お嬢様と友達になった
俺がルルフィリア様と一緒に馬車の中で話していた時だった。
「失礼するよ。ルルフィリア、それにヤマト君」
ガチャリと扉を開けて入ってきたのは────
「お、お父様!」
────どうやらルルフィリア様のお父様だったようです。
つまり、現フーレン伯爵家当主らしいです(ルルフィリア様談)。
俺は何をするより先に驚きで動けなくなっていた。
なぜなら伯爵様の見た目が二十代にしかみえなかったのだから。
実を言うともう一つ理由があったが今はこっちだ。
「?ヤマト君、どうしたのかな?」
どうしたも何もあなたの若々しさに驚いてるところです。
と、まで思っていたのだがよく考えてみたらルルフィリア様は長女で現在5歳だ。
そしてルルフィリア様曰く、貴族というのは結構かなり早くに結婚するため場合によっては20歳に届く前に出産·········ということがよくあるらしい。
そう考えると伯爵様の若さも納得出来るのだが·········
やっぱり
「若い·········」
俺はすぐに口を閉じたがやはり聞かれて閉まったらしい。
伯爵様が固まっちゃってるよ!
不味いよ!ものすごく不味い!
これじゃ意味の取り方によっちゃあ、「あなたは能力不足ですね」って言ってるようなものじゃないか!
もしこれで不敬罪とかになったりしたら洒落にならない!
「はっはっはっはっ!」
なんかいきなり笑いだしたぞ!?
もうどうするべきかわからん!
だからとりあえず謝る!
「あ、あの申し訳ありませんでした!」
俺が必死にそう言うと伯爵様は何故かきょとんとしていた。
「ん?何故謝る?若いと言われて嬉しくない人なんて居ないだろうに。ああ、『若い』と言って能力不足とかの失礼に当たると思ったのかな?」
俺は図星だったので素直に頷く。
すると、伯爵様は人を安心させるような優しい声で話し始めた。
「ヤマト君。君はまだ子供だ。確かに度が過ぎてはいけないが別にこの程度で怒るような奴は居ないさ。いたとしてもごく一部でそんな奴はすぐに周囲から叩かれるさ。だから君が気にすることは無いんだよ。わかったかな?」
そう言われては頷くしかない。
そして、俺は一つ疑問に思っていたことがあった。それは
「あの、伯爵様。どうして私の名前を知っていたのでしょうか?」
気になってはいたのだ。
最初、伯爵様がこの馬車の中に入ってきた時、俺は名乗っていないのに名前を呼ばれた。
それが疑問だったのだ。
現在俺の名前を知っているのは目の前にいるルルフィリア様だけだ。
メーネさんは名乗る前にどこかに言ってしまったから。
俺はそれを聞きたかった。
「あ、ああ。それはだな、·········実はメーネが馬車の外で聞いていたのだよ」
馬車の中で話していた声を聞けるってメーネさんどんだけ耳が良いんだよ!
「実はさっきメーネがこの馬車から私の元へ戻って来た時、どうやら君の名前を聞きそびれたらしくてね。彼女らしくないミスだったが……
メーネが君にもう一度会いに行こうとした時にコソコソと勝手に君の居る馬車に近づくルルフィリアを見かけたらしくてね。メーネはどうやらそのままにして君たち二人の自己紹介を聞き出そうとしていたらしいんだよ」
なんと回りくどい!
俺は素直にそう思った。
別に名前を聞くくらいどうってことないんだから来てもよかったのに·········
というか、ルルフィリア様勝手に俺のところに来てたのか·········
大方、ルルフィリア様の邪魔をしてはいけない!とでも思ったのかも。
なんとなく真面目そうな人だなぁと思っていたけど真面目の方向が少し違う気もする。
「そ、そうだったんですか·········メーネさんも大変だったんですね。つまり伯爵様はメーネさんから名前を聞いたんですか·········」
この時、俺はある意味衝撃の事実に口調が戻ってしまったが誰も気づかなかった。
「そうなるね。あとヤマト君。私を伯爵様と呼ぶのは良してくれ。恥ずかしさに耐えられないのだ·········
私の名前はガルマ=フーレン。ガルマさんか、ガルマおじさんと呼んでくれ。頼む」
·········なんか顔真っ赤だよ。よほど恥ずかしいんだな。
多分まだ地位を継いだばかりとか?
