お酒は成人してから
「ブラッシング……とっても気持ちよかったです!」
ふにゃふにゃの状態からようやく復活したシャリアは今は自分で淹れた紅茶を飲んでいる。
でもまだ心地良い感覚が残っているのか耳はペタンと倒れて、顔も少し赤いように見える。
「ふ〜……ヤマトさんも飲んでください。美味しいですよ」
俺も彼女の飲んでいる紅茶をカップに注ぐ。
ふわっとフルーツ系の香りが漂ってきてとても美味しそうだ。
飲んでみると、その味がよく分かる。
味はダージリンティーに似ているが、ハーブっぽい香りが混ざっていて深い香りだ。ダージリンティーの特徴である渋みも程よく混ざっていてとても美味しい。
「これは美味いな。いくらでも飲めそうだ」
「ふふっ、良かったです。これは私の故郷の村に伝わるお茶なんです」
伝統のお茶か。多分何世代にも渡って味は変わっていないのだろう。
かつて中国ではお茶は薬だったらしいしこれももしかしたら薬の一種として作られたのだろうか。
「このお茶は色んな花や果物の種や乾燥させた果肉、香草とかをお茶にしてるんです。ベースとなるものはあるんですけどそこからさらに改良をそれぞれで加えて飲むのが習慣だったんです。このお茶はお爺ちゃんから教えて貰ったんですけど隣の家のものとは結構味が違うんですよ」
各家庭それぞれの味か。まるでカレーみたいだな。チョコやらコーヒーやらを隠し味として加えたりするのが流行った時期もあったけど俺は何も加えないのが好きだったな……
「このお茶はお酒を入れると香りと味が増すんですよ。……入れてみますか?」
お酒……ねぇ。
かつて日本にいた頃はお酒は全くダメだった。辛いのも苦いのもダメで忘年会とかで周りがみんなビールやら焼酎やら飲んでるのを横目にウーロン茶を飲んでいたのを思い出した。
というよりも、そもそもこの国では十五歳が成人だ。まだ俺は十三歳。成人してないのにお酒は飲んじゃいけません!
「俺は成人まだだしシャリアもでしょ?お酒は成人してからだよ。成人したら一緒に飲もうよ。楽しみにしとくからさ」
「ふふっ。わかりました。約束ですよ?その時はルルちゃんも誘って一緒に、ですね」
「あ、ああ。そうしよう」
俺はシャリアの大人っぽい様子にドキッとしながらもそう答える。
彼女は最初はどうやら年上として振舞おうとしたのだが、今は年齢なんて関係無くなっている。
敬語なのはどうやら癖のようで、気にすることでは無い。
「そういえばヤマトさんとルルちゃんってどうしてハンターになったんですか?」
シャリアは紅茶を飲みながら聞いてきた。
「ハンターになった理由……か」
俺はあの日のことを思い出した。ここ最近は思い出さなくて済んでたんだけどな。
忘れることは不可能だ。だが、考えないでいることは出来る。
しかしこうして聞かれると否応なしに思い出してしまうのだ。
あの崩れた街並み。所々にある赤い染み。俺の手の中で消えた命の灯。そして、空を覆った翼を持った巨大な影。
考えたくない。思い出したくない。
そう思っても俺が見た光景は全て繰り返して再生される。あの日に見た光景をそのまま生々しいままに。
あの日、悲鳴は無かった。聞こえなかった。
いや、おそらく聞こえてはいただろう。ただ、自分が認識しようとしなかっただけで。もし仮に認識したら心が壊れてしまうと無意識下で分かっていたのだ。
今の俺があるのはルルが傍に居てくれているお陰だ。
もし居なければあの時に自ら命を絶っていたかもしれない。
彼女がどう思っているかは分からないが少なくとも俺はルルが居なければ生きてはいけない。
つまり俺は───
「ヤマトさん?大丈夫ですか?」
俺はシャリアの声で我に返る。
……また思い出すこともあるだろうか。出来れば、次に思い出すのはあの黒龍と相対できた時が良いものだ。
だけどこれは伝えなければならない。
「……シャリア、出来れば俺とルルがハンターになった理由は聞かないで欲しい。信用してないわけじゃないんだ。だけど……な。いつかちゃんと話すから」
それを聞いた彼女は少し考え込んだ。
「わかりました。今は聞きません。ですが……出来れば早いうちに聞かせて欲しいです。だって……私たちは仲間ですから」
「ああ、分かったよ。ちゃんと話すから。───そろそろ寝ようか。俺はソファで寝るからさ。お休み」
俺はシャリアにそう言ってソファに横になり毛布に包まる。
実はこの後ちょっとした波乱が巻き起こるのだが……
それはまだほんの少しだけ先のお話しである。
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