣の肉がなぜ食べられないのかと言うと、魔力の凝縮体だからです。魔物の肉はそこまで魔力が詰まっていない、まだ生物としての状態を保っているので肉として食することが出来ます。
魔獣の場合は見た目生物の魔力の塊と言える存在になっているので身体の中に取り込める魔力以上の物が肉の一欠片に詰まっています。
自身の体内で処理しきれないほどの魔力を一瞬で取り込んだ場合にのみヤマトのような症状が起きます。
魔獣の肉というのはハントの言うように祠に祀られたりすることがあり、何度か魔獣の肉を食したことによる死亡事故も発生しています。
しかし、生き残った人物もハントの他に居ます。
その場合は総じて身体能力の向上と魔力の具現化が行えます。それ以外に能力の追加などはありません。
次回からはこの話の日から一週間後を書きます。なぜなら幕間だからです。
最大でもこの幕間パートは十話以内に収めたいのでこのように本編中で出せなかった設定をこうして出していくのでよろしくお願いします。
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