白雷虎②

「……さすがシャリアだな。あのすばやい雷虎の動きをずっと避けている」


 マナは避けるだけで精一杯のようで、シャリアは避けつつも観察をしているようにこっからだと見える。でもいかんせん双方共に動きが早くて援護しようにも難しい状態だ。


 でもなんか不思議だ。

 この雷虎、いや多分雷虎全体に言えるだろうがその名の通り雷を使うことは当然なのだけどこの個体は一度も攻撃に雷を用いていないのだ。

 それにさっき数発だけ入れた狙撃でもなんか手応えが違った。明確に傷をつけたと言うよりは埋まったに近いような。貫通もせず、ただ小さな穴が空いただけだ。

 シャリアが雷虎の周囲を駆けながらも時折その手の短剣で小さな切り傷を入れていく戦闘音を聞きながら俺は思考を巡らせる。ルルには今も援護に回ってもらっている。


 さっきのシャリアの蹴りもそうだ。

 鈍い音が響いたが、見たところ何か柔らかい物に当たったような感じだった。彼女の蹴った場所は頭部。脳を守るためには硬いか、それ相応の量の筋肉で守らなきゃいけないところだがそれでも柔らかいと?少なくとも資料で読んだ雷虎についての情報は雷虎は背中を覆うようには甲殻があるらしい。ならば狙うは脚か首。でも動きが早すぎる。ルルは速度の速い初級魔法を連射して魔力消費を抑え手数を増やしている。

 手持ちの弾もまだまだ余裕はあるが、ここまで雷虎に撃ち込んでいたのはフルメタル・ジャケット。真鍮被覆の弾だ。もう一つの手持ちはホローポイント。これは元は狩猟用として開発され、先端がすり鉢状に窪んでいる弾だ。人体なんかに命中すれば先端がキノコ状に開き、径が大きくなった先端が効率的に衝撃を伝えて目標に大きなダメージを与えることが出来る。

 似たようなものでソフトポイントというのがあるが、こちらは警察なんかが使ってる弾だな。先端が鉛だけで出来ていて、撃ち込んだときに目標内部で破砕したりする。それによって貫通力が低い代わりに大きなダメージを与えることが出来る。

 ホローポイントを撃っても良いが、そもそも体内に撃ち込めるかが問題だ。今までは貫通力を重視してフルメタル・ジャケットを使っていたけどホローポイントは貫通力が落ちるのでもしかしたら皮膚で防がれることもある。でもさっき撃ち込んだ首あたりは柔らかそうだから可能だろう。あとは脚。脚へは撃ち込んでないからまだ何とも言えないが多分甲殻とかでは覆われていないから撃ち込んでも普通に弾は入るはずだ。


「あとちょっと……あとちょっとだけ近くに来い」


 俺は既にホローポイントを装填して構えている。雷虎の動きを目で追いながら銃身を固定していつでも撃てるようにする。動く的を狙う射的をやっているようだけどその目標は時速百キロに迫るであろう俊足の獣。弓矢と違って銃は弾速が早いから目の前に一瞬でも居れば当たる可能性は高い。ただし外れた時は動き回るシャリアに当たる可能性もある。

 

 右、左、跳躍して噛みつき。

 シャリアが雷虎の脇を駆け抜けたりすることで雷虎の動きをいくらか抑えているというのもあるだろう。雷虎自身の動きも単純なものに抑えられている。それでも与えられた傷は多くない。

 その時だった。


「───〈小地裂テラ・クレベス〉!」

「グォッ!?」


 よっしゃ!ルルの魔法で雷虎の足が取られた!

 素早く動く雷虎は跳躍を織り交ぜた動きをしてくるが、大半は地面を滑るように低い体勢で駆け回っている。そんな中いきなり地面が小さく割れ、そこに下ろすはずの足が取られたのだ。

 

 そんな大きい隙を見逃すほど俺は緩んじゃいない。足を取られて転び、地面を藻掻く雷虎にシャリアが顔に向け蹴りをぶち込んでいる時に俺は後脚に向けて発砲する。

 引き金を引いては装填し、引き金を引いては装填する。空薬莢が地面に散らばっていく。それでも繰り返し、白い毛の中に弾が飛び込んでいく。

 

