全てを失う時、それは

 俺達は走った。



 あの神殿から領都フーレニアまではかなりの時間が掛かる。


 神殿に行く時はできるだけ平坦な道を行くようにしてたから時間が掛かったが、山の中を突っ切ればある程度縮めることは出来る。

 まだ夜ではないから山の中は気をつければそこまで危険では無い。特に慣れている山ならばより早く進むことが出来る。


 だから俺達はとにかく山の中をできるだけ早く走ったのだ。

 途中ルルが転んでしまい、あまり走れなくなったから多少ペースは落ちたが。


「はぁ……はぁ……。ルル、大丈夫……か?」


 俺は一度木の下で休みながら足に布を巻いているルルに声を掛ける。


「……大丈夫だよ。来る時に取ってきてた赤葉が役に立ったね。簡単な治療だけど効果は高いはず……だったよね?」


 俺はルルに頷く。


 神殿に向かう時に採取した赤葉は腫れに効果がある薬草だ。

 揉んで軽くすり潰して患部に当てれば天然の湿布として効果がある。

 

 切り傷とかでは無いからルルの治癒魔法では治療出来ない。腫れとかはやっぱり薬が役に立つのだ。

 俺の持っている魔法袋から取り出した布で患部を包んだルルが立ち上がる。


「ヤマト、もう良いよ、早く行こう。まだ半分位の所だよね」


 俺達は神殿からたまに挟む休憩を除いて動き続けてだいたい二時間程。


 まっすぐ領都フーレニアの方へ向かっているはずだから確かにルルの言うようにあと半分ほどだ。


「うん。この辺りは来たことがあるから覚えてる。順当に行けばあと二時間ってところだね」


 俺はそう言うと、ルルと共にまた歩き始める。


 山の中だが何回も来た場所だ。歩き方は分かっている。

 ルルをサポートしながら俺は進んで行く。




 













 そうしてさらに二時間後、俺達は領都フーレニアに到着した。


……ただし、先頭に『元』が付くが。












 俺達はが感じた『嫌な予感』は的中していた。














「……なん……だよ。……これ」


 

 俺は目の前の光景にかろうじて絞り出せた声はそれだけだった。


 ルルはそのに目を見開いてその場に膝から崩れ落ちている。

 



 

 そこは惨状としか言いようがないものだった。



 綺麗だった領都の門は無残に崩れている。壁は砕かれ、跡形も無い。融解したような跡すら残りその凄惨さを物語る。

 近くにあったであろう馬車は吹き飛んできたであろう巨大な瓦礫に潰され、馬を含めいくつも赤い染みを残している。

 いくつも並んでいた綺麗な建物は焼け崩れ、今も炎が燃え続ける瓦礫と化している。

 形が残っていても、燃えていなくとも、すぐに火が移り、崩れ、燃えていた。

 石畳の大通りは何者かに、ボロボロになっている。

 道端に植えられていた樹木はへし折られ、炭のよう。

 なんの足跡かも分からない。ただの直感だ。でも本能が正しいと叫んでいる。



 そこには、ただただ純粋なによって作られた惨状がどこまでも続いていた。





 

 二人で毎日のように通った場所はもはや無くなっていた。



 そして…………



「何なんだよ……これっ!」



 俺達は1階が完全に崩れ、2階も原型がほとんど残っていない、まるで正面から何かに無理やり切り裂かれたような傷を付けた『元』フーレン伯爵家の前に立っていた。




「ヤマト……これって夢なんだよね。私たち……悪い夢を見てるんだよね……?」



 ルルが涙でグチャグチャにした顔を向けてきた。



 俺だってそう思いたい。


 ルルの言うように目の前の惨状が本当のことじゃないと信じたい。

 だけど……本物だと言うように目の前のモノ達は叫んでくる。


 抑えようのない焦げ臭さと木が燃える音。

 そして時折聞こえる何かの崩れる音。



「……もう、嫌だよぉ……嘘だって言ってよぉ……」



 ルルは泣き続けている。


 俺だって泣きたい。でも泣けない。

 泣いてしまったらもう止まれないと分かっているから。

 泣き叫んでしまうと分かっているから。


 

 それは、今まで目を背け続けていた者に目を向けなければならない時が来てしまったことを示していた。



 あちこちに倒れるもう動かない人影。

 様々な所にある赤い跡。

 辛うじて形のある謎の炭……



 その時だった。

 崩れた伯爵家の前に僅かに動く人影──


 俺は何を考えるより早く、その人影に向け駆け出していた。



「……っ!?ガルマさん!」


 倒れていた人影はこの伯爵家の当主のガルマさんだった。

 すぐに近くに行くと、ガルマさんは酷い状態だった。


 彼が来ている白の服は血で赤く染まり、足は瓦礫に押し潰されて動かせない状態だ。

 右手を握りしめ、痛みに耐えているのか。

 今もなお血が出続けていて腹に穴が空いていると分かる……


 クソっ!俺はなに冷静に分析している!?まずはこの状況でどうするのか考えるのかが先決だろうがっ!