それにしてもガルマおじさん、ねぇ。
まだそこまで親しい訳では無いのだけど。
「さて、これでここに居る三人全員の名前が分かったわけだ。
────ここからは少し大事な話をしたい」
ガルマさんの雰囲気がガラリと変わった。
いくら若くともこういう面を見ると伯爵家当主なんだなと感じる。多分。
「わかりました。ガルマさん。大事な話とはなんでしょうか?」
俺はゴクリと唾を飲み、ガルマさんを待つ。
「うん。まず、ヤマト君。君は」
ここでガルマさんは言葉を、一度切った。
何を言われるのかがわからない分かなり緊張する。
「君は、これからどうするつもりなのかな?」
どうするつもり、か·········
正直あまり考えてはいなかった。
ただ漠然と人里に辿りつければ良いと思っていたからだ。少なくとも木の実という食料はあるからだ。あのリンゴのような木の実はこの森の脇を歩いている時に結構見かけたから食べるのには困らないだろう。怖いのは魔物とやらだが……どうしようか。って、結構無謀な事だよな。
「それは·········」
俺が言い淀むとガルマさんは言葉がを付け足した。
「ヤマト君。メーネの言っていたスパイの件は気にしなくて良い。もう終わったことだ」
その一言はあまり俺の役には立たなかったがそれによって考えることは出来た。
「はい。正直に申しまして、私はまず人里を目指していました。とにかく人のいる場所に辿りつければ今後もどうにかなるかもしれないと思ったからです。なので、まずはここから近い村なりに向かおうかと」
これは俺が森の縁を歩いている時に考えていた事だ。
運良く街道などが見つかればそれを辿って。さらに運良く隊商などがいればなんとか人里まで連れていって貰おうと思っていた。
「なるほど·········確かに今回は私たちが君を見つけたがもし来ていなかったら、または無視して通っていた場合。君はそこで一人だ。その時はどうするつもりだったのかな?」
「その時は私がここまで来るための食料となっていた木の実を食べて飢えをしのぎ、街道などを見つけるまで彷徨い続いていたかと」
それを聞いたガルマさんは「はぁ」と息を吐いた。
「·········ヤマト君。君はそれがどれだけ無謀なことかわかっているのか?」
やっぱり言われたな。無謀だって。
「無謀なこととは思っていましたが、私はこの地域の地理に疎いのです。初めて目が覚めた丘がどこなのかすら分からなかったのです」
ガルマさんはそうか·········、と呟き項垂れた。
そこで俺は一つ提案を出す。
まあこれはガルマさん側にとってデメリットしかない。だから上手くいくかは分からない。
むしろ失敗する確率の方が高い気もする。
だが俺は意を決して口を開く。
「ガルマさん。私から一つ提案というかお願いがございます」
すると、ガルマさんは無言でこちらに顔を向けた。
よし。少なくとも聞かせることはできそうだ。
「ガルマさん。そのお願いというのはですね───」
俺がその「お願い」をたっぷり時間をかけて伝えるとガルマさんは目を見開いた。
「っな!や、ヤマト君、君は私に何を言うんだ!そ、そんなこと出来るわけないだろう!?」
俺の「お願い」を聞いたガルマさんは狼狽える。
「私は、こう言っては何ですが完全な部外者です。本来ならば足を治療して貰えた時点で立ち去るべきだったはずです。ですが、さすがにこの足ではまともに歩くのすら難しいでしょう」
それを聞いたガルマさんはまた項垂れた。
しかもウンウン唸りながら何かをブツブツ呟いている。
隣に座っているルルフィリア様は心配気だ。
そしてしばらく唸ってからガルマさんは話し始めた。
「ヤマト君。やはり私は君のお願いは聞けない───」
「·········わかりました。皆様には大変ご迷惑お掛けしましたそれでは私は失礼します。至らぬ礼儀をお許しください」
俺はガルマさんの口調から既に結果が分かっていた。
だから俺はガルマさんに最後まで言わせずに、できる限り礼儀正しく挨拶をして馬車を降りようとした。
その時だった。
今までずっと何も言わなかったルルフィリア様が口を開いたのは。
「·········どうして」
俺とガルマさんは同時にルルフィリア様の方を見た。
