後日談
さてさて総括すると、俺たち四人はバードダル大森海にギルドからの依頼で調査に訪れ、最初はまともに調査出来ていたが帰り道でシャリアが謎の気配を感じ追跡。
追跡した結果、出発前に調査拠点内でであった青タグハンターのダルクと遭遇。
しかし彼らは魔物に追われていた。そしてその対象は俺たちが追跡していた存在と同じだったのだ。
現れたのは白い獣。
姿形は広範囲に生息している魔物、〈雷虎〉であった。ただし、俺たちの知っている色では無かったが。
まあその後は必死こいて雷虎を食い止めるためにシャリアが頑張ったり俺が頑張ったりルルが頑張ったりマナが頑張ったりしたわけだ。
その結果なんとかルルの魔法で大ダメージ与えてマナが倒すことを辛うじて成功させた訳だが……
ボロボロだよ、みんな。
どれくらいボロボロかと言うと、おかげさまで俺は右腕骨折と左足の捻挫、それに細かな傷。
ルルが左腕にある程度自身で治療済みの火傷と細かな傷。
シャリアが左足に雷の余波による貫通痕のような火傷と反対側の足の捻挫に加えて細かな傷。
マナが〈
まあ……みんなそれなりの怪我してるわな。
それに魔法、ルルも使える光属性系の治癒術にも限界はある。細かな理屈はよくわからないが、多分細胞活性的な何かで治療してるんだろうと予想している。
話を戻すと、治癒術が治療できるのは切り傷、擦り傷など血が直接外部に出てくるような傷のみだということを覚えていて欲しい。
ならば俺たちが受けた傷はどうだった?
俺が骨折や細かな擦り傷など。ルルが火傷。シャリアが火傷に捻挫と細かな傷。マナが全身打撲だ。
無いだろう?治せるの。
せいぜい細かな傷程度だ。治癒術でまともに回復出来る怪我が無いのだ。ギリギリ火傷だな。火傷も跡や後遺症が残るかもという事で最後まで魔法による治療は不可能。表面が多少治せる程度だとか。
骨折はそもそも治癒術じゃ治せない。補助は出来るみたいだけど、失敗した時は骨が変な風にくっ付く可能性が有るとか。
打撲はそもそも効かない。氷で冷やしたり、貿易都市にいた頃依頼でお世話になった懐かしのキュアル草が効く。
というわけで現在俺たちはギルドもとい調査拠点が運営する療養所──治療院の脇にある建物だが──の四人部屋を丸々一つ使わせてもらいながら怪我の治療に励んでいるわけだ。
仮にもルルたち三人女性が居るのに男の俺と一緒にするのは如何なものかと思ったのだけど、「その怪我じゃ何も出来ないでしょうに」と言われてしまった。何かするつもりも無いのだけど、実際出来ない。
まず起き上がれない。ついさっき目が覚めて一時間ほど一方的に何があったのかを説明された。その時に怪我の状態なんかも説明されたのだけど、最低でも一週間は絶対安静だ。
既にどうやら帰ってきてから三日ほど寝ていたようだからあと四日はこのまんまだ。
全身打撲のマナは俺の起きるほんの数分前に起きたみたいで一緒に説明を聞いていた。絶対安静も俺と同じくらいの期間で、結構アクティブな彼女には辛いだろう。
ルルとシャリアについては拠点に到着してから丸一日寝て、あとは激しい運動をしなければ大丈夫と言われるだけで済んだという。
それはともかく、骨折と捻挫に加えてどうやら少し打撲もあったみたいで身体中が痛い。筋肉痛とはまた違う痛みだ。
そんなこんなで現状寝たきりなのは俺とマナとシャリアだ。なぜシャリアかと言うと、彼女も足を怪我しているし反対側も捻挫だ。だから正確にはベッドから立てないわけだ。
うん。既視感あるよな。
剛体蜥蜴の時と一緒なんだよ。あの時より怪我も酷いけどさ。
しかも骨折。この世界に転生してから何度か腕飛ばしかけてるし、骨も折ったことあるから初体験という訳じゃ無いんだけどやっぱり慣れないこの感覚。自分の腕だけど自分の腕じゃない感じというか。何とも言えないんだけどな。
経験則からして俺はこの感覚と半年弱は一緒に居なきゃいけない。その頃には何とも言えないから何となく言える程度にはランクアップしていて欲しいところだ。
さて次は──
「ねえお兄ちゃん、さっきから何してるの?」
全身打撲で起き上がれないマナが首だけ俺の方に向けている。
俺たち四人の配置は入り口から見て奥に窓があり、窓側右が俺で左がルル。手前右がマナで左がシャリアだ。
「お兄ちゃんさっきから何か考えたりブツブツ言ってるからどうしたのかなって」
「い、いや。なんも無い。大丈夫」
