幕間  夜の会話

 ──コンコン


 夜も遅く、皆も寝静まったであろう深夜。



 部屋で一人執務をしていたガルマはノックの音に手を止め、顔を上げた。

 この時間に部屋を尋ねて来るのは夜食を持ってくるメイドか、執事のバナークのみだ。


「入って良いぞ」


 ガルマは簡潔に答えると部屋の扉が静かに開いた。


「おお、メーネではないか。·········内容は分かる。私が呼びつけたのだからな」


 手に紅茶のセットを持って現れたのはこの家のメイドであり、長女ルルフィリアの専属でもあるメーネである。


「はい。一緒に紅茶をお持ちしたのでどうぞ」


 そう言ってメーネは持っていたカップに紅茶を注いでガルマに差し出す。


「ありがとう。ところでバナークはまだか?」


 ガルマはこの時間に、メーネとバナークを部屋に呼んでいた。

 内容はもちろん、今日拾ったあの少年。ヤマトのことである。


「バナーク様もそろそろお見えに·········おや、噂をすればお見えになったようです」


 バナークがやはり静かに扉を開けて部屋に入ってくる。


「お待たせ致しました、ガルマ様」


 バナークはガルマに向けて頭を下げる。


 ガルマはそれを見て頷くと、頭を上げさせて話し始める。


「では早速だが·········皆はあの少年、ヤマト君のことをどう思う」


 この質問に関しては二人は事前に聞いていたからある程度は答えがまとまってはいる。


 では。と手を挙げたのはメーネだった。


 ガルマは頷きで答えるよう促す。


「私はこの数日間、ヤマト様と話す機会はありました。初対面の時はどのような者かと思っていたのです。

ですが、ヤマト様は最初に治療してくれたことを感謝してきたのです。それだけでなく、メイドである私に対しても礼儀正しく、まるで貴族の嫡男なのでは、と思う部分もありましたね。そのため人間性としてはすぐれているかと」


 メーネの回答はそこで終わった。

 続けてバナークが答える。


「私はヤマト様がこの館に来てからのことしか存じませんが、やはり彼女の言う通りでしょう。ヤマト様は·········言うなれば礼儀正し過ぎる、とでも良いのでしょうか。かなりの教養が見て取れます。私なんかは今日が初対面にございます。それにより緊張などもあったでしょう。それに数日の疲れなどもあり、眠そうにございました。しかしそれでもヤマト様は何かに怯えているようでした。私にはそう感じられましたな」


 バナークの回答も終わる。

 それを聞いたガルマは少し考えこんだが、すぐに口を開く。


「なるほど。二人の意見はよくわかった。しかし私が聞いていたのはそれでは無い。私が聞いていたのはヤマト君は、どのような存在か、ということだ」


 それを聞いて二人は考え込む。


 最初に口を開いたのはバナークだ。


「旦那様。それはヤマト様が何者か、ということでございますか?」

 

 バナークの問いにガルマは無言で頷く。


「バナーク様。ヤマト様は当初ロワンダル共和国のスパイではないかという疑いがありましたが、現在その疑いは晴れていることをお伝えします」


 すると、メーネが手を挙げた。


「ヤマト様について、いくつか思ったことがあるのを思い出しました。まず、少なくとも貴族の人間ではないことは確かです」


 ガルマはその発言に何故か、と問う。


「はい。ヤマト様は貴族の嫡男と同等の礼儀を身につけておりましたが、5歳の子供が知っているべき知識を有してはいませんでした」


「メーネ、それはどういうことだ?」


 ガルマが不審そうに問う。


「はい。ヤマト様はお嬢様によると、この国の名や、大陸の名前などを。私には金銭の単位などを聞いてきました。これだけでもヤマト様程度の子供も知ってて当然なのですが·········」


「どうした。早く答えよ」


 ガルマは強い口調で促す。


「失礼致しました。ヤマト様は、月の名を知らなかったのです」


「月、というのは「花開く月」などのことか?」


「はい。私とお嬢様の会話で聞こえたようで」


「なるほど·········。本来ならば最初に言葉と同時に習うものですからな。庶民ならば3歳でも知ってる常識ですが·········」


 バナークは驚いたようだ。


「ふむ·········つまりヤマト君は貴族でも無く庶民でも無い。そういうことか?」


 ガルマが問うとメーネは首を横に振った。


「いえ旦那様。おそらくですが、ヤマト様は庶民です。しかし·········捨てられたのではないかと」


 メーネの発言にはガルマもバナークも驚きを隠せなかった。


「捨て子、か。確かヤマト君が目を覚ましたのはこの森の先にある丘だったね?」


 ガルマが地図を取り出し、指差しながら聞く。


「はい。そこで間違いないかと」


「旦那様。確かこの丘から西に丸一日ほど進むと村が一つあったはず。そこの子供では?」


 バナークも地図を指差し答える。


「なるほど。ヤマト君は丘の上で目が覚めた、と言っていた。もしあの辺りを知っているのなら街道に向かうよりも村に向かうだろう。しかし、ヤマト君は森の方、つまり街道の方へ向かった。ということはこの村を避けたということだな?」


「はい。そう考えることが出来るかと」


 ガルマの問いにバナークが答える。


「確かにヤマト様の髪や目の色を見てもこの近辺の人間ではございません。ですから仮にただ一人そのような子供がいた場合、村では疎まれるでしょうな。まともな教育すら受けれないという罰を与えられた上で、ですが」


 バナークの言葉にガルマは頷く。

 その顔は何かを決意したようだった。


「メーネ、バナーク。私は決めたぞ。ヤマト君は先の決定通り我がフーレン家で引き取る。ルルフィリアと同様に接し、辛い記憶を無くしてやれ。そしてその村のことは口に出さず、関与もしない。知らなかったで通すのだ。下手に手を出してその村の名がヤマト君に聞かれた場合、辛い記憶を思い出させてしまうかもしれないからな。わかったな?───では今日この時よりヤマト君は我がフーレン家の子供である」


 ガルマは最後の部分を重々しく言った。ここにいる二人に知らしめるように。


「承知致しました旦那様」


「お言葉のままに」


 メーネとバナークも重々しく答える。


「ふぅ。今夜はこれで解散とする。メーネ、バナークよ。遅くまで済まなかったな。だがこれでヤマト君の立場が確立された。他の者にもちゃんと伝えておいてくれ」


 ガルマがそう言うと、メーネとバナークは自然と部屋から立ち去る。




 誰もいなくなった部屋でガルマは新たな家族との生活をニヤニヤしながら想像するのであった。





 彼らの誤解が真実となり真実は埋もれた。

 おそらくヤマトのこの世界における誕生の真実が彼らに知られることはないだろう。極一部を除いて·········



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