「·········ヤマト君はルルフィリアの話を聞いてくれたよね。·········ヤマト君はルルフィリアと笑ってくれたよね。·········ヤマト君はルルフィリアといっぱいお話してくれたよね。
こんなにメーネやお父様以外の人と話していて楽しかったのは初めてなの。
·········それなのにもう、お別れなの?·········私には難しい話はまだ分からないけどね、分かるの。ここで別れたらもう会えないって。·········理由も分からない。だけどね、ここで別れたらどんなに会おうと頑張っても絶対に会えないの。それなのにヤマト君は·········私の、ルルフィリアの前からいなくなっちゃうの?·········ルルフィリアの───」
ルルフィリア様は悲しげに、そして寂しげにさっきとは違う口調(多分こっちがルルフィリア様の素の口調なのだろう)で言葉を紡ぐ。
そして、ルルフィリア様の次の言葉がこの会話の決め手となった。
「────ルルフィリアの最初の友達になってくれないの?·········ヤマト君」
俺はその言葉に何も返せないでいた。ただ、ルルフィリア様·········と呟くので精一杯だった。
そして、馬車の中に沈黙が降りる。
どのぐらい経ったのだろうか。
沈黙を破ったのはガルマさんだった。
「·········ルルフィリア。お前の気持ちはよくわかった。そして、ヤマト君。
君は少し勘違いをしているみたいだ」
「勘違い·········?」
俺は何か勘違いをしているのだろうかと考える。
「ヤマト君。結論から言おう。私は元から君のお願いを断るつもりなど無い」
「·········えっ?でもさっきはあんなに悩んで·········」
「あれは君をどう説得するかで悩んでいたんだ。怪我人を荷台に乗せる訳にはいかないだろう?」
そこまで聞いて俺はようやく理解した。
この人は何も言わずに俺をどこかの村まで連れていってくれるつもりだったのだ。
だけど俺が馬鹿なことを言ったせいで変に拗れた。
そしてルルフィリア様まで泣かせてしまった。
「そう·········だったんですね。ありがとうございます」
俺は20歳(見た目年齢5歳)にして改めて人の温かさを知ることとなった。
そう思っていると、ガルマさんが「だけど条件がある」と話し始めた。
条件!?と俺は驚いたがよく考えてみれば当然だ。タダ乗りは良くない。
「はい。条件とはなんでしょうか?」
そう聞き返すとガルマさんは何故かちょっと嬉しそうに言った。
「条件というのはね·········」
ガルマさんが間を置く。
合格発表の直前並に心臓がうるさい。
この条件しだいで俺はより確実に生き残れるような気がするからだ。
「ヤマト君」
「はい」
まだか!?まだなのか!?
さすがに焦らしすぎだろうと思った時だった。
「条件は、ルルフィリアの友達になって貰いたい。表向きとかじゃなくて本物のだ。受けてくれるなら我が家の一室を貸そう。どうかな?」
これに食らいついたのは俺ではなくルルフィリア様だった。
「え!?ヤマト君と一緒に居られるの!?友達になれるの!?」
娘の言葉にしっかりと頷くガルマさん。
俺を見たその顔は意地悪そうに笑っていた。
はぁ·········これじゃあ受けるしかないじゃないか。
ルルフィリア様と話していて楽しかったのは事実だ。
これからも友達として仲良く出来るならどんなに楽しいか。
しかし部屋を貸してくれるというのはありがたい。ものすごくありがたい。
ようやくまともに寝れると思うとウキウキして、俺はガルマさんに物凄い勢いで頷いていた。
すると、いきなり何かが俺にぶつかった。
突然だったから分からなかったが今の状況では一人だけだろう。ただ、目の前で金色のなにかがフワッとした気がする。
そしてルルフィリア様はこう言った。
「ヤマト君!これからずっと一緒だからね!」
拝啓。手紙をくれた神様へ
どうやら異世界転生三日目にして俺は、お嬢様と友達になったようです。
俺は抱き着いて来ているルルフィリア様を見ているガルマさんの視線にやられながらそう思うのだった。
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