チャプター5:ようじょ、いろいろなお酒を体験する

第39話恋する彼はロゼワインで気を惹こうとする


「はぁ~……」


 佐藤陽太は閑散としたリカーショップOSIROのカウンターで、一人深いため息を着いた。


 今日はやけに客入りも悪く、超絶暇だったのである。

昨今、酒離れが、巷では声高らかに叫ばれている。確かに佐藤の大学でも、飲酒をしない同級生も少なくは無い。


 加えて酒類販売免許の取得が容易になったがために、別に酒をわざわざ酒屋で買う必要もなくなっている。

国も酒税法を変更し、他業種の利益度外視をした酒の販売を抑制しようとはしている。

しかし酒屋は酒でのみ利益が得られ、また税務署の目も厳しい。

 故に他業種の酒のおかしな価格設定には対抗できず、こうした暇な日は枚挙に暇がない。



――と、それはあくまでOSIROの正社員が気に揉むことであって、アルバイトの佐藤にとっては手が出せない領域の話であった。



 暇をつぶそうにも特にやることは無く、来客を待つのみ。

そういう状況は、人間へどうしても余計なことを考える間を生み出してしまう。


(石黒さん、来ないかなぁ……)


 不思議な縁で知り合った、ようじょな成人で、ワイン好きな石黒寧子。

ぶっちゃけ彼は、彼女のことが、ほんわか好きである。

最近、彼女自身も充実した生活を送っているのか、なかなかOSIROに姿を見せない。

自分から連絡を取れば良いのだが、結構チキンな彼は、自分からメッセージを送る勇気も無い。

故に関係は遅々として進まず、悶々とした日々を送るばかりなのである。


 と、そんな中、久々に自動ドアが開いた。


「しゃせー」

「あっ! 佐藤さん! お久しぶりなのです!」


 なんたるご都合展開、基、神様の気まぐれ、石黒寧子の登場であった。

それだけならば、良かったのだが、


「シャァー! シャァー!」


 寧子の隣で猫のように威嚇する外国人が一人。明らかな敵意が佐藤へ遠慮なく放たれる。

クロエのことが苦手な佐藤は、一歩引きさがるのだった。


「こら、クロエそういうのしないです。どーどー」

「NOね! 佐藤さん、エロい目でネコちゃんLOOKしないネ!!」

「ほら、行くですよ」


 クロエは寧子に引っ張られて店の奥、ワイン売場へと消えて行く。

手には買い物袋を持っていた。たぶん晩酌用のワインでも買いに来たのかもしれない。


 ゴーッと冷蔵庫の音と有線放送BGMがミスマッチに鳴り響き、その中に僅かな寧子とクロエの声が混じって聞こえてくる。


 確かにクロエが苦手だ。あまり近寄りたくはない。

しかし久々の寧子の来店である。しかも今は手持ち無沙汰ですることはない。

これは願ってもみないチャンス。さっきまで恨めしく思えた暇さが、今はむしろありがたい。


「さて、品出しでもすっかなぁ~」


 まるで自分に動き出す理由を言い聞かせるようにつぶやいた。

そうして彼もまた店の奥にあるワイン売場へと向かって行く。


「うーん……迷うですねぇ」

「”ナポリタン”だからルージュで良いネ!」

「るーじゅ? ああ、”赤”のことですね。でも、うーん、ちょっと赤だと強すぎるような気がするのです」

「じゃあブランネ?」

「うーん……あんましお金ないですしねぇ……」


 ワイン売場の寧子は棚を見上げて、唸り続けていた。

どうやら今夜の食事は”ナポリタン”でそれに合うワインを探しているらしい。

しかも赤は強すぎると思っていて、白では物足りなそうだと思っているようだ。

 ナポリタンと言えばケチャップ。ケチャップは確かに甘酸っぱい印象で、赤ではワインのせいで料理の味がとぼけそうだし、逆に白なら料理が勝ってしまいそう。

更にお金があまりない。ならば!


「ロゼワインなんてどうだ?」

「シャーッ!」


 思い切って声を掛けた佐藤へ、クロエは脊椎反射のように威嚇した。

しかし寧子がまるで猫をあやす様に顎の辺りを適当にこちょこちょすると、顔をへにゃりと歪めて”でへへ”と大人しくなるのだった。


「ロゼワインですか? そういえば飲んだこと無いですね!!」


 さすがはワインが大好きな寧子は、目をきらめかせて、喰いついてくる。

やっぱりこういう顔の寧子はすごく素敵だと佐藤は思った。


「ロゼってどんな味なのですか?」

「赤と白の中間ってイメージかな。白のフルーティーな香りを持ちつつ、赤の渋みなんかほんのちょっと感じるような。そんなイメージだな」

「面白いです!」


 もはや寧子の頭の中はロゼワインのことで一杯。

佐藤の勝利である。


「でも不思議ですねぇ。ロゼのこのピンク色はなんなのですか?」

「果皮の色だな。赤ワインの造り方は知ってる?」

「えっとぉ……ブドウの実を皮や種ごと潰して作るんでしたっけ?」


「そうそう。潰した皮や種と液体分を醸し――マセレーションっていうんだけど、その時間を赤ワインより短くして、程よく色づいた段階で液体部分だけ抜いて発酵させるんだ。これをセニエ法――瀉血しゃけつ法っていう」

「しゃ、しゃけつ?」

「あ、えっと……」


 さらりと難語と口にしてしまった佐藤さんだった。

理系な彼が”瀉血”どう説明しようか考え込んでしまう。


「血ー吸うたろぉか、ネ!」

「クロエ、いきなりなんですか? ギャグですか?」

「ノンノンネ! 真面目ネ! 昔のヨーロッパで、血を抜くことで症状を改善しようとしてたネ! それを瀉血法しゃけつほうっていうネ!」


 クロエのまともな回答に、寧子は感心したように声を漏らす。

こういう素直なところも寧子らしくて、佐藤は胸を高鳴らせる。


「血を抜くように、赤い液体を抜く。だから瀉血法なのですね!」

「ああ。だけどロゼワインにはまだほかの造り方があるんだ」


 佐藤の言葉に寧子は再び目をきらめかせる。


 やはりこうして寧子と一緒にいるのは楽しい。

改めてそう感じながら、佐藤は語り始めるのだった。

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