喫茶店

 エルフの少女……エルフィッカと別れたあと俺は街に戻り、大通りにある小洒落た喫茶店に居た。

 通りに面したテラス席に座り、手元には白い陶器のカップに入ったコーヒーが。


「ふいーっ……こっちの世界にもコーヒーがあるなんてな。ま、名前は違ったけど味はまんまコーヒーだからな。でもやっぱり値段が紅茶よりも高いのは輸入しているからなのかな」


 コーヒーというのは基本的には暖かい地域に育つ植物の種を焙煎し、引いたもの……というのは常識だが、地球ではもう品種改良などで様々な国で作られるようになっているからか値段も手頃になっている。しかし、かつては赤道付近でしか育たないとされ、アフリカから中東に広まったという歴史があったはずだ。薬としても使われ、健康にも良いとかどうとか……ってのが俺が知っているコーヒーの知識なのだけどこちらでもそれが同じなのかはわからない。でも美味しいから問題ないかな。


 俺はコーヒーには砂糖はあまり入れないでミルクを入れるタイプなのだけどやはりここは中世文明の世界。砂糖は貴重品でミルクも鮮度の関係で長距離は運べないらしい。魔法という便利チートもあるが、仮に氷を作って冷やしても数時間で溶けてしまうし、何より物を冷やすためだけに魔法士を雇うのは採算が合わないからだそうだ。

 だから俺は少量のミルクを買い、中に注ぐ。コーヒーに注ぐ程度であればあまり高くはないので気にはしない。


「お待たせしました。サンドイッチとスープになります」


 注文していた軽食が到着した。この喫茶店は普通の食堂とかと同じ通りにあるのだが、少しお高めな所なので出てくるものも少し良さげだ。

 サンドイッチはさすがに白パンという訳じゃないが、全粒粉を使っているようで、パンより薄いナンみたいな……


「上手いなこれ、ソースがピリっと来てこれはなかなか……」


 パンはナンというよりはトルティーヤに近い気もするものだった。でも多少柔らかい食感だったからナンでも良いのだろうか?

 具材は細切りにされた野菜と焼いた鳥肉っぽいものだ。野菜は甘みが強く、イメージとしては臭みがない細切りにんじんと言った感じだろうか。それにレタスのような葉物野菜に焼いた鳥肉にソースが掛かっている。美味いから持ち帰れるか聞いてみよ。

 

「胡椒とかのスパイスがないのにここまで味があるとは……いや、スパイスが高いからだろうな。煮込むのを繰り返して味を引き出しているのか」


 スープはメインは玉ねぎと細かく切られたジャガイモのような野菜で、ポトフに近いものだ。

 こちらは野菜そのものの味が出ていて、キャンプとかで食っても美味そうだな。今度野菜を買って作ってみよう。


 

 おや、後ろの席にも人が来たようだな。仕方ない、孤独の○ルメごっこは終わりだ。


 チラリと覗くとさっき会ったエルフィッカと同じローブを着ているようだ。確かにこの街の王立学院は魔法も教えてるみたいだけど……魔法と言ったらローブみたいなイメージあるよな?別にマントでもいい気が……って某有名魔法使いの影響受けてるな……俺。


 どうやら、学院の生徒三人でお茶をしに来たようだ。普通なら話を聞かないように席を離れたりするのだろうけどまだ目の前にはサンドイッチがもう一切れとスープが半分、コーヒーも残っている。仕方ない、聞かなかったことにしよう。


「──でね?今日このあとまた魔法の実習なんだってさ。めんどくさいよねー。私あの教師嫌いなのよ。それに聞いた話だとなんか例の落ちこぼれが参加するんだって」


 落ちこぼれ……ねぇ。おそらくも何もさっきのエルフィッカのことだろう。

 でもいきなり授業に参加するなんてな。自信がついたのかわからないけどいいことかな。


「へぇー。そういえばさ、この前言ってた人って見つかったの?」


 いきなり話が変わったな。女性ってなんかそういうことよくあるよね。


「いいえ、まだ見つかってませんわ」



「その人ってもう二、三年くらい経ってるんでしょ?さすがにもう死んでるんじゃ……」


 なんだか不穏な会話だぞ?


「そんな事ありませんわ!あの人はまだ生きてます!絶対に!」


 ダンッとテーブルを叩いて叫んだようだ。ものすごい剣幕だな。その「あの人」とやらは大切な人のようだ。


「ご、ごめんね。そこまで怒るとは思わなくって……」


「いいですわ、別にもう何度もそう言われましたもの。でも、あの人は確実に生きてて、また私の前に現れますわ。必ず、約束がありますもの。話せたのも、会えたのもほんの数時間だけでしたけど私にとっては人生を変えた人なのですわ」


 生き別れた人なのか、それとも婚約者とかかな?その人が生きてる死んでるに関わらずまだ見つかってないと。まだ若いのに大変だな。


「卒業まであと三年、王立大学院を卒業するのに二年。五年後には私は晴れて自由の身ですわ。その時には私は自らの足であの人を探しますわ。絶対に見つけますの」


 なるほどね。どうやら本当に大切な人のようだ。なら応援の意味も込めて彼女らのお代くらいは払っておいてあげよう。

 カッコつけたいのもあるけど前からやってみたかったしな。


 俺は支払いを終え、店の外に出る。涼しい風が吹く。そろそろまた暖かめな服が必要になりそうだな。


「さてと、そろそろルル達のところに戻るかね。なんともまあ濃密な一日だったよ」


 俺は朝に比べて予想したよりもだいぶ軽くなった財布をポケットに入れながら今日泊まる宿に向かうのだった。

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