白雷虎③
「───水無き地に水を、乾いた大地に恵を、万物を受け止め、万物を流し通す奔流よ、一時力を委ねよ、身を任せるままに、跳ね返せ〈
魔法の根源は想像力。
魔法そのものは種類があっても詠唱式句まで種類に対して存在しているわけじゃない。最低限発動させるための句数を超えたならばいつでも発動が出来る。もちろん、水ならば水に対応した単語を組み合わせないとダメだけどね。
中級魔法の発動に必要な句数は平均して五句。さっきも言った想像力で最低限発動出来るだけの句数を作り、私は今追加で二句分多く詠唱した。そのたった二句でも効果は大きく変わるの。さらにその二句を詠唱するときにどんな形状になって欲しいかまで想像すればさらに大きく変化するわ。
例えば私が普段よく使う攻撃魔法の〈光矢〉。これだって普通に詠唱したら長さが三十セール程度の光の矢を作るだけだけど詠唱式句を多くしたりすれば矢の大きさが変わったりするわ。魔法というのは画一化されていない。想像力の前では常に変幻自在なのよ。
だから私が今発動した〈流水瀑〉も本当ならば空中に巨大な水の玉を生成してそれを地面に向けて叩きつけるという単純な魔法なのだけど私が詠唱式句を増やしたことによって今水の玉は玉じゃなくて薄い板みたいに広がっているわ。ちょうど雷虎とシャリアが走り回っている場所に屋根を作るようにね。
「………シャリアッ!後ろに跳びなさいっ!!」
私は大声で叫ぶと同時に地面に向けて構えていた杖を振り下ろす。
シャリアならば私の声にも反応してくれると信じているから。
「グギャガアアアアァァッ!」
雷虎は降り注いだ大量の水を被ったまま蒼雷を纏った。水によって地面は泥沼となり、ほとばしる蒼雷はどうなるのか。簡単よね。
「雷虎が……」
「信じてたわ。シャリア」
「ありがとうございます。でもこれは……」
「昔ヤマトが教えてくれたの。雷が起きる原因と雷とは何かをね。当の本人はその事をすっかり忘れてるみたいだけど」
「どういうことですか?」
「ここで話しても良いんだけど、今は一旦この場を離れましょ。皆で合流して話し合わないと」
「わかりました。ヤマトさんはマナちゃんに任せましょう」
私たちは頷きあって、その場から一気に退散した。
途中でシャリアに左腕の怪我が見つかってしまって責められたけど。止血が甘かったのね。せめてヤマトにばれる前に血だけは止めておかないといけないんだけど、魔力がね……
「……ルルちゃん、どうしてその怪我を隠していたのですか?」
「これはしょうがないのよ。あの魔法を発動させるためには」
「それでもせめて血は止めないと!」
「血を止めなかったからこそあの魔法は使えたのよ。あれだけの威力を持たせられたの。理由は後で説明するから」
「……わかりました」
「早く行くわよ。ここじゃ落ち着いてちゃんと止血も出来ないわ」
私の怪我を見て焦るシャリアを急かして何とか雷虎と戦っていた場所から数百メールは離れないと。
治癒術も万能じゃあ無いわね。発動させるのに必要な最低限の魔力じゃ止血すら満足に出来ないなんて。それとも怪我が大きすぎたのかしらね。
魔力が回復するまでは血もちゃんと止められないけど、何がなんでもヤマトに会う前には血は止めておかないとね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おいおいおい……ルル、なんつーことを」
「お兄ちゃん?」
「マナ、早いところこの場を離れよう。ルルの指示を伝えてくれたのは嬉しいが、あれは危険すぎるぞ」
まさか雷虎に向けて空から大量の水が降ってくるとは思わなかった。そしてさらにその最中を回り込むように彼女が駆け抜けてくるとも思わなかった。少なくとも怪我は無いようだけど……
マナが来る少し前からルルによる魔法での援護が途絶えていたけどあんな魔法の準備をしていたなんてな。俺も魔法を発動させるためのプロセスは詳しくは知らないけどあれだけの魔法ならば相当の魔力が必要なことくらいはわかる。
「弾数はまだまだあるけど真鍮製の弾をかなり袋から取り出さないと手元には無いな……」
マナを通じたルルの伝言は一言、「撃ちまくって」だった。だからとりあえず最初撃ってたフルメタル・ジャケットとホローポイント弾を合計で十数発は撃ち込んだだろうか。鹿とかなら十分すぎるのだけど十数メール以上ある雷虎の巨体だ。下手したら針でちょっと刺されたくらいにしか感じていないのかもしれない。
「どうして真鍮製の弾なの?」
「真鍮製なら電気……つまり雷虎が纏っている蒼雷を通すんだ。ルルのおかげで思い出せた」
「お姉ちゃんの?」
「前にちょっと雷について話したことがあってな。俺はすっかりそのことを忘れていたんだけど」
真鍮は電気を通すのは銅が含まれているからだけど、そのことを思い出せたのはルルが水を雷虎の上から落とすことで痺れさせたからだ。もっと多く真鍮製の弾、つまりフルメタル・ジャケットを撃ち込んでいればもう少しダメージを与えられたのかもしれない……
いや、反省は後だ。今はルルたちと合流するのが先だ。
「お兄ちゃん、こっちだよ」
マナの案内で雷虎の呻き声を背後に聞きながら俺は彼女の案内で森の中を進む。一切迷いなく進むのはありがたいのだけど方向は合ってるのだろうか?