 ほんのわずかに雷虎の血が見えたような気がした時には既に起き上がり、俺はその場を離れ、雷虎も立ち上がっていた。

 たった六発。それが雷虎が転んでいる間に撃ち込めた弾数だ。それでも撃ち込んだのはホローポイント。体内では既に弾頭が広がり、筋肉を傷つけている。しかも雷虎のを生み出している後脚だ。後脚の中でもいくらかバラけるようには撃ち込んだから動けば動くほど筋肉を傷つけ、内側から破壊していくのだ。

 本当ならアーマーピアシングとか弾頭をガラスなどにした毒液弾なんかも作っておきたかったのだけどこの調査には間に合わなかった。でもこんな巨体を持つ魔物に毒なんて効くのかもわからないな。デカすぎてすぐに分解してしまうかも。それでも柔軟に動くはずの筋肉に異物を入れられたらいくらかは効果があるだろう……


「あの蒼雷が静電気だとするならそれを生み出す毛は帯電しててもおかしくないけど、どうやってそれを維持して、さらには放出しているんだ?」


 たった今あの激しい動きを抑制できないかと弾丸を撃ち込んだのだけど。

 激しい動きをすることにより毛が擦れ、電気も生み出す。抑制すれば帯電することも無くなるわけだ。その仮説を検証したいのだけど一向に雷虎の動きが止まることは無い。ましてや遅くなったとも思えないのだ。それに心無しか少しずつ雷虎の纏う蒼雷の量が増えてきている気もするのだ。


「───〈柔化地フレキシー・アース〉!」


 なんだその魔法?俺たちが雷虎と戦っている所は開けている訳では無いがそこまで木が密集している訳でもない場所。シャリアが縦横無尽に走り回り、雷虎がそれに合わせて動き回ってなおかつ俺やルルが隠れていられるだけの障害物はあるような空間だ。そして今の魔法。モコモコと地面が盛り上がってくる。丁度今は雷虎の真下辺りだ。見たところ何やら地面がフカフカで農業やるなら丁度よさそうだ……ってでもなんでだ?

 でもそのおかげで雷虎の動きが少しだけ鈍くなったか?


 そうか、なるほど。地面が柔らかくなったことで走る時に足に力を込めてもそれが上手く伝わってないんだ。地面が雷虎が走る度にどんどん掘り返されていっている。でもこれじゃあシャリアも同じようになるぞ?

 ………そういえばいつの間にか居なくなってるけど、マナはどこに?



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「マナ、雷虎はどんな感じ?」

「………速度は落ちたよ。シャリアお姉ちゃんの攻撃も少しだけ多く当たるようになってる」

「ありがとう」


 ルルお姉ちゃんと短く言葉を交わす。

 お姉ちゃんは今目をつぶって集中している。大きな魔法を使うために。その間は私が目。

 雷虎が蒼雷を纏っている間は私はどんなに願っても戦えない。だって鉄で出来た剣だから。さっきはまだその事がわからなくて駆け出しちゃったけど、雷虎を斬ったとき手に何かピリッと来た。今まではそんなこと一度もなかったから多分原因は雷虎。それで他の魔物とどう違うかと言われたらあの蒼雷としか言いようがない。

 シャリアお姉ちゃんが持ってる剣は鉄じゃないから蒼雷は感じないのかも。私の故郷の村では雷に打たれて死ぬ人が居たの。その人は鉄製の鍬を持ってたから。多分同じように鉄の剣を持ってる私は同じように蒼雷に打たれて死にかねないの。私は死にたくないもの。ルルお姉ちゃんは「この魔法で何とかなるかも」って言ってたから、それまで私は待つの。


「……マナ、この前村で雷に打たれて死んだ人の話をしてくれたわね?」

「うん。でも何かあった?」

「いいえ。でもその日の天気を覚えてたら教えてくれない?」

「天気?えーっと……確か、雨が降ってたような……」

「雨ね。ありがとう」


 お姉ちゃん?なんで天気なんて聞いたんだろう?