 すると、ガルマさんが何かを喋ろうと息をする音が聴こえた。


「……ヤマト……君」


 ガルマさんは微かに俺の名を呼んだ。


「どうか……娘を……ルルフィリアを……ガフッ……頼んだぞ……」


 ガルマさんは必死だ。

 血を吐きながらもルルのことを思っている。生暖かい血が手に掛るがそんなの気にならなかった。


「ガルマさん!ルルを連れてきます!傷を治さないと……だから、だからしっかり!」


 そう言うとガルマさんは微かに微笑んだ。

 そして、ゆっくりと握りしめていた右手を俺に向けて開いていく。


「これを……持っていて……く、れ……」


 その手の中には真っ黒な鱗のようなものが二つあった。


「これは……黒龍の……鱗、だ……」


 黒龍の……龍の鱗!?


 俺の頭の中は疑問でいっぱいになってきていた。


「頼む……ルルフィリアを連れて……逃げろ……そして、生き……延びて……く、れ……」


 そう言うとガルマさんの手から力が抜け、黒龍の鱗が地面に転がる。


 光すらも跳ね返さない漆黒を持つ鱗を俺はそっと拾い、俺は彼の死を目にして、もはや耐えられはしなかった。そしてじっと抑えていたものを解き放つ。



「うああああああああああぁぁぁああ!!!」



 俺は叫び続けた。

 息が切れても叫び続けた。


 ルルにそっと背中から抱きしめられるまでは。優しい暖かさに包まれて俺はようやく我に返った。


「ねぇ……ヤマトは……いなくならない、よね。ぐすっ……ヤマトまで私の前からいなくならないよね……」


 俺はルルの泣きながらの言葉にそっと頷く。


「……約束しよ。もう居なくならないって。離れ離れにならないって。ずっと一緒に居るって」


 俺はその言葉にも頷く。


 もう誰も失いたくないのだ。

 誰の死も見たくないのだ。

 たとえ死ぬとしてもそれは……



「ルル。約束するよ。……俺は居なくならないから。ずっと傍にいるから」


 そう言うと、ルルが震え始めた。そして泣く声も聞こえてくる。



 どのくらいそうしていただろう。


 俺はある一つの決意をしていた。

 ルルに協力して貰えるかは分からない。だけどルルとの約束は守りたいのだ。



「ルル。さっき、俺にこれからどうするかって聞いてきたよね」


「……(コクリ)」


「決めたよ。どうするか。……俺はハンターになる」


「……」


「俺はこの街から北に行って貿易都市ナラルラに行ってハンターになる。それで───これの持ち主を殺す。黒龍、奴を」


 俺は背中のルルに黒龍の鱗を見せながらそう言った。


「……わかった。私も行く。それがお父様を、この街を壊した奴なら私も行く。一緒にそいつを殺すの」


 ルルは決意に溢れた様子でそう言った。


 その様子を見て彼女は本当に強い人だと思った。

 彼女はもう受け止めたのだ。自らの父親がもう居ないということを。帰ってこないということを。


 本来なら泣き叫び、何かに当たっても良いのだ。それなのに彼女は生き延びて、復讐をすると言った。



 いずれはそうなっただろう。でもあまりにも早い。


「わかったよ。ルル、一緒に仇を。ガルマさんの、この街の人達の仇を討つ。二人で、二人だけで、この手で。」


「うん。二人の手で」



 

 その時だった。ほんの一瞬だったが空を巨大な影が覆った。

 

 それは巨大な翼を持った細長い影だった。


 それは突如現れ、唐突に北へと去って行った。




 それを見て全てを失った二人は確信し、決意を新たにした。



 ただ一つ、自分達から全てを奪った黒龍に復讐をするために。



 空飛ぶあの影を地に叩き堕とすために。











─────誰かが言った。全てを失う時とは、家族を失った時でも、財産を失った時でも無い。心を癒せるものが無くなった時だ。


王国書記官筆 

英雄譚第一章十項 『決意』より





第一章 了

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