衝突!自称勇者対黒曜氏
「おやおやおやおや……」
俺は奴の姿が目に入る時既に、昔とある事件の時に作った仮面を付けていた。なんというか、あいつ相手に素顔は晒したくないからだ。ずっと魔法袋の奥に入れっぱなしだったけど壊れてなくて良かった。でもこの仮面を被る以上、ちゃんと演技はしなきゃな。
「はっはっはっ!黒曜氏と言ったか?くだらない。素顔も見せないなんてね。この僕の様な美しさが無いからだろう?ならばここで手を引くことだ。なに、心配することは無いさ。この僕、勇者が彼女たちを幸せにしてあげよう」
うわ何こいつ。気持ちわり。
俺は仮面の下で顔をゆがめる。仮面自体は黒塗りで縦に青の線が一本入っているだけのデザインで、口元すらも見えないからバレてないだろう。
「ふむ、そう言うということはあなたはどうやら〈黄金の鍵〉とやらのようですね。自らに逆らう者には嫌らしい方法で嵌める。おそらく、嵌められたのはあなた自身に逆らったと言うよりも女性関係なんでしょう。全く、くだらない」
「貴様……好き勝手言わせておけば……この僕に逆らうのか!」
「逆らう?いえ、事実でしょう?」
だんだん他の口調が出てきたな。最初の勇者口調。チャラ男っぽい口調。今の口調。どれだかわからないけど、でもその口調……もしかしてどこかの没落貴族とかか?うーん、わからないけどとりあえず演技は続けなきゃな。
俺はゆっくりと歩き回りながら奴の前へ回る。
「全く、そっくりだよ」
俺は過去のことを少しだけ思い出して独り言ちる。
「そっくり?ふんっ、ならば名乗らせてもらおう。僕はアーマ。いずれ勇者の名を持つであろうアーマだ!そうだ。〈黄金の鍵〉は僕のパーティーだ。彼女たちは僕の力と美しさで勝ち取ったものだ!貴様が何か言うことは出来ないはずだが?」
なるほど。頭はおかしいけど多少は会話ができるようだ。でもなんでいきなり名乗ったんだ?それにアーマだと?こいつどこかで……
あ、くそっ。大当たりか。……おっと、演技演技。
「聞いてもいないことを答えていただき恐悦至極。ですが……」
「なんだ?」
「いえ、話が通じるようで何より。しかしこの私、過去にあなたのような下衆にも劣る屑に会ったことがあったのでね。いやはや、口調からしてそっくりだ。全く、同一人物なんじゃないかと思いましたよ。例えば……『美しさ』と連呼する当たりなど」
あれは確か、フーレン伯爵家領都フーレニアが滅ぼされる一年ほど前の事か。
確か、あの事件は没落した貴族の一人息子が自分の失ったはずの権力を用いて多くの女性を騙して、金を得ていた。要は詐欺師だが、その裏で人道に反する実験をしていた。内容は思い出すのもおぞましいが、もはやあの一件を経てしまった以上それさえも小さなことだ。
「ここで一つ昔話をしよう。なに、君とそっくりな人間の話だ。君も、参考にしたいんじゃないかな?」
「……聞こう」
おっと、ちょっと間違えたな。警戒し始めた。でも、面白くなってきた。久々だからな、この黒曜氏は。地球で見たとあるアニメのキャラを参考にしたものだけど楽しいぞこれ。
「とある街にとある青年が居た。彼は没落した貴族であったが、その事を隠し街で女性相手に金を貢がせていた。奴は見た目だけは良かったからな。どういう方法で貢がせたかまでは言わないでおこう。でも、君のようにやたらと女性を連れていたことは間違いない。そして、自分に対して金を出さなかったもの、貢がなかった者は嵌め殺していた事も。まるでそっくりだ。そうですね?アーマ・グレイスト元子爵家次男殿?」
「ど、どこでその名を!?」
「いえいえ、伝で知ったまで。まさかやることなす事兄と同じとはね。ですが兄ほど酷くは無いのでいくらかは減刑してもらえるでしょうね」
「ぼ、僕は違う!あんなのとは僕は違う!」
「もうその時点で自分だと名乗っているようなものですね」
うわー、安い推理小説の犯人かっての。反応がまんまモブの犯人じゃん。
まったく、こんなのは俺のキャラじゃないんだ。そもそも、元はガルマさんにやらされたからこんな演技が出来るようになっちゃったんだ。グレイスト家め。実際今は楽しいけども。
あの家には色々とガルマさんも手を焼いてたけどなんで推理パートだけ従者の俺なんだよ。よっぽどバナークさんの方が良いだろうに。でもノリノリで当時オレもやってたからな。何も言えないわ。
「ぼ、僕は違うんだ!何を根拠にそんなことを!」
「あなたの態度ですよ。猿でも分かります」
なんかもう面倒くさくなってきたな。最初はルルたちに手を出す不埒者を成敗するつもりで始めた演技だったけどその対象がかつてあった事件の弟でそいつも兄と似たようなことしてるってどんな確率だよ。しかもそいつだってなんか変なやつだったし。〈黄金の鍵〉って名乗ってるけど実際どうなんだろうか。でもこいつはそれなりに強いらしいし変に舐めるのは危険か。でも出来れば戦闘はしない方向で───
