第31話ようじょと初めてのワイン会 in フレンチレストラン!【後編:お料理とワイン】

「オ ラ ヴァッシュ! 美味しそうネー!」

「すっごい綺麗なお料理だね、寧子ちゃん!」


 クロエと沙都子は出された料理の感動を叫ぶ。


「美味しそう……!」


 もはや寧子の視線は、綺麗なお皿の上に盛られた鮮やかなオレンジ色をしたサーモンと瑞々しい乳白色ホタテ貝にくぎ付けだった。


「甲斐サーモンとホタテのカルパッチョです」

「甲斐サーモン? 山梨は海ない筈だけど……」


 と、松方さんの言葉に真っ先に反応したのは山梨出身の沙都子だった。


「サーモンといってもこれは大きく育てたニジマスなんですよ。最近、山梨で特産品として開発されたものです」

「へぇ! そうなんですね」

「一本目が甲州ですから」


 松方さんはきちんと説明しながらも、ワインのスクリューキャップを静かに開けていた。


「ティスティングはしますか?」


 にっこり笑顔で松方さんが主催者の寧子に聞いてきたので、


「は、はいなのです!」


 ちゃんとティスティングできるか分からないが、とりあえずそう答える。

 松方さんは殆ど足音を立てずに寧子の脇に寄り、グラスへワインを少し注ぐ。

無駄が無く、カッコい動作――これぞ、本物のソムリエ! などと寧子は一人感動する。

 そして胸をドキドキならしながら、いざ初めての”甲州ワイン”へ!


 

 グラスに注がれたワインは透き通るように透明だった。クリスタルのような透明感へ僅かに黄色のニュアンスが含まれているよう見える。


 香りはこれまで飲んできたどの白ワインとも違う、さっぱりとした印象だった。

はっきりと言い切れる”柑橘系”の香り。しかしオレンジやレモンといった横文字の果物かというと少々違う。

 かぼすや、すだち――そう表現するのが相応しいように思う。


 アタックでアクセント程度の甘さが親しみやすさを覚えさせる。

だけども基本的には酸が心地よく、全体的に爽やかな印象を抱かせる。

余韻で僅かに苦みが感じられた。


 この感じ方が正しいかどうかは分からないが、直感で”美味しい”とは言えた。


「だ、大丈夫です! ありがとうなのです!」


 寧子がそう答えると、松方さんは他のみんなのグラスへもワインを注いでゆく。


「OH、ちょっとこれはアダルトな味がするワインネ……」


 クロエにはちょっと早い味わいだったらしい。


「ふむ。さすがは有力な作り手の甲州。素晴らしい出来ですね」


 梶原さんは喜んでくれている様子だった。


「寧子ちゃん、どう……?」


 沙都子が不安げな視線を向けてくる。

寧子は少しでも気持ちが伝わるように、大きく笑って見せた。


「すっごく美味しいです! ありがとうです、沙都子ちゃん!」

「そっかぁ! よかったぁ!」

「なら、もっと幸せになってみましょうか? カルパッチョを食べた後に、そのワインを飲んでみてくださいな」


 と、松方さんが言ってきたので、素直にそうしてみる。

ニジマス――川魚と言えば、ちょっと生臭いなんてイメージがある。

だけど口に運んだ甲斐サーモンに生臭さは全くなく、美味しい脂の味わいが広がる。ホタテも新鮮でプリプリ。そんな二つの新鮮な食材を、芳醇なオリーブオイルの香りが、見事に一つにまとめ上げている。


