チャプター3:ようじょ、ワイン会を開催してみる
第26話ようじょ、モテる。そして最高の初夢をみる。
「ぐへへ……コ、コンプなのです!」
正月三が日があっという間に過ぎ、時は既に四日の時分。時間は多分朝の10時過ぎ。
アパートに籠って、電源供給のUSBケーブルに差しっぱなしのスマートフォンを手にする寧子は達成感に浸っていた。
バイトの都合で帰省をやめたものの手持無沙汰だった寧子さん。
暇つぶしにとインストールしたRPGアプリにドはまりししていた。
今後のワインのこともあるため、課金はなるべく避けたいところ。
幸い、このアプリは初心者に優しく、無課金でも時間さえ惜しまなければ、初期はそこそこゲームを進められる。
更にお正月恒例の、限定イベントがあるもんだ。
そういうわけで寧子は”無課金”の誓いの下、アプリ内の戦力強化をしつつ、お正月イベントを全てコンプリートし、今に至る。
勿論ゲームアプリの面白さもあった。さすがは元ゲーマーな父親が、”最高!”と連呼してた四角のゲーム会社の名作RPGのアプリである!
「ね、ねるですぅ~……」
ばたんとベッドへ倒れ込むが、三日三晩すっかりゲーム漬けだった寧子の頭は常に戦闘状態なようだった。
心は眠気を欲していても、身体はすっかり覚醒しきって眠れそうもない。
だったら無理やり眠るまでのこと!
そう思った寧子はふらふらと冷蔵庫へ向かっていった。
この三日日間の連戦ですっかり空っぽになってしまった冷蔵庫。
そんな冷蔵庫に唯一残っていたのは蛇口のようなものが付いた、辞書程度の大きさのボール箱だった。
寧子はゲームに夢中になりつつも、それでも毎度きちんと洗って乾かしていたワイングラスを手に取る。
グラスを添えて、蛇口の左右にある羽のようなつまみを押し込む。
すると蛇口から黄金色の白ワインがあふれ出て、グラスを満たしてゆく。
寧子はいつみても、このシステムは便利だと思った。
昨年末に、バイト先の店主のラフィさんが「お正月に良かったら飲んでね」と渡されたコレ。
コレは【BIBワイン】――バッグ イン ボックス、というものらしい。
辞書程度の大きなボール紙の中に厚手のビニール袋に包まれたワインが入っていて、専用の蛇口から注ぐという一風変わったものだ。
蛇口が逆止弁になっていて酸素の侵入を防ぎ、約一か月ほどフレッシュでフルーティーなワインが楽しめるものだという。
数日前に封を切った筈なのに、グラスに注がれたワインは淡いグリーン色を呈した、レモンイエロー。
香りは今まで飲んだ・飲ませて貰ったワインよりも、確かにインパクトは薄い。
だけども桜桃のようなフルーティーな香りを放っている。
ほんのわずかな甘みと、丸い酸味。これだけで十分今自分が飲んでいるものが”ワイン”であると感じられる。
ジュースのように親しみやすく、飲みやすい。
加えて約3L入って大体1600円程度。高くても殆どが2000円程度だという。
お買い得なチリ産ワインが安くても750ml1本500円程度。
BIBワインなら約1本分お買い得である。
気軽に楽しみたいけど飲み切らなきゃいけないプレッシャー。だけどゆっくりと飲みたいというパッション。
そんな問題を片づけてくれる素晴らしいBIBワイン。
これなら多くのカジュアルな飲食店が”グラスワイン”としてこのBIBワインを供出しているのも納得がゆく寧子なのだった。
「庶民の味方でぇすねぇ~……」
やはり疲れた体にお酒はよく染みる。
フルーティーで飲みやすいワインを飲みほして、ようやく睡魔を感じ始めた寧子は冷蔵庫前を跡にする。
その時、寧子を呼び止めるようにインターフォンが鳴り響いた。
はて、何かネット通販で頼んだか?
