帰還、王都!

「あと数時間で王都に到着します、ここまでお疲れ様でした」


 若い御者が俺たちにそう告げる。

 調査拠点からここまで丸一月、身体の振動を抑えるために尻の下にクッションを引いたりして出来るだけ骨折の腕を労わろうとしたのだけど……


「痛てて……ああ、ありがとう。わざわざ少し遅くしてもらったりしてしまったな」

「いえいえ、私こそいい経験でした。こう言っては失礼ですが、怪我人を乗せて走ることなどこれからあるでしょうから」

「それなら結構、糧にしてくれ」


 ルルもシャリアもこの一月である程度怪我も治癒してきている。マナなんてもう元気いっぱいでびっくりするくらいだ。打撲がどれくらいで完治なのか正確には知らないけど早い気がする。


「ほー、王都の近くでも周りはこんななんだな」

「そうだな。中身は凄いが、外は拠点の近くと大して変わらない。違うのは目の前にある巨大な魔境があるかどうかだ」

「でもいきなり目の前から魔物が迫ってきて死なないってだけで素晴らしいものさ」


 俺とそう軽口を叩き合うのはダルクだ。鎧に傷はあるものの綺麗になっているダルクだ。

 そう、彼は怪我をした俺たちの王都への帰り道の護衛を担ってくれたのだ。

 俺達にはルルも居るから弱い魔物相手なら魔法でも対応出来る。でも近くまで来られるとどうもならないからダルクが居てくれたのはとても助かった。


「そういやダルク、今後どうするんだ?」

「そうだなぁ……とりあえず一旦戻ってあいつの様子を見てやらなダメだ。そっから先はまだわかんねえが、ハンターは続けるさ。食い扶持ってのもあるが、何よりもこの生活が好きなのさ。そりゃあ仲間も死んだし、俺も死ぬかもしれない。そんな危険な生活だが、あいつらと過ごした時を忘れたかねえ」

「……そうか」


 仲間との思い出、か。


 この一月の間に何度も話すことがあったが、こいつは雷虎を恨みはしても憎悪まではいかなかった。復讐鬼には成り下がらなかったんだ。

 そこにどんな心境の変化があったのかは聞かない。

 でも察することは出来る。

 おそらくそこには俺たちが雷虎を討伐して宿敵が既に消えているというのもあるのだろうけど、彼には彼で折り合いを付けたのだろう。

 現に彼は首元のタグを付けている紐に死んだ仲間全員のタグを付けている。

 あのあと捜索を行い、発見された遺体は殆どが見るに堪えないほどボロボロな無惨な状態だった。しかし、タグだけは奇跡的に全員分回収出来たのだ。

 彼はそれを大切に磨き、首に提げているのだ。


「それによ、こいつらはここにいるじゃねーか。昔初めて組んだ時によ、話したんだ。いつか、すっごい所に行って飯を食おうってな。だから俺はこいつらを連れてすっごい所に行く。まだあいつは生きているからな。首根っこ掴んで引きずってでも行ってやるのさ」


 ダルクは首元のタグを弄りながらその強面で笑う。

 まるでそれに反応するかのように青色のタグたちはキラリと光を反射したのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「な、なんですかあれ……」

「おいおい、あんなの初めて見たぞ」

「お姉ちゃん、魔物じゃあ……無いよね?」

「そうね。まるで船みたいだけど……」


 みんな揃って上を見上げ、思い思いの感想を述べる。

 ……が、さすがにこれは予想外だ。


 大地に落とす巨大な影。その巨体とは裏腹に重力を感じさせないようなその威容はどこかおとぎ話のようだ。

 まるで人類の夢を体現したかのようなそれは二百メールほど上空に





 飛行船だと……っ!?


 色々と付いているようにも見えるし何よりも気になる点があるのだがこの際、細かいことはどうでもいい。現状の一番の問題は、


「どうやって浮かせている?」


 地球史において飛行船というのはそう古いものじゃない。せいぜい十九世紀中頃の発明だったはずだ。

 それに比べ、熱気球というものの歴史は相当古い。中国の伝承で諸葛孔明が天灯と呼ばれる原始的な熱気球を飛ばしているからだ。その天灯は今でも祭りとして残っている。

 

 つまり空を飛ぶ、という事柄に関しては二十世紀初頭のライト兄弟よりも前から考案されていたものなのだからこの世界でも空を飛びたいと願うものは居るはずだ。

 だから熱気球程度の物ならば考案されていてもおかしくは無い。成功するかどうかは別としてだが。


 実はかなり昔から存在しているハンググライダー程度の物なら別に滑空と取れるが、あれは明らかに

 魔法が存在するこの世界で地球史に当てはめるのもおかしいかもしれないが、人類が空を飛ぶことを夢見続けて、熱気球のような理論が存在しても安定して空に浮かべるようになったのは十八世紀頃。移動に関しては飛行船のように十九世紀頃だ。


