第53話いろんな甲州ワイン――デュエルスタート?


「佐藤くん! 来てたんだぁ!!」


 沙都子は嬉しそうな声を、深夜の寧子のアパートへ響かせる。

 何を隠そう、沙都子はひょんなことから、佐藤へ想いを寄せているのである。

しかしくだんの男はそんなことなどつゆ知らず、寧子に夢中だ

寧子、沙都子、佐藤の三人は、互いに無自覚ながら、三角関係が発生してしまっているのだ……今から始まるワインティスティングには全く関係ない話だ。ぶっちゃけどうでも良い話である!


「さぁさぁ、早速飲もうなのです!」


 夜型の寧子は昼間以上の元気さで、開会を宣言した。

 かくして、緊急甲州ワインティシティング会が、今幕を開ける!


「それじゃ……私のターン! ハーフボトル「山梨甲州」を召喚ですっ!」


 寧子は「山梨甲州」とラベルに書かれたハーフボトルをドスンと、テーブルの上へ置く。


「あっ、懐かしい……ふふ。じゃあ、私も……行くよ!【樽発酵・貯蔵甲州】を召喚! ワインテキストを伏せて、ターンエンド!」


 間髪入れずに寧子と沙都子はパチンとハイタッチをする。どうやらお互いにデュエリストだったようだ。

 寧子は沙都子へ親近感を覚えるのだった。


「佐藤陽太くん、ワタシにもやらせるね! これどんなワインネ!?」

「あ、えっと、甘口の甲州ワインで……」

「甘口……ぬふふ……それじゃあワタシのターンね! 佐藤陽太くんを生贄に捧げて特殊召喚ネ! これが――甘口甲州ワインネー!!!」


 透明なボトルが故に、はっきりと見える黄金色。

 甘口の甲州ワインの色合いはものすごく綺麗だった。


「あ、あのさ、俺もやんなきゃダメ?」


 三人からの無言の圧力を受けて、佐藤はため息を吐いた。


「醸しの甲州ワインを……しょ、召喚?」


 たぶんよくわかっていないだろう佐藤は、オレンジ色をした甲州ワインをテーブルの上へ置くのだった。


「じゃ、私からはじめますですねー。えっとこのワインは……山梨県全域の甲州ブドウを使って、ステンレスタンクで仕込んだものみたいです。あと、【シュール・リー製法】……?」

「澱と接触させてワインを育成する方法のことだよ!」


 首を捻った寧子へ、すかさず沙都子が補足を加える。


「もともとはフランス・ロワール地方のミュスカデっていう品種に使われてる製法なんだ。敢えて澱と接触させることで、ワインへ旨みと厚みを付与できる」


 得意げに語る佐藤へ、沙都子はキラキラとした視線を寄せていた。


「佐藤君の補足をするとね!、このシュール・リー製法のお陰で辛口の甲州ワインが流行りだしたんだよ!」


 沙都子の話を聞いて、佐藤は「そうなんだ!」と破顔した。

そんな少年のような佐藤のリアクションに、沙都子は胸を高鳴らせている。

しかしくだんの男は全く気付いた素振りをみせていない。


 そんな沙都子と佐藤の様子が微笑ましく見え、ニヤニヤが止まらない寧子とクロエなのだった。


「なるほど……なんとなく果物とは違う味わいが感じられたのは、シュールリーのお陰だったのですね。じゃあ、次は……」

「はい! 私が!」


 沙都子はポインと胸を揺らしながら挙手をする。

女性陣きっての巨乳は伊達ではなかった。

 沙都子の胸の様をみて佐藤が鼻を下を伸ばすも、クロエに睨まれ背筋を伸ばしたのは言うまでもない。


「オーク樽で発酵貯蔵された甲州ワインだよ。まずは一口どうぞ!」


 一同、沙都子に促されたまま飲んでみる。

飲み込んだ後の余韻が、ステンレスタンク仕込みのものよりも、じんわり続いて心地良かった。旨味もさっきのものよりある。

それに想像していたほど、“ガツン!”とした樽の香りを感じない。



「樽の匂い、あんまししないでしょ?」


 沙都子はまるで寧子の感想を見透かしたような言葉を言った。


「樽の匂いを付けるっていうよりも、樽からの旨味をワインへ与える目的らしいの。造り手さんの中には、新樽を敢えて水洗いして匂いを落として使うところだってあるんだよ?」