記憶は定かではないが、居留守をするのは宅配屋さんに申し訳ないと思った寧子は千鳥足を元体育会系の根性で堪えて、鉄の玄関扉を開く。
「あ、明けましておめでとう寧子ちゃん!」
「あっ、沙都子ちゃん! あけましておめでとうなのです!」
扉の向こうには、アルバイト先の先輩で、大学では同級生の、きっと”ワイン”という共通点が無ければ決して仲良くなるきっかけは無かったであろう、大人びた印象の”森 沙都子”がいた。
「寧子ちゃん、コレ! 山梨のお土産! 受け取って!」
まるで好きな人への告白のように沙都子は顔を真っ赤に染めながら、綺麗に包装された長細い箱を差し出してくる。
「ありがとうなのです! 開けても良いですか?」
「うん!」
沙都子の了承を得て、丁寧にエアパッキンにくるまれて、花柄の包装紙で綺麗に包まれたお土産を解き放つ。
箱から出てきたのはとっても、透明感を感じさせる黄色を呈した”甲州”という漢字がラベルに記載されたワインだった。
「そのワイン、山梨でも都内でも評判の”甲州種”を使った白ワインなの! ヨーロッパへも輸出されてるものなの! 寧子ちゃんに是非味わってもらいたくて買って来たの!」
「ありがとうなのです!【グレイス】ですか。”神の恵み”なのです。良い名前のワインですね!」
今日ほどかつて中二病を患ってドイツ語やフランス語ニッチな単語をひたすら調べた日々があってよかったと思う寧子なのだった。
そうして沙都子は”相性の良い料理は塩味の焼き鳥や、水炊きの鳥なべ。もっと気軽ならから揚げや、フライドチキン”とアドバイスをして、顔を真っ赤に染めながら寧子のアパートの扉を閉じる。
甲州種――日本に古来から存在する殆ど唯一といっていいほどのワイン用のブドウ品種。
それを使ったワインは大体が1本2000円位で決して高いものではない。せっかく日本人に生まれたのだから、いつかは試してみたいと思っていたものだった。
その上、甲州種のメッカ山梨出身で、ソムリエを目指している沙都子が選んで買ってきたものだ。
(このワインなら甲州種の神髄を楽しむことができるのです。沙都子ちゃん、改めて感謝なのです)
寧子はウキウキ気分で踵を返し、沙都子のワインはちゃんと寝た後に楽しもうとベッドへ向かう。
すると再び、インターフォンが警戒に鳴り響いた。
「はーい、どちらさま……」
「チャオ! ネコちゅわぁ~ん!」
「あっ、お前でしたか」
扉の向こうに居たのは、大学からの付き合いの筈なのに、不思議と小さい頃からの腐れ縁のように感じさせる同級生。
フランス人と日本人のハーフで、中途半端な外国語を度々使う、見た目は人形のように可愛い”田崎 クロエ”だった。
「ハッピーニューイヤー! これフランス土産ネ!」
「ハッピーニューイヤー。クロエにしては気が利いてるのです」
と苦言を履きつつも、内心は無二の親友が帰省先のフランスからわざわざ持ってきてくれた長細いお土産の箱を、寧子は薄い胸を躍らせつつ開いて行く。
箱から出てきたのは普段見かけるワインの半分ほどの大きさのワインボトルだった。
ただし驚くべきことに、ボトルの中に入っているワインは、金塊のような黄金色を呈していた。
「す、凄い色ワインですねぇ」
「これは”
「貴腐ワイン……?」
「良くわかないけど、とっても希少なワインらしいネ! ワタシもフランスで飲んで、頬っぺたがドロップしたネ!」
クロエの相変わらずのインチキ外国人ぶりは多少気になるが、それ以上に黄金色をした甘くて美味しい”貴腐ワイン”が気になって仕方がない寧子さん。
クロエは”フォアグラとかブルーチーズとのマリアージュは最高だったネ! ケーキとか、チョコレートも良さそうネ!”と、無邪気に高そうなマリアージュの例を提示して去ってゆく。
クロエが帰った後にスマホで検索してみると、”貴腐ワイン”とはごく限られた産地で収穫されるものだと分かった。
貴腐菌とやらは木に実っているブドウの実へ水分しか抜けられない穴をあける菌だそうだ。
結果、ブドウから水分だけが抜け、糖分が凝縮し、そのブドウを原料にしてワインを造る。
例えて言うならば、ビニールチューブに入った、夏定番の氷菓。
凍ったまままちゅーちゅー吸うと甘さの強いエキスが吸い上げられて、いっつも残るのは甘さも何もない氷ばかり。
貴腐ワインとはその”ちゅーちゅーと氷菓からすった甘えエキス”のみで醸造された、高級ワインのことらしい。
(まったく……また高そうなものを。クロエはバカなのです)
とは思いつつも、この御礼にクロエの大好きな”ねずみの国”へ、寧子のおごりで連れて行くのも悪くないと思う。
年末に一生懸命バイトをしたので寧子の経済事情は豊かなのである。
「ふわぁ~……」
さすがに結構眠くなってきた寧子はクロエがわざわざフランスから持ってきてくれた貴腐ワインを、沙都子の甲州ワインの隣に並べる。
今度こそ眠ろうとベッドへ向かう。
と、踵を返して扉の方を向く。
インターフォンは鳴らない。二度あることは三度あるとよく言ったものだが、さすがにそんなことはなさそうだった。
さっき飲んだグラスワインも良い感じに回って、本格的に眠くなってきている。
友達から貰った大事なワインをどう飲もうかと胸を躍らせつつ、ベッドへダイブ!