危ねぇ、声に出てたのか。もし聞かれてたらただのヤバい奴じゃないか。
「でも、ちょっとこれからの事は考えてた」
「これからの事?」
俺はマナに頷く。
「幸い俺たちは生きてるし、今回の雷虎討伐でそれなりに報酬も入ってくるから怪我の治療の間はハンターとして働かなくとも過ごすことは問題無い。ただ、何時まで休むかだな。ハンターとしての生活は続けるつもりで居るから何時復帰するかってのもあるが」
「うーん、私自身は辞めるつもりなんて全くないからお兄ちゃんの好きな時でいいよ?」
確かに、いつ復帰するかは俺の采配になる。だって長期的に見た怪我の度合いで一番重いのは俺の骨折だし。
「そうだな……正直、今回の戦いでいくつか足りないと思える点があったんだ」
「そうなんですか?」
お、シャリアも起きたみたいだな。今は朝の八時くらいだから普通だな。ちなみに俺とマナの目が覚めたのは八時くらいで、その頃に一度ルルやシャリアたちを起こしている。まだ疲労が抜けきらないのか彼女たちは二度寝していたが。
「ああ。じゃあシャリアはどう思った?」
「私ですか?……そうですね、やはり基本的な体力とかその辺りでしょうね。私もまだまだ鍛錬しなければいけません」
「なるほどね。次、マナは?」
「私もシャリアお姉ちゃんと同じかな。私は〈刻〉をもっと使えるようにならなきゃいけないけど」
「そういえば気になってたんだけどその〈
「体術の一つで、魔法ではあるんだけど、根本的には体術として体系化されたもの……かな。私の育った村で継承され続けてきたもので、かなり特殊なものなんだよ。効果は自身の身体能力を底上げするだけなんだけどね」
「身体強化魔法ね……そんなのがあるのか」
「いいえ。存在しないわ」
割り込んできたのはまたいつの間にか起きていたルルだった。
「マナ、それは本当に魔法なの?」
「そうだよ」
「……身体強化魔法というのはね、存在するはずが無いものなのよ。どうしてかわかるかしら?」
「どうして……か。身体に掛かる負荷とかか?」
「それもあるわ。でも一番の理由はキリがないことなのよ」
「キリがない?」
ええ。と、ルルは一度区切り、彼女は自身の杖を抱える。
「じゃあヤマト。例えば私があなたの右腕に身体強化魔法を掛けるとするわ。効果は膂力の底上げ。まずはどこを強化すれば良いかしら?」
どこを強化する、か。膂力を上げるならば……
「筋肉かな?」
「まあそうよね。じゃあどの筋肉を強化すれば良いかしら?」
「え?」
「そういうことよ。腕一本でもいくつ筋肉があるの?それ一つ一つに強化魔法を掛けれるわけないのよ。加えて、その膂力を支える為の骨も強化しないと。それに筋肉を動かすには血が必要と言われているから血の通り道も強化しないとね。でもその膂力に見合った量の血が無いとダメだから血を送り出している心臓も強化しないとね。……これで腕一本分の強化完了よ。さらに、強化した心臓で送り出される血は強化された腕に見合うだけの勢い。強化されていないところではもしかしたら腕が血によって壊れてしまうかも。それを無くすには強化しないと……ね?キリがないでしょう?」
「確かに……」
考えたことも無かったな。よくラノベとかじゃ身体強化魔法と一括りにされてるけど、現実に存在するとなるとこうなるのか。
それに、驚くべきは筋肉とかそこら辺が通じることだ。
ここは日本では無いから諺とかが通じないのは当然なのだけど、いくつか英単語が通じないことがわかっている。それでもいくつか通じるものがあるからよくわからないのが現状だな。
まあ同様に筋肉は通じても血管は通じないし、神経なんかも通じなかった。
でも筋肉が通じるのは解剖学の基礎みたいのはあるのかな。ほら、杉田玄白みたいなことやった人がいたのかもしれない。
「そもそも、理論としては身体強化は存在しているわ。でもそれも数十年前で研究は頓挫しているのよ。それ以来新しい論文も出てきてないからもう研究されてないって良いのかも」
「じゃあ私のは一体……?───あっ」
マナがもう何が何だかわからない、みたいな顔をしているが、何かを思い出したかのように寝ているベッドの下に置かれている荷物を取ろうとする。
しかし起き上がれないので手が届かないのだ。それを見かねてルルが取ってあげているが。
「お姉ちゃんありがとね。その中から大きな紙の巻物を出して欲しいの」
え、それ魔法袋だったのか……高いって聞いてたけど結構みんな持ってるものなのか?