 ドワーフという加工に関してはチートクラスの種族がいる以上、人類が近年まで出来なかった加工を既に行える可能性は捨てきれないが……


「ま、浮いてる理由は大方あの輪っかだな」


 何よりも気になる点、それは飛行船のような物体の下に展開されている巨大な白い輪っかだ。まるであの物体そのものを下から支えるように位置している。


 御者も驚いて上を見上げているものの、竜車が動き続けているので下から限定だが複数の角度から見ることが出来る。


 ふむ、形状はやっぱり一般的な飛行船と同じラグビーボール型か。下部に小さいが船室のようなものが見える。それなりに高いところにあるから正確な大きさがわからないがそれなりには大きいはずだ。

 船尾と思える場所には回頭用のつばさが取り付けられていない。本当にただ浮いているだけのようだ。


「ルル、あの浮かんでいるものの下に展開されている魔法わかるか?」

「ごめん、ちょっとわからない。あそこまで広大に展開できるのは上級魔法とかだと思うのだけど……物を浮かべることができる魔法は風属性魔法の浮遊魔法。でもあそこまで大きいのは見たことがない」

「だとしたらなんだろうな」


 すると、思いもよらぬ所から返答があった。


「あれ、どうやらドワーフの国からもたらされた古代遺物アーティファクトの複製品だそうですよ。少し前に王城から発表があったんです。『古代遺物の複製品を用いた新たな兵器を手に入れた』と。実物を見るのは初めてですが、空を駆けると言っていたのでおそらくあれかと」

「空を駆けることを実現させる古代遺物か……」


 それにドワーフの国。ドワーフは王都の工房主の親方と同じ種族で、加工などに特に秀でた種族だ。

 ノーク大陸に国があり、大陸の東と西を分割する巨大山脈にその国家はあるそう。そして過去に調べた限りではあるが、帝国に技術提供を行ってもいる。


 で、そのドワーフがもたらした技術だ。十中八九帝国も持ってると思っていいだろう。それに加えて圧力に関する知識。この時点で、海上や電子系統は除くが第一次世界大戦から第二次世界大戦頃までの軍事技術に匹敵する物を有し、開発できる可能性は高い。。この中世の世界でだ。

 

「技術基準がわからないな……」


 魔法国家と呼ぶならば魔法研究が盛んなここ、ラナンサス王国。近しいものに宗教国家聖アークダム皇国がある。別にヤバい宗教という訳ではなく、派閥はあるものの表面的にはまともな国家だ。魔法研究も行われているが、王国程でない。

 南は割愛。数も多いし次々変わるから把握しきれていない。

 北は大陸丸々亜人連合国と通称されている。国家では無く各一族単位で生活しているため獣人族やエルフ族、ドワーフ族などというように住まう地域で獣人国、エルフ国、ドワーフ国というように便宜的に別れている。 

 それぞれ得意なことは変わるが、大きくわけてエルフは魔法関連、ドワーフは加工関連とすれば良い。それぞれがそれぞれの得意分野に適正がありすぎて、種族チートと言ってもいいほどの物を持っている。例えばドワーフなら目の前にある飛行船を浮かべている古代遺物の複製品の製作だ。

 大抵は古代遺物は技術的な問題で複製不可であったりするが、現に複製を成功させているのだからその恐ろしさがわかる。


 さて問題の帝国だ。ドワーフからもたらされているであろう古代遺物の技術、そして国内に存在している古代遺跡より発掘した技術。それらを用いて発展した国だからこそ恐ろしい。魔法一極では無く、魔法を用いた機械文明を築き上げていると本からは読み取れるからだ。

 それはつまりその気になれば魔法で色々出来るということだからだ。魔法は理論上なんでも可能だ。さすがに無から有は作れないと願いたいところだが。

 魔法で様々な物が簡単に加工出来るのだからまず武具の調達は簡単で済む。材料さえあればいくらでもすぐにできるからな。

 機械技術がどのレベルまで到達しているのかせめて知ることが出来れば俺の文系脳みそでも危険度は知れるんだが……


「ヤマト、どうしてそんなに帝国を警戒するの?」


 ルルが小声で聞いてくる。何となく貴族関連と察しているのだろう。彼女のそれは正解だ。


「伯爵家にいた頃に聞いた話だが、帝国が国落としのために戦争を起こすかもしれない、という話だ。帝国規模になれば小競り合い程度ならば即座に出来るんだろうが、国落としとなれば数年単位で準備が必要だ。だがルルが買ってきた本は三十年前、そして目の前の技術。帝国が両方とも有していたなら国落としの準備期間としては十分すぎる。杞憂で済めば良いんだがな」