「ほうほう、こうすることで、比較的余韻の短い甲州ワインでこんな味に……でも、甲州みたいな軽めの品種に樽を使うのってどうなの?」


「佐藤君、ナイスご指摘! 樽を使う甲州はね、それだけで十分に成熟した、いい果実しか使わない傾向にあるんだよ!」


「なるほど! さすがは森さんだね!」


 佐藤に褒められて、すんごく嬉しそうな沙都子だった。

 まるで新婚さんをみているみたいに、ほっこりあったかい気持ちになる寧子なのだった。



「じゃあ次はクロエ……あ、いや、代わりに佐藤さんお願いなのです」

「ノンノン、ネコちゃん。一皮剥けたワタシを舐めんじゃないネ!」


 そう寧子へ言い放ったクロエはワインボトルを手に取った。

やや黄金色がかったワインをグラスへ注ぐ

そしてグラスを手に取り、優雅な動作で香りを取り始めた。



「このワインからは洋梨や黄桃のような甘い匂いが取れるね!」

「……!」

「味わいも……OK……はっきりと甘さを感じつつ、気持ちい酸味が支えてくれてるネ。とってもも飲みご心地が良いネ」

「――!?」

「ちなみに甲州ワインは2000年代初めまで、甘口が主体だったらしいネ!」


 シーン……と1kアパートが静まり返った。

 さすがのクロエも苦笑いを禁じ得ない。


「ど、どしたネ、みんな……?」

「クロエ、お前……どうしちゃったです!!」


 突然寧子が叫んだ!

 さすがのクロエも驚きを隠せない!


「WHAT!?」

「むちゃくちゃ、良いコメントじゃないですか!」

「失敗から学んだネ。甘口のワインだったらワタシにお任せネ!」(*クロエの失敗→48話~50話を参照してください)

「嬉しいです! クロエがワインに興味持ってくれて、すんごく嬉しいですよぉ!!」

「ネネネ、ネコちゃん!? OOO、OH――――!!」


 感極まった寧子は、クロエを抱きしめた。

 クロエは顔を真っ赤に染め、背筋をぴーんと伸ばし、動くことができない!

まさに戦闘不能な状態だ。

 そんな二人を佐藤と沙都子は微笑ましそうに眺めているのだった。


「さぁて、クロエソムリエがティスティングした甘口甲州ワインは……うん! 美味いのですっ!」


 そして甘口の甲州ワインはクロエが言った通り、とても飲みご心地が良かったのだった。

 寧子に抱きしめられたクロエはもはやワインどころでは無さそうだが……


「じゃあ締めくくりは俺が……醸しの甲州ワイン!別名、オレンジワインや、第四のワインなんて呼ばれてるぜ」


 佐藤は言葉通り、ややオレンジ色がかった甲州ワインを皆のグラスへ注いでゆく。


「第四ってどういう意味ですか?」


「赤、白、ロゼに次ぐから、第四なんだ。この色は甲州ぶどうとの醸し時間……果皮や種子との漬け込み時間を長くして生じる色なんだって。もちろん、醸し時間が長いってことは、それだけブドウの成分が他のワインよりも付与されることになる」


 確かに佐藤の言った通り、これまでのどの甲州ワインよりも味の厚みがあった。

 色合いから想像される、オレンジのようなニュアンスもある。


「すげぇです、甲州ワイン! まさか、こんなにもバリエーションがあるだなんて」

「そだね。国際的な評価が高まったから、色んな甲州ワインを、色んな作り手さんが作るようになったんだよ! あっ……トラップカード発動!」


 ほろ酔い気分の沙都子は机に伏せていた電話帳のように分厚い【ソムリエ教本】を掲げた。

 これがソムリエを目指す者の必携本なのだから、いったいどれだけの勉強をすればいいのやら。


「こっからは、甲州ブドウの座学だよ? 飲んでる中だけど、ちゃんと聞いてね! 聞いてくれなきゃ粉砕! 玉砕!だよ?」


 沙都子はにっこり微笑んで、ソムリエ教本を開く。


 今度、実家から子供の頃に弟くんと遊んだDXデュエルディスクを持ち出そう。

そして沙都子とデュエルをしよう……そう思う寧子だった。


「じゃあまずは、甲州ブドウはどこからやってきたのか、だけど……!」

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