「この袋はね、元々その巻物を入れてた物なの。あ、お姉ちゃんそれ」
ルルが取り出したのは古めかしい巻物。時代劇とかに出てきそうなそんな感じのだ。
それを受け取ったマナは巻物を閉じている紐を解く。
「これが私の村に伝わる武術の秘伝書。正式な名前は無いの。私の〈刻〉は偶然使うことが出来たこの武術の応用みたいなんだ」
「どれどれ……」
ルルが巻物をじっと見つめ、時折唸りながらも読み進めていく。
……巻物って思ったり長いし読み方も分からなきゃめちゃくちゃ訳分からん物なんだな。チラリと見えた限りだとなんかヒエログリフみたいのまで見えたぞ?そんなの読めるのか?
「………これは、凄まじいわね」
「お姉ちゃん読めるの?」
「虫食いされた本を読んでる気分ね。でも概要はわかったわ」
「その文字、帝国の方の古い言葉なんだよ?」
「古い言葉と言っても文字よ。昔いくつかの地域の文字を見たことあるけれど、どこも文字の形は違っても発音は同じだったりするわ。それに、この中にも今使われている文字もあるから文脈から多少は推測出来るの。それでも細かな所はわからないけど」
昔か。多分伯爵家にいた頃の話だな。やたらと本があったから俺もこの世界のことを知るために読み漁っていた時期があった。当時はこの国のことをとにかく知るために本を読んでいたから他国の事とかは無視して居たけど、ルルは他国の本も読んでいたんだな。
というか、普通に他国の文字読んで文脈から内容推察とかしてるけど、この人まだ十四か十五なんだよな……
我が主ながら天才にしてなんとやら。
「でもこれならマナの使う〈刻〉と同等とはいかなくても少し効果は下がるけど身体強化としては機能するだけの物ができるわね。でもまさか本当に存在していたなんて」
まあ火のないところに煙は立たないと地球では言うし、身体強化というものが何かしらの形で存在していたのならば魔法として研究する人も居たのだろう。多分マナの秘伝書はその一例だろうな。
「ルルちゃん、その概要ってどんなのなんですか?」
「そうね……複雑に書かれているけれど、分かりやすくするならば、魔力を自身の身体全体に浸透させて循環させる……かしらね」
「浸透に循環……」
まあそう言われてもわからんよな。俺もわからんし。浸透だと染み込むだから筋肉とかか?でもそもそも魔力って身体中に存在しているんじゃ?
「そう。魔力そのものは目に見えないし、どこにあるのかも不明。感じ方もそれぞれだけど、私は胸の奥にあるんじゃないかって思ってる。現に魔法を発動させる時には胸の奥から魔力が出てくるような気がするし」
「胸の奥ですか……」
循環は何となくわかるんだよな。魔力は魔法陣とかに流し込むから動かし慣れてるし。つまり魔法陣とかの外部に出さないで身体の中だけで動かし続けるってことで良いんだろうな。
「そうね……シャリア、一度魔力の場所の話は忘れましょう。とりあえず浸透についてわかる限り説明するわ。じゃあまずは、シャリア、海綿って知ってる?」
「カイメン?」
「そう、海綿。海の近くの街では産業にもなってるそうよ。水を吸い込みやすく、放出しやすい素材なの。実物まだ持ってたかしら……」
ルルが自身の魔法袋を漁る。海綿はたまに内陸にも流れてくるから見たことはある。
ちなみに海綿はスポンジだ。あれは浸透と言うよりは単に吸収な気もするけど、細かいことはまあ良いだろう。
「あったわ。ちょっと見てて」
手に十セールくらいの薄黄色の海綿を持ったルルが右手で水属性魔法を発動する。
小さな水球が浮かび、ルルの操作で海綿へとぶつかり、吸収されていく。
「浸透というのはこういう感じよ。まさに染み込んでいく。私の解釈では魔力はこんな感じに身体に染み込ませていくの」
「なるほど……、やってみます」
「ええ。多分これはマナを除けばあなたが一番合っているはずだもの。わたしももう少し読み込んでみるわ」
ルルもベッドに戻り、巻物の熟読に入る。
シャリアも目を瞑り、集中しているようだ。
マナはキョロキョロして退屈そう。
そして俺はさっき何か話そうとしていたんだけど……
はて、元の話題はなんだっけ。
…………………うーん、
「あ、そうだ。思い出した」
手をポンと叩き、話さなきゃいけない事を俺は思い出すことに成功したのだった。
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