「国落とし……」

「帝国が本格的にイルク大陸の統一に乗り出すならそれなりの準備は必須だ。帝国とはいえ何の準備もなしに国落としは出来ない……はずだからな。でも仮に戦争が始まったのならば、こっちへも波及することは間違いない」

「そうなの?」

「ああ。帝国は奴隷制度を今なお継続する唯一の国家だ。表向きはな。そして戦争はその奴隷を大量に手に入れるいい機会なのさ。単なる予想だが、過去にノーク大陸に手を出したこともあるみたいだから、戦争に乗じてノーク大陸の強靭な肉体を持つ亜人たちを奴隷にしようと行動するならこの国は直接、国力でも人員的な意味じゃなくて経済が大きく打撃を受ける」

「経済……あ、もしかして」

「そう。この国は言わばノーク大陸にとってウェントッド大陸の玄関口なのさ。食料的な意味で必ず立ち寄るからな。そこで得る税金なんかは案外馬鹿にできないだけの経済効果がある。港の使用料だけじゃなく、荷運びの人足なり、その大元の商会なり、人足を斡旋する仲介業者なりな。船一隻程度じゃたいした金にはならないけどそれが年単位ならばどうだ?」

「そうね。相当大きくなる。それにこの国は大きな港が多い。そうよね?」

「ああ。東の港湾都市を代表にデカい港が数十。細かいのまで合わせれば数えきれない。そこにノーク大陸だけでも相当の船が来るな。細かな値までは知らないけど、港に訪れる人員輸送船や貨物船の六割近くはノーク大陸方面からの船だと聞いたことがある」

「それじゃあ途絶えたら大変じゃない?」

「それもあるけどな。一番の心配はその逆……戦争によって避難してきた難民さ」

「難民……スラムね?」

「ああ。スラムが構成されるのは間違いないし、その分治安も悪化する。さすがに一国家にまとまるとは思えないが、それでも相当集まるだろう。そうすると、ハンターとしての仕事も少なくなるかもしれない」

「そうね……スラムから脱出するならハンターが一番手っ取り早いものね。同業が増えたら仕事が減るのも当然ね」

「確かに、情報収集という意味だと上手くスラムの連中を操れれば、国全体から情報が集まると言うけど、それができるとは思えない」

「黒龍の情報も集められるの?」

「出来はするはずだ。やるつもりは無いけどな」

「そうなの?」

「俺たちのことが漏れたら大変だ。もし俺たちが生きていると知られたらなかなか面倒なことが起こる気がする。王城にはもう隠せないが、せめて貴族連中には隠しておきたい。中間都市とかで知っている人もいるが、あの人は別の方向で勘違いしてるから大丈夫だろつ」

「私のため……よね」

「そうだな。ルルが生きていると知れたら下手すりゃ身分を利用して子爵とかそんな連中が声をかける可能性がある。あいつらはまともな奴もいるが、大半は成り上がりたい奴ばかりだ。そこに元伯爵家のルルをしたと言い振らせば箔も付くし、国からは感謝されるだろう。なんせ死んだと思われていた人物が生きていたわけだし。そして連中はこう言うのさ。『おおなんと伯爵家ともあろう人間が下賎な平民に落ちるとは。なんと情けない。私が救済してあげよう。貴族へと戻らせてあげよう。その代償として私と婚約せよ』ってね」

「嫌よそんなの。私はヤマトと居るんだし」

「そう言ってくれるのは嬉しいんだがな。話を戻すと、どう転ぶかはわからないが戦争が起きた場合そうなることも考えられるって訳だ」

「そうね。黒龍を殺すまでは国全体にバレる訳にはいかないわね」


 黒龍を殺したら〜なんて後のことを考える余裕は無い。どうなろうとルルは誰にも渡さんさ。

 ま、今そんなこと言ってもしょうがない。いくらか帝国の情報を集めつつ、これからしばらくは自身の武力増強に精を出すとしよう。


 ほら、ようやくだ。王都の門が見えてきた。事の発端の飛行船は既に見えない。でも発表はされてるみたいだし調べれば情報は出てくるだろう。


 さて、やることは大量だ。怪我してるからって休んでばかりは居られないな。

 気合い、入れるとしよう!

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