 そうして、甲州ワインを口へ含んでみる。

すると、甲州ワインのきりっとした酸が、料理の味を広げ、掘り下げ、大きく増幅する。


「おお、こ、これは凄いです……!」

「凄い、これがマリア―ジュ……!」


 寧子と沙都子はお互いに顔を見合わせて、感想を確認し合った。


「へぇ~甲州ワインをワインビネガーに置き換えたんだね。お料理単体だとカルパッチョ。ワインを含めばマリネ。影山さん、また腕を上げたね?」

「ありがとございます。影山へ伝えておきます。御城さんがべた褒めしたてってね」


 洋子の感想へ、松方さんはにこやかに答える。


「うーん、これそんなに美味しいネ? わかんないネ……」


 クロエだけは首を傾げていたのだった。


 甲州ワインを楽しみつつ、あっという間に一皿目が空になった絶妙なタイミングで、次の料理が運ばれてくる。


「アメーイジング! 骨付き肉ネー!! ギャート○ズネー!」

「ほう! 田崎さんはご存知ですか!! ギャー〇ルズを!」


 クロエの良くわからない反応に、真っ先に応えたのは梶原さんだった。

ギャート○ズがなんだかわからない寧子だったが――しかし彼女自身も、供出された素晴らしい肉料理に胸を躍らせる。


「本日のメイン、仔羊のロースト ボルドー風です」


 綺麗なお皿に乗っているのは骨付きの肉。

表面は良い具合に焦げ目がついて、中心が僅かにピンク色を呈している。

肉へ綺麗にかけられたブラウンソースから、なんとも表現しがたい、香ばしい匂いが立ち上っていた。


「メインのワインがプティ・リオンですので、合わせてみました。ちなみにボルドー左岸のワインと仔羊料理は鉄板で、美味しいですよ」


 松方さんの説明に寧子は「へぇ!」と唸り、沙都子は慌ててスマートフォンを取り出して、メモを取っている。

クロエは涎を必死に堪えて、ラム肉を食い入るようにみつめていた。


「松方さん、例のものを」

「はい」


 梶原さんがそういういうと、松方さんはサイドテーブルに置いてあった別のワインボトルを手に取り、翳す。


「こちらはOSIROさんが輸入しております【ボルドーサンテミリオン地区の赤ワイン、メルロ主体】のものです。こちらは御城さんと梶原さんから、石黒さん達へと伺っております」

「えっ? また、良いんですか……?」


 寧子は恐る恐る聞く。

相変わらず梶原さんは穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ、勿論。プティ・リオンはカベルネ主体、こちらはメルロが主体。ボルドーを代表する2品種を試すには良い機会だと思いましてね。どうぞこちらも遠慮なくお納めください」 

「ありがとうございますなのです!」


 メルロは梶原さんがホストティススティングをし、カベルネ主体のプティ・リオンは寧子がすることに。



 可愛らしい子ライオンの写真が印字されたボトルからグラスへ注がれたのは、黒みを帯びた深い色合いの赤だった。

 中心は濃厚さを感じさせる黒。その黒から外側へ、鮮やかに赤のグラデーションが広がっていた。

グラスの淵をとろっと滑り落ちる雫は、見た目だけでワインが備えている高いポテンシャルを感じさせる。


「おお!!」


 グラスへ鼻を近づけると、思わず感嘆の声が上がった。

 はっきりと立ち昇る、フルーツの香り――これを例えるならば、ブルーベリーやカシス。

僅かにメントールのようなスっ―っとした香りも混じり清涼感を感じさせた。

そんな新鮮なフルーツの香りを優しく包み込むように、仄かなバニラのニュアンスが寄り添っている。

 香りだけでも味わいの期待値は否が応でも上がってしまう。


 アタックははっきりとした印象があるも、どこか”洗練”という言葉が、表現の上で相応しいように思えて仕方がない。

決して酸っぱいわけではなく、だけどもきちんと存在感を感じさせる”酸”

”渋みと苦み”に対してはこれまであまりいい印象を持っていなかった寧子だが、このワインに存在するソレは全く違う。

良い意味でのアクセントになっていて、必要不可欠であると断言できた。


 飲み込んだ後の余韻も心地よく残り続ける。


 これぞ良いワイン。素晴らしいもの。

 

 年末に菅原さんにご馳走してもらった【カリフォニアの赤ワイン】とブドウ品種こそ同じ。

だけど、今ティスティングした【スーパーセカンドのセカンドワイン プティ・リオン】は別の飲み物のように感じられる。



(これがテロワールの違い――面白い!)