そして無情に鳴り響くインターフォン。
やはり二度あることは、三度あった。
「は~い……」
「あけましておめでとう! ……って、もしかして寝てたか……?」
扉の向こうで申し訳なさそうにしていた男性は”佐藤陽太”
近くの国立大学で醸造学を学び、ときおり寧子にワインの手ほどきをしてくれる師匠である。
「あけおめです、佐藤さん。ちょうど寝ようとしていたところなので大丈夫なのです……」
「悪いな、そんなタイミングで」
「いえ……」
「ワイン、渡そうと思って……」
「ワイン!?」
パワーワードが聞こえた途端、眠気が吹っ飛んだ。
確かに佐藤は明らかにワインが入っていそうな長細い箱を持っている。
「ありがとうなのです! 開けても良いですか!?」
「ぜ、是非!」
ワクワク気分で箱を開けると、出てきたのはいかり肩のワインボトルに入った赤ワインだった。
今年の目標は”赤ワインを知る”と誓いを立てた寧子にとっておあつらえ向けのアイテム。
しかもボトルには可愛らしい”子供のライオン”の写真が印字されている。
「【レオヴィルラスカーズ】の【セカンドワイン】だよ」
「レオヴィ、の、二番目?」
「ああ、悪い。えっと、フランスのボルドーに61シャトーってあるのは知ってるか?」
「はいです。確か1級から5級にそれぞれが格付けされた選び抜かれた生産者でしたっけ?」
「そうそう! レオヴィルラスカーズはそれの2級なんだ。本来、ラスカーズは1本20000円くらいするんだけど、もっと気軽にラスカーズを楽しめる様にってことで、多少スペックを落として販売されてるものを”セカンドワイン”っていうんだ」
ようするに二万円のワインの廉価版。とはいいつつも、数百円とか千円ちょっとで買える気がしない。
そう思うとワインの重みがずっしりと手に乗っかってくる。
「い、良いんですか、こんな良いもの……?」
「おう! 勿論! クリスマスにたくさん良いスパークリングワインを飲ませてくれたお礼っていうか……それにそれたまたま買ったワインの福袋に入ってたものだし、普通に買うより安く手に入れられてるから!」
「佐藤さん……ありがとうなのです! では遠慮なくいただくです!」
寧子が笑顔を浮かべて礼を言うと、恥ずかしがり屋な佐藤は耳まで真っ赤に染める。
背が高くて、遠目で見ればちょっと怖そうな佐藤が、こうして恥ずかしがるのはなんとなく可愛いと思ってしまう。
「佐藤さん、今年も色々と教えてくださいね?」
「ああ! 何でも聞いてくれ!」
そうして言葉を交わして佐藤を見送り、寧子は頂いた三本のワインを机の上に並べる。
ソムリエ志望の沙都子が選んでくれた――【甲州種の白ワイン】
クロエがわざわざフランスから持ち帰ってくれた――【貴腐ワイン】
そして佐藤がクリスマスの御礼にと渡してくれた――【レオヴィルラスカーズのセカンドワイン】
どれも個性的で、しかも素晴らしい品なのは間違いない。
(大事に飲まないとですねぇ)
寧子はしみじみそう思いつつ、そのまま机に突っ伏して眠りに落ちる。
彼女は夢の中で頂いた三本のワインをみんなで楽しく飲む夢を見た。
今年の初夢は最高。
きっと良い一年になるに違いない。
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