「そうかそうか……貴様がそういうのならこちらも相応の対応を取らせてもらおう。決闘だ!」
───あ〜、無理そうですね。剣抜いちゃったし。この時点であいつはもうダメだ。
「ふん、いくら貴様がなんと言おうと僕が人を殺した証拠はない!ならば貴様が僕にとやかく言うことは出来ないはずだ」
「確かに、証拠はありません。ええ、物理的には。しかし、あなたの名前が証明していますが?」
「僕は今はアーマだ!どこぞの家とは関係が無い!よし、ならば決闘の報酬を決めよう。僕は彼女たちを要求させてもらおう!」
「ほう。何があろうとそれは認められませんがねぇ……では私からは──」
まったく、ルルたちの身柄だと?そんなのに値するのは決まっている。
「あなたの身柄を要求しましょう。私が勝ったのならばわたしと共に憲兵の元へ行っていただきます。この国の憲兵、特にこのような土地であればさぞ優秀でしょうから。公正に裁いていただけるでしょう」
「……良いだろう。ならば付いてこい。裏手に広場があるのでな。そこで行うとしよう」
おお、こいつただの屑かと思ってたけど決闘とかに関してはしっかりしている。やはり貴族なのかもしれないな。
ここで、この国の決闘について説明しておこう。ルールとしては同数対同数が基本だ。1対1でも2対2でも良いが、余程の場合出ない限り同数同士が戦う。次に、相手を殺してはならない。血が出るのは仕方がないが、命までは失われてはならないのだ。これは決闘であって戦争では無いからだ。他にもローカルルールのようなものはあるのだけどそれまで含めるとそもそも決闘が出来なくなってしまうので割愛する。
最後に報酬だが、これに関してはかなり自由だ。あくまでも双方が白黒付けるために行うものなので、対等のものでなくとも良い。今回ならばルルたち三人の身柄と奴の身柄になる。決めた段階で奴は報酬の内容に口出しすることは出来るのだけど、それをしなかったということは余程の自信があるんだろうな。あとは立会人とかもあるのだけどそれは今は必要無さそうだ。なんせ、この場には数百人規模でハンターが居るんだからな。
それにしても、前にもこんなことあったよな。確かあの時は単に絡まれただけだったけど。
「決闘は一度のみ!殺してはならぬ。これで良いな!」
「ええ。ですが、あなたにもそのようなことを言える心が残っていたのですね」
「ふんっ」
「では、始めましょうか」
移動した俺はそっと背から銃を外し、やつに向けて構える。剣は魔法袋にしまいっぱなしだ。ここで使う気は全く無い。
ここは拠点の裏にある広場で、ギルドの訓練所みたいに闘技場みたいになってるわけじゃない。完全に野ざらしだ。でもまるで会場を作るかのようにハンターたちが取り囲んでいるから逃げることは出来ない。もっとも、逃げるつもりなんて無いけど。
「ほう?貴様、魔法士か。良いだろう。僕の聖剣の錆にしてくれる!」
両手持ちの聖剣とやらを抜いてこちらに向けて踏み込んでくる。遠巻きにしか見れないけどあまり使い込まれて無さそうだ。装飾華美な奴ほど脆いからな。多分根元狙えば一撃で折れるようなものだろ。
奴は数十メール程距離を開けて立っていたが、その距離をかなりの速さで突っ込んでくる。剣は変でもどうやら紫タグなのは伊達じゃ無いらしい。紫タグと言えどもピンからキリまでいるからな。こいつ自身がどれくらいの実力かわからなきゃどうも出来ない。
少なくとも俺も相手も我流剣術じゃないから対応が出来ないなんてことは無いしそもそも俺は銃だ。卑怯じゃないぞ。俺の主武器を使うだけだ。そもそも俺は後ろから援護するのが仕事なんだ。
「かなり大ぶりですが鋭い。良い腕です」
この演技をする以上余裕があるっぽくしておかないといけないのが難点だ。でもまだ修行時代のガルマさんの剣に比べたら遅い。避けることくらいは簡単だ。あくまでも避けることだ。
「よっ、ほっ」
「なぜ当たらん!」
右からの袈裟斬りに逆袈裟。突きに切り上げ。
両手剣で良くもまあそこまで軽快に動けるものだと思う。でもなんか鍔の辺りに何やら仕込んでそうだ。
「当たらない理由はただ一つ。私が避けているからです。逆に言えばあなたの剣は簡単に避けれるほどに遅い。傍目からは鋭くとも、遅い」
「貴様!この僕の剣が弱いと言うか!」
「そうとは言っていませんが……」
良い腕とは言ったがな。でもこの剣を避けていると明らかにダンさんの方が強い気がするんだよな。それとも武器の違いなのかな。
「はあっ!!」
「おっと」
見事な唐竹割り。武器に纏わせるタイプの付与はされてないから衝撃波とかは気にする必要が無い。もし風属性系の付与があればあの一撃で俺は飛ばされていただろうし火属性系の付与ならばまるで炎の鞭のようになって燃やされていたかもしれない。