 寧子は改めて”ワイン”というものの面白みを体で感じ取った。


 そうしていよいよ最良のお楽しみ。


 たっぷりブラウンのソースがかかった仔羊のローストへ、銀のナイフを通す。

ナイフは難なくスッと入り、僅かに赤い肉汁があふれ出た。

 フォークで肉を口へ運ぶ。

 

 ラムなのであの独特の香りを想像していたが、この仔羊のローストには殆ど感じられなかった。

ただただ肉は柔らかく、香りは豊潤で旨みもたっぷり。

これだけでも十分に美味しいのだが、


「!!」


 ワインを口に含み、寧子は思わず机をバンバン叩きたくなる衝動を必死に堪える。


 肉の香りとワインの香りが溶け合って、絶妙な広がりを感じさせた。

肉のうまみがワインの味わいと重なって、更に増幅される。

渋みが肉の脂を優しく包み込んで、口の中へ綺麗に溶け込ませる。

 鼻に抜ける香りも心地よい。



 最良の瞬間、ここに来たり。


 この想いを上手く言葉にできない。

しかし”ワインといえば大げさな表現”――何故、そんな言い方をするのかずっと分からなかったが、ここに来てその意味を強く感じ取る。


 それは沙都子も同じだったらしく、彼女も終始、頬を緩ませながら幸せそうに料理とワインのマリアージュを楽しんでいる。


「んまいネ! はふはふ……」


 クロエはワインそっち除けで仔羊のローストを頬張っていたのだった。


「こちらもどーぞ」


 と、松方さんは梶原さん達が提供してくれたもう一本の赤ワインを別のグラスへ注いでくれる。


【ボルドーサンテミリオン地区のメルロ主体の赤ワイン】


 色こそプティ・リオンと同じ濃い印象を持ったワインだったが、こっちの方が味わいは、言うならばソフト。

穏やかな紫の皮をした果実、ブルーベリーが該当しそうだった。

渋みも存在するが穏やかで優しい。


「いかがですか?」


 梶原さんが優しくそう聞いてきた。


「なんて言いますか、丸い印象を感じましたですね」

「そうですか。やはり石黒さんの舌は鋭いですね。仰る通り、プティ・リオンと比較して、こちらのようなメルロ主体のワインは味わいが全体的に丸みを帯びております。ブドウ品種の特性といってもいいかもしれません」

「なるほどぉ!」

「ちなみに、ボルドーワインの赤におきまして、約3000円未満の殆どのアイテムがメルロ主体になることが多いので、今後のご参考になさってくださいね」


 さっきから”主体”という言い方が気になって仕方が無かった寧子さん。

しかしある程度酔いも回っているし、料理もワインも美味しいし、ということでとりあえず後で調べてみることにしたのだった。


 柔らかくて美味しい仔羊のローストと絶品ワインを堪能して、結構お腹いっぱいなのだが、これで終わりでは無し。


 次の出されたお料理は――


「ケーキネ! WOW!!」


 クロエは今日一番の嬉しそうな声を上げる。

 

 ショートケーキといえば真っ赤なイチゴがのっかっているのが定番のイメージ。

しかし今日出されたショートケーキにはイチゴの代わりに、黄金に輝く”パイナップル”が添えられていた。


「じゃあ、最後のワインは【ボルドー ソーテルヌ地区の貴腐ワイン】ですね。最近、貴腐ワインとパイナップルのマリアージュも良く提案されてるみたいなんでチャレンジしてみました」


 松方さんからのホストティスティングの依頼も、三回目になってしまえば慣れたもの。

寧子は貴腐ワインが注がれたグラスを手に取る。


 蜂蜜のように黄金に光り輝く外観は、観ているだけで心が強く惹きつけられた。

 グラスへ少し鼻を近づけただけで強く感じる、甘さと酸が入り混じったような豊潤な香り。

表現するならば桜桃や、これは、ケーキに添えられている黄色のパイナップル。


 舌先にワインが触れただけではっきりと感じられる甘さと、土台のように味わいに一本の太い筋を通す酸味。

飲み込んだ後、鼻の奥から抜けてくる鼻の蜜のような香りが心地よい。


 これだけでも十分美味。


 しかしこれにパイナップルケーキの味わいが加わると、背筋がゾクゾク震えだす。

なのに鼻も、口も、胸の奥も幸せいっぱいで、身体が火照ったような気がしてならない。


「癒しの味ネ……!」


 クロエもこのマリアージュはお気に召した様子だった。


 最良の料理と頂く最高のワインがこんなに良いものだったのか。

寧子はそう感じる。


 そんなことを考えている寧子の前へ、松方さんは別のお皿を置いてきた。


「これは?」

「これは俺からのサービスです。貴腐ワインだからね」


 お皿に乗っていたのは、至る所に青い斑点のようなものが浮かんだ、香りがかなり強い”チーズ”だった。

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