 ふふっマナも不思議そうね。でも必要なことなのよ。この蒼雷の攻略法は実はもうわかってるの。何とかしてこのことをみんなに伝えたいのだけど、そのためにはまず雷虎の動きを止めなきゃいけないからね。そのためにまず地面を柔らかくしたわ。次にこの魔法を使うの。そうすればせめて私含めた全員が一旦この場から離れるだけの時間は生み出せるはずよ。


「マナ、ここから丁度反対側にヤマトがいるわ。ほら、今雷虎を撃っているのがわかるでしょう?伝言を頼みたいの」

「何?」

「『とにかく撃ちまくって』って。お願いね」

「任せて、お姉ちゃん」


 マナちゃん、お願いね。

 まだまだ準備に時間が掛かるから。もっと魔力を集めないと。この魔法には相当の魔力が必要よ。大きな魔法を扱うためには自分の中にある魔力を集めて、外の魔力に干渉させなきゃいけないもの。

 そういえばヤマトは前に魔法の発動を馬車に例えていたわね。外の魔力に自分の魔力で干渉することを御者に、外の魔力が馬の餌で魔法自体を馬と馬車に。だって馬車は御者が居ないと動けないし、馬だって餌が無いと動けないもの。魔法だって同じ。発動するためには魔法を動かすための自分と自身の魔力、魔力を使って馬という魔法に餌という外の魔力を食べさせる。言い得て妙よね。


「ふぅー………」


 細く息を吐き、私は杖の魔石側の先端を雷虎がいる方へと向ける。杖を握る力を強くし、目をつぶると


 まずは世界からプッツリと音が消え、


 次に森特有の香りも消えた。


 そうして今ここに私の集中は極限に達した。



「スゥー………」


 そっと息を吸い、目を開けると、その次に世界からは色が消えていた。

 そこは白と黒だけだった。日向は白。日陰は黒の濃淡で表現されたまるで絵のような世界だったその中で何かが川のように流れている、色の無い世界で唯一色を持ち薄く光る糸のようなものが見える。


 これがなんなのか私にはわかる。昔一度だけ見えたことがあるから。


 このとき私は自分の胸の奥から一本の糸が伸び、手を伝って杖へと渡り、魔石へと通じるのを感じた。

 さらには光の糸と魔石がまるで引かれ合うように繋がり、私の身体はその膨大な魔力に押される。まるで大きな川の中にいるような感覚ね。例えるならば魔力の奔流。その中に立っているの。


「くっ……これが、混じり気のない純粋な魔力なの……?」


 白黒の世界で今やハッキリと光り輝くその細い糸は私の持つ杖と完全に繋がり、私へと魔力を流し込み続けている。

 普段生きていれば知ることも無いこの感じ。一度感じし、見た私だからこそ到れる場所。と繋がるということ。


「はぁ…はぁ………でも、やれば出来るものね」


 前にこうなったのはヤマトがお父様と剣術の訓練をしていた時だっけ。あの時、お父様の手元が狂ってヤマトの腕を大きく斬り裂いちゃったの。その時私はそれを目の前で見ていて、顔に彼の血が飛んできたのも覚えてる。

 でもそのあとのことは朧気にしか覚えてないの。ハッキリとわかるのは腕に大きな傷を負って倒れ込む彼に駆け寄って当時の私が使える限界までの光属性魔法の治癒術を使ったところまでね。そこからは途切れ途切れ。

 とても疲れたり、痛かったり、泣きたかったり。そうしてまるで本のページみたいにバラバラだけど今と同じ目の前が白黒の世界に変貌して私に大量の魔力が流れ込んできた……ってところでもう記憶は切れてるの。そのあとのことは全く覚えてなくて、その次の記憶は腕に包帯を巻いたヤマトが私のベッドの脇で寝ていたこと。お父様は「ずっと看病してくれていた」って。


 それ以来この白黒の世界へは一度も行けたことは無い。でもお父様やその状況を見ていたメイドなんかに話を聞いてその時の私の様子を覚えているだけ教えてもらったの。それからずっと考察を重ねて、何度も何度も実験をしてようやくこの白黒の世界への入り方がわかったわ。

 鍵は極限の集中だった。それも切羽詰まった状況ね。


 その切羽詰まった状況という条件も満たせてるわ。

 ヤマトやマナの前では何とか隠せてたけど今の私は額に玉のような汗が浮かんでいるはず。それもそうよね。さっき雷虎が自身の周囲に向けて放った蒼雷が掠ったのだから。それのせいで左腕の前腕部が大きく火傷になっているの。龍の翼膜で出来たローブを着ていても、龍の鱗で出来た防具を付けていても完全には防げるわけじゃ無いからね。

 杖を持っているのは右腕だから魔法の行使には問題ないけど、それでも痛みは常に来るわ。でもそれが無いと今の状況には至れない。そしてこの状況でないとあの雷虎をどうにかすることはできない。

 だから今は最低限止血をして魔法の発動を優先する。だって私が雷虎の元へと行きたいって言ったんだから。


「だからっ、私は……っ!────水無き地に水を!」

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