第30話ようじょと初めてのワイン会 in フレンチレストラン!【中編:席順とアペリティフ】

(や、やっぱ着るもの間違えちゃったですかね……)


 ビストロ グリモワルの綺麗なホールに、寧子ほどお洒落をした人は全くいなかった。

仕事帰りのスーツ姿のサラリーマン、カジュアルな装いの男女のカップルに、女子会っぽい女の人たち。

さすがにジャージを着ている人はいないが、寧子のように”完全武装”なお客さんは誰一人いない。

 そうなると、自分だけすごく勘違いしているような、空回りしているかのようで物凄い恥ずかしさに襲われる。


 そういえば羊子にも”合コン”と勘違いしていたと思い出す。


「今夜は素敵な装いですね。良く似合っていますよ」


 と、優しい言葉をかけてきたのはOSIROの営業本部長の梶原さんだった。


「ありがとうございますです。でも、ちょっと気合入りすぎちゃってますですけどね」


「そんなことはありませんよ。確かにこのお店にドレスコードはありません。ですがこれからわたし達はこのお店の方々が生み出す素晴らしいお料理と、偉大なワインを楽しみます。そんな素晴らしい恵みを正装でお迎えする姿勢は大変良いことです」


「そ、そうですか……?」


「はい。勿論です。私も今日こそ仕事帰りでこのような装いですが、休日にここを訪れる時は必ずそれ相応の衣装で伺います。奇異な目で見られることはありますが、それは私なりのこのお店とお料理、そしてワインへの敬意ですからね」


 きっと梶原さんは寧子に気を使ってくれているんだろう。

だけど寧子とは対照的な、本当に大人な梶原さんが、たとえお世辞であろうとも褒めてくれたのは凄く嬉しい。


「梶原さん良いこと言うネ! フルアーマーネコちゃん、モーストキュートだから大丈夫ネ!」


 クロエはいわずもなが。


「ワインとお料理への敬意ですか……梶原さんの仰る通りですね。私もちゃんとした格好してくれば良かったかな……」 


 沙都子はほんの少し後悔しているようだった。

 確かに今日の寧子の装いは他のお客さんと比べれば奇異かもしれない。

だけどみんながくれた大事なワインを、素敵なお料理と一緒に頂くんだと思えば、正装で臨みたいのもまた事実。

 むしろ、今日この恰好をしてきて良かったとおもいながら、寧子は堂々と胸を張ってホールを歩き、予約した個室へと向かってゆく。

 しかしそれでも、寧子の胸は他の誰よりもぺたんこなのだった。


「あれー? 御城さんたちじゃないですか。どうしたんっすか?」


 個室ではイケメンソムリエの松方さんが待ってくれていた。


「やほー。たまたまご一緒することになってね。こないだ入れて貰ったメルロの評判はどう?」

「結構売れてますね。また近いうちに発注すると思うんで宜しくお願いします。では皆様、どうぞ」


 松方さんは真っ白で皺ひとつないテーブルクロスが張られた長テーブルを指す。


「社長」


 と、梶原さんは洋子さんを一番奥へ案内したが、


「あっ、いいよいいよ、今日はそういうの」

「なにしてるネ?」

「んーと、真面目な芽衣はね、私を”上座かみざ”に案内しようとしているんだ」


 【上座かみざ】とは偉い人が座る場所、ということぐらいは寧子も分かっていた。

しかしじゃあ、いざ”どこが上座”かと言われると、全く見当もつかない。


「こういう長テーブルで、フレンチの個室だと扉から一番遠いところが上座で、扉に近づくほどに下座しもざになるんだ」

「じゃあ、しゃっちょさんなヨ―さんは上座ネ!」

「ああ、だから今日はそういうの良いんだよ。OSIROの社長じゃなくて、寧子ちゃんのワイン仲間として参加しているんだからさ。芽衣もさ、こういうときはちゃんと空気読んでよね?」

「大変申し訳ございませんでした。以後、気を付けます」


 洋子さんはいつもメタメタにされている梶原さんを言いくるめて、ちょっと嬉しそうな様子だった。


「ならワタシがGODネ! 上座に座るネー!」


 クロエはタタッと駆け出し、


「こらクロエ! 走るじゃないです!」


 慌てて寧子が追う。


「ね、寧子ちゃんも声おっきいよ!!」


 沙都子は顔を真っ赤に染めて続き、


「あはは。若いなぁ~」


 洋子さん上座の前の席へ向かい、


「GOD――神――だから上座。”かみ”だけに。なるほど、面白い」


 梶原さんはそんなことを真面目な顔でつぶやきながら、扉に一番近い下座へ着席するのだった。


「じゃあ、お料理始めちゃって良いっすね?」


 松方さんが笑顔で聞いてきた。


「そのまえに”アペリティフ”をお願いしたい。人数分【キールロワイヤル】を」


 梶原さんがすかさず松方さんへ告げる。


「かしこまりました。追加ってことで宜しいですよね?」

「無論だ。あと、石黒さんがご持参されたワインも後で教えてくれ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 松方さんはにっこり笑顔を浮かべて去ってゆく。


「芽衣、気が利くじゃん。やっぱ仕事のできる女は違うね?」

「ありがとうございます。石黒さん、皆さん、僭越ながら我々よりまずはアペリティフをごちそうさせてください」

「アペリティフ?」


 またまた知らない横文字に寧子は首を傾げた。


「食前酒のことだよ」


 隣の沙都子がこっそりと教えてくれた。

 

「良いんですか……?」

「急に参加をさせていただいたことへの感謝です。どうぞ遠慮なくお納めください」


 梶原さんは寧子へ営業では無い笑顔を返してくれる。


 そうして扉が開き、お盆を思った松方さんが颯爽と戻ってきた。


 寧子達へ供出されたのは、フルートグラスに入った鮮やかな赤の飲み物。

グラスの底から、スパークリングワインのように綺麗な泡が絶え間なく湧き上がっている。

僅かに感じる甘やかなフルーツの香りに思わず生唾を飲み込む。


「カシスリキュールをシャンパーニュで割った【キールロワイヤル】です。どうぞ、お召し上がりください」


 梶原さんに促され、寧子達は振舞われたキールロワイヤルを口に運ぶ。


 イチゴのような甘い雰囲気を感じつつも、広がりがあり、突きぬけるように香しい。

これが黒スグリ――カシス――の香りなのかと寧子は感じる。

そこへシャンパーニュ由来のさっぱりとした柑橘系のニュアンスが混じり、甘いにも関わらず爽やかさを感じさせた。

加えて瓶内二次発酵由来のきめ細やかな泡が口の中で心地よく弾ける。


「これ、ボーノネ!」

「カシスのリキュールとシャンパーニュが喧嘩せずに仲良くしてる……これ、美味しい……!」


 クロエも沙都子もお気に召したようだった。

そんな中、寧子の腹の虫が”クゥ”と声を上げた。


「あはは、キールロワイヤルのおかげでなんかお腹が空いてきちゃったのです」

「アペリティフは美味しい食事へ向けての準備運動。食欲増進を狙うという意味もありますね」


 梶原さんの穏やかな説明に乗って、寧子達へ今日の料理が配膳され始める。


 ワインも楽しみだが、食事も楽しみになってきた寧子さん。

彼女の小さな胃袋は空腹を強く訴え、もう一度愛らしい声を上げる。

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