bottling project

村上いずみ

第1話スーツとうまく付き合うコツは

「必要なのはいつでもビルから身を躍らせる覚悟と」と教官は言う。「自殺者の屋上に揃えられた靴の悟りだ」

 「わかりません」とスコールは言う。

 「だれも生き残れない」と教官は言う。「つまりこれは悪あがきだ。Future。死んだ言葉だ。だが、それは黙ってくたばってやる理由になるか?」

 「ノー」とスコールは言う。「二重の意味で」

 「ノー、二重の意味」と教官は言う。「よろしい。それで?」

 「我々は精神が死を受容したときに死者となるのです。肉体の死は有機的なプロセスに過ぎません。そして」とスコールは言う。「我々は敗れない。私は<an loser>のスコール・パッカー。<bottling project>を継続します」

 スコールは<vmpire suit>をアクティブにする。スーツは彼の皮膚であり感覚器に変わる。彼はスーツを受け容れる。あるいはスーツが彼を受容する。彼はそこに本質的な違いはないと思っている。彼は自分がスコール・パッカーなのか、そうではなく、考えるスーツなのか、時々わからなくなる。彼は手首の装置を操作する。装置は瞬き、彼に許可を要求する。

 Can I have a blood?

 彼らは繋がる。ミクロの針は彼らを一つにする。スーツとうまく付き合うコツは主従の手綱をしっかり握りしめていること。スーツは貪欲で狡猾で抜け目ない。彼はスーツに動力を与え、スーツは彼に力を供給する。前時代的な相互作用システム。しかし彼らのリスタートは死滅した文明の瓦礫の下ではじまっている。これはサイエンスとファンタジック・コンテクストの余儀なき提携。彼らは共有する。思想さえも。鼓動するデジタルの心臓。肉体をデジタルの細胞に置き換えるナノ・マシーン。ヒューマニスティックな倫理が大手を振り、世界は全一を謳い、だれもが白鳩のように平和を信じた、お気楽な旧時代における、ひときわ先鋭的なテクノロジー。世界的コミュニズムへのカリカチュア。人々の安息に対置されたピエロ。過去にマッドサイエンスと呼ばれたこれを彼らはさらに一歩推し進め、自分たちの剣に変えた。

 かつて、キティ・シンガーは言った。

 「昔はね、といってもすごく昔だけれど、この世界では人間が一番偉そうにしていたわけ。家畜って知ってる?食べるために飼う動物。子供を産ませて、育てて、殺して食べるわけ。倫理、道徳、あれの本質はね、人間がよければそれでいいってこと。木を伐って海を埋めて空をグレイにして。つまりそんなことができる程度にはストロングだったってわけ。因果応報。知ってる?仏教っていう古代宗教の言葉。意味はね、カウンター・パンチ。遠い未来の我々はダウン寸前ってわけ」

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