旅立ち 前日編 〜宴会〜

 転がる酒瓶、うるさく聞こえる男歌。そしてちらほら見える倒れふす影。


 言ってしまえば宴会だ。何人か倒れているが、これは誰がなんと言おうと宴会である。


 ……なぜこんなふうになったのだろうか。





 時は数時間前に遡る。


「宴会じゃあああぁぁぁっ!!」


 街中で誰かがいきなりそう叫んだのだ。なんの前触れもなかったからあと少しでここ数ヶ月の間お世話になった宿屋の部屋を片付けていた俺達はダッシュで外に出たのだ。


 もちろん何か事件でもあったのかと思ったのだ。しかし聞こえてきたのは「宴会じゃあああぁぁぁっ!!」の声。

 俺達は半ば呆れながら部屋に戻ろうとしたのだがその時、誰かに肩を掴まれたのだ。俺だけではない。ルルもシャリアもである。


「おや?主役がこんな所にいるねえ?」

「全くどこへ行こうとしているんだ?」

「ほらほら、会場はこっちだよ」


 順にメリーさん、ダンさん、ギルド長である。

 皆、ニッコリと笑顔をしながら肩を掴んでくる。


 この時、シャリアがメリーさんに、ルルがダンさんに、俺がギルド長にガッシリ肩を掴まれながらこの街の中心広場に連行されるのを何人も目撃したとか……



「え?ちょ、なんなんですいきなり!?なんで主役とか会場とか言ってるんです?とりあえず説明してくれないとわかりませんよ」


 俺がそう訴えるとシャリアを掴んでいたメリーさんがカラカラと笑いだした。


「あれま、知らなかったのか。今日はお前さん達の送別会さ」


 送別会?そんなの聞いてないぞ。そもそもお世話になった人達にだけ挨拶してこの街を出ようと思っていたから送別会とか考えてもいなかった。

 

 俺はもう赤煉龍の素材は貰ったし鍛冶師と細工師の紹介状もギルド長からもらってあとこの街でやることはあと一つだと思っていた。


 だけど宴会をやってくれるなら参加するしかないな、と思ってついて行ったのが今にして思えばいけなかったのだろう。

 まさか……あんなことが起こるなんて。





 とは言ったものの実際大して凄いことは起こってなかったりする。


「あーっはっはっはっはっ!!」

「宴だ宴!飲めや飲め!」

「焼いた肉だよ!どんどん食いな!」


 ここまで騒いでいるのになぜ俺らの居た宿まで聞こえなかったのか不思議になるほど人が集まっている。ダンさん曰くこの街の三分の一(だいたい千人程度)は集まっているのだとか。怪我が治った調査団の人達も来ている。


「この街って……こんなに人いたんだね」


 ルルも中々の人の量に若干引いている。


 かつて日本で生きていた身としてはあまり気にはならない人の量だがこの世界、それに人が少ない中世ぐらいの文明レベルだとこの人の量でも驚くのだろう。王都がどれぐらいなのかわからないが、この場にいる人よりも人口は多いはずだから慣れなきゃいけない。


 俺とルルは貴族という立場にあったが実は王都には行ったことはなかったりする。しかもフーレニアは中間都市アールムよりも人は少なかったのである。つまり彼女がここまでの人を見る機会はなかったのだ。


「村にもここまでの人は居ませんでしたし、他の場所も同じですね」


 シャリアはあまり驚いてはいないようだ。

 俺達と出会うまでにいくつも街を渡ってきたからだろうか。


 とまあ、ここまで人が多いのは珍しいが特筆すべきことと言うならば飲みすぎで何人もぶっ倒れたり、飲みすぎで酒瓶で殴り合いになって街の女将さんがブチ切れたり、飲みすぎてモックさんが自身の最高傑作を作り上げたのに覚えていないことぐらいだろう。


 この街の領主であろうギルド長のバルムントも飲みすぎでフラフラしているのを横目に俺は少し広場から離れた場所に出る。

 熱気に当てられてしまったのだ。


「送別会なのにむしろみんなが楽しんでるな……」


 俺は真上を見上げる。


 そこには日本じゃ見られないほどの満点の星空が広がっていた。


「あのまま、何も無く過ごせていたらガルマさん達もこんな風に見送ってくれたのかな……」


 この世界には、人は死ぬと空に帰るという信仰がある。空にある星の一つ一つが死んだ人の魂の輝きなのだと。明るい人は良いことをし、くらい人はなにか悪いことをしたのだと。

 

 なら……俺を救ってくれたあの心優しい人達は明るい星なのだろう。そう思って見てみても明るい星が多くてこれと言ったものがなかった。


 でもこれだけは言える。おそらく、何も無く過ごしていたならばガルマさん達も俺とルルをこんな風に大笑いをしながら見送ってくれただろうという事だ。



「ヤマト、お待たせ。連れてきたよ」


 後ろからルルがやってきた。ここに来る前に声をかけておいたのだ。


「あの……ヤマトさん、ルルちゃん。話ってなんでしょう?」


 連れてこられたシャリアは不思議そうだ。


 当然だ。何も教えてないから。


 なぜなら、今から彼女に話すことは俺たちと彼女の別れの話なのだから。

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