「あ、ヤマトじゃない」
「あれ、ルルか。凄いなマナ、本当に方向合ってたよ」
噂をすればなんとやらじゃないけど道が合ってるのか考えた時にまさか合流出来るなんてな。でも二人とも無事でよかった。シャリアも雷虎の周りを駆け回ってる時にできたであろうかすり傷程度、ルルは魔力の使いすぎか体調が少し悪そうだけどパッと見無傷だな。マナも見てのように怪我はない。
「よかった。みんな怪我は少ないみたいだな」
「はい。でも傷はそんなに与えられてません」
「私も蒼雷のせいで攻撃出来てないんだ……お兄ちゃんとお姉ちゃんの遠くからの攻撃しか雷虎には入ってないよ」
「私はさっきの魔法で魔力をほぼ使い切っちゃったわ。だから少し休まないと……」
「お姉ちゃん大丈夫?」
「大丈夫よ。でも落ち着いて休みたいわね休みたいわね。もう少し遠くに行きましょ」
「そうですね……まだ雷虎はあの場に留まっているようですから先程隠れた場所に戻りましょう」
さっき隠れた場所っていうのは多分ダルクとも会う前に隠れた場所だろうか。でも雷虎があの場に居てくれるのはありがたすぎる。
雷虎には水をかけ地面を泥沼のようにした。それによって自身が放っている蒼雷で感電したっていうのが今雷虎があの場から動かない理由だと思っているが、何か違和感がある。これは別に何か変なところがという訳でもなくて単純な勘だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここまで来れば……なんとか大丈夫でしょうね」
「お姉ちゃんは休んでて。魔法が使えるようになるまで私が周りを見張るから」
後ろを振り向き多少魔力も回復したのかさっきも使った身を隠す魔法を行使しようとするルルをマナが止める。マナが止めなかったら俺が止めようと思ってたところだ。だって今のルルはまるで〈聖盾〉を使った直後みたいに疲弊しているから。
「ルルは休んでて欲しいところだけど、まずは何があったかを説明してくれ」
「わかった。やったことは単純よ。雷虎が纏っていた蒼雷、あれを使って雷虎自身を感電させたの」
「なるほどね。でもよく思いついたな」
「思いついたというよりは思い出したに近いわね。何年前かしら……故郷に大きな嵐が来たことあったでしょう。その時に話してくれた事よ」
大きな嵐……ああ、俺がこの世界に来て三年目くらいの時の大嵐か。この世界での故郷であるフーレン伯爵家領はそこまでの被害を受けなかったのだが、近隣の領地では大きな被害を受けたところもあった。その時に雷を怖がっていたルルに話したことがあったんだ。この世界ではまだ解明されていない雷のメカニズムと水と電気の関係を。
俺は別に専門じゃ無いから教えられたのはせいぜい小学生レベルもいい所だけどルルはそれをしっかりと覚えていて実戦で使えるまでにしたのだ。
「ルルちゃん、どういうことですか?」
「雷虎の蒼雷は雨が降る時に鳴る雷と同じものよ。多分発生の原理まで同じね」
「原理?」
「ヤマトから聞いた事全部話すと本当に日が暮れちゃうから無くすけど要は雷虎が蒼雷を生み出している方法と雷が起きる方法は同じってことだけわかってて。で、私がやったのは水を使って雷で感電させたこと。水は雷を通すのよ」
「そうなんですね……だから地面を柔らかくしたんですか?」
「あれは単に水を受け止めるための器みたいなものよ。運良く泥沼みたいに変化したけど。でもおかげで今頃泥沼に足を取られて動けないんじゃないかしら」
「運がよかったって言うには出来すぎてますね……」
「本当にね。予想外よ」
ルルは真顔で言い切ったけどこれは本当に出来すぎていると思う。多分ルルは狙ったな。だって笑ってるし。シャリアもマナも疲労で気づいてないみたいだが。
「ねえお姉ちゃん、魔力が回復するまでどれくらい掛かりそう?」
「そうね……あと三十分は欲しいけど、魔法がまともに使える程度であれば十五分くらいかしら」
「わかった」
「でも最低限だからさっきみたいに大きな中級魔法は無理よ」
「うん。ねえ、もう一つ聞いてもいい?」
「何かしら?」
「さっき休憩した時に魔法が何かみたいのは聞いたけど、魔力に関しては全部聞いてないの」
「あら、じゃあ改めて説明しなきゃね。どうせここからしばらく動けないし」
ルルは僅かに回復した魔力を使って周囲に光属性の結界を展開する。そのせいでまた顔色が悪くなったのだけど……
こうして、ルルによる魔法ならぬ魔力講座は再開するのだった。
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