「どうした!何もしてこないのか!」
「いえいえ。先程も言ったように私は後衛。援護が仕事なのでね」
避けることは出来てもそれしか出来ない。本当に今はそれだけだ。仮に剣を振るって応戦出来てもすぐに負けてしまいそうだ。一応この国の騎士剣術とガルマさんの我流剣術は修めているし、それは魔物にも通用するレベルけどこいつ相手にできるとは思えない。何よりも俺自身の速さが足りないからだ。
「だから、こうするんですよ」
避け続けながら何とかタイミングを見つけ、俺はやつに向け引き金を引いた。
演技を続けながらタイミングを見つけるのはなかなか難しかったが、何とか持ちこたえたな。
「なっ……何を、した!」
奴は右足からダラダラと血を流し、呻きながらこちらを睨む。
俺、人とやり合うと必ず足ばっか撃ってるな。前とまったく絵面が同じだよ。
「言ったはずです。私は後衛。その上で遠くから攻撃するならば弓でしょう。別にこの決闘で剣以外の武具を使ってはいけないとはありませんからね。それに従って私は遠くより攻撃したまでです」
「貴様……卑怯だぞ」
「何を仰る。決闘という神聖な行為でさえ、武具の使用は当人たちに委ねられています。それではあなたは拳で戦う相手に同じように拳で挑むのですか?」
「僕は勇者。剣士だ。そのような……自らを貶めるようなことはしない!」
「同じことです。私は弓、あなたは剣。自らの誇りにかけて自らの武具で戦った。それ以外の何かがありましょう?そもそも、私はあなたによれば美しく無いようなのでね。このような手も使うのですよ」
まあ本心を言うと剣では勝てないかもしれないからだ。確かに俺の武器は剣と銃で、奴は剣一本。弓よりも速く、威力も高いのだから実の所卑怯と言われても否定はできない。
「くっ……しかし───」
「そこまでだ!」
何かを言おうとしていたが、それは俺の後方。この場に来たとある人物によって遮られた。
「紫タグハンター、アーマ。本名、アーマ・グレイスト、貴様を誘拐、詐欺、殺人、名誉毀損の罪状で拘束させてもらおう」
そこには煌びやかな銀色の鎧に赤いマントに身を包んだ厳つい顔の男性が立っていた。
「あ、あんたは──」
俺は演技も忘れて思わず声を漏らす。その男を知っていたからだ。
「騎士だ!」
「あの銀色、間違いない!」
「なんでこんな所に?」
「しかも胸とマントのあの紋様って」
ギャラリーたちがざわめく中、男はゆったりと歩いてくる。
その男、騎士の胸とマントには盾に白い薔薇の紋様が描かれていた。それはこの国の王族に近しいものの紋様でありそれを持つのは……
「まさか近衛騎士団か」
騎士は俺の脇を通る時に何かをポケットに入れ、そのまま奴の元へ向かっていった。そして地面に横たわり足から血を流し続ける奴の襟を掴んで持ち上げた。犯罪者には情けはいらないということだろう。だが奴にはそれくらいじゃないとな。
「な、何を!」
「この数年、貴様の行方を探していたがまさか顔を変えてハンターとして生きていたとはな。ましてや兄弟揃って同じこととは。陛下はあの時貴様の命だけは温情で見逃したが、もはやこれでは陛下も決断なされるだろう。───ここからは私個人の言だが……」
騎士はここで一旦言葉を止め、奴の目をしっかりと見据えた。
「お前のやったことはハンターである彼らへの侮辱だ!この国の兵士と勝るとも劣らない戦士だ!お前の所業は……万死に値する!」
さっすが、元黒タグのハンターだよ。元特級で、ハンター業を怪我で退いて何年も経つはずなのにあの気迫。前にガルマさんの伝手で一度だけ模擬戦をしてくれたのだけど、手も足も出なかった。そして理解した。あの高みにたどり着くまでにどれほどの修練を積んだのかも。
「それでは、騎士様。身柄はお任せしますよ」
「うむ。我が国の騎士団の名にかけてこ奴は王都まで連れ帰りましょう」
「そうです。二つほどお願いが」
「聞こう」
「一つはこれの仲間の女性たちです。おそらく無理やり従わされていたようなので保護をお願いします。憲兵などに預けていただければ良いでしょう。また彼女らの仲間が多数殺されているか、奴隷落ちになっているはずです」
「なんと……了解した。至急、捜索をさせよう」
「ありがとうございます。あともう一つですが……『雨の日。ネリネ。ヴィブラシア』と」
「………了解だ。四ヶ月後、王都にて行われるのだ。待っておられるのだぞ」
「ええ。見に行きます」
「そうか……では、我はこれで」
「ええ。よろしくお願いします」
俺と騎士は小声での会話を終え、また演技をする。
そうして、引きずられて退場した奴の悲鳴が街には響いていたとか。
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