チャプター2:ようじょ、スパークリングワインに興味を持つ

第17話ようじょ、スパークリングワインに興味を持つ


「サッちゃん、お弁当手作りしてて偉いネー!」


 フランス人形のように見た目は愛らしいクロエが大げさに声を上げ、


「ワインの勉強お金かかるから……すこしでも節約、と思って……」


 大人びた印象の沙都子は嬉しいと恥ずかしいがない交ぜなのか、顔を少し赤く染めて、消え入りそうな声で答える。


(なるほど。ならわたしももうちょっと節約すべきですかねぇ……)


 と、クロエと沙都子の間に座っている、見た目はまるで”ようじょ”な寧子は、今日の昼食コンビニ幕の内弁当税込み498円へ視線を落しながら、しみじみとそう思うのだった


 季節は12月だというのに、今年は冬将軍がサボっているのか、まるで春先のように温かい。

ボージョレ会を通じてすっかり仲良くなった、寧子・クロエ・沙都子といった、アンバランスな三人の女子大生は大学の中庭にあるテラスで昼食を楽しんでいる。


「クロエちゃんのお昼ごはんも良いね。バゲットだなんて、やっぱり外国の人は違うね」


 沙都子の関心に、バゲットをもったクロエは、ふふんと誇るかのように鼻を鳴らす。


「これもお手製ネー! 朝から頑張ったネー!」

「ただフランスパンに、ハムとチーズとレタスを挟んだけで、何偉そなこと言ってるですか。たいしたことないのです」

「ネコちゃんこそコンビニ飯だからインチキね。何も頑張ってないネ」

「グッ……」


 痛いところを突かれて、寧子は何も答えられず。

沙都子の乾いた笑い声が、まるで北風のように骨身に染みる寧子なのだった。


「そ、それにしてもみんなお弁当がここまで違うだなんて面白いのです! みんなでワインをそれぞれ選んだら、どんなのが出てくるですかね?」

「ネコちゃん、すっかりワインの虜ネ。じゃあ、今年のクリスマスプレゼントはワインで決定ネ!」

「プレゼント? 毎年贈り合ってるの?」


 沙都子の結構うらやましそうな声に、寧子はジト目でクロエを親指で指さした。


「コイツとの付き合いは去年からですから、一回やっただけなのです。それもたまたま二人とも暇でしたからなんとなくやっただけなのです」


 寧子の厳しい一言も、クロエの鉄壁マインドには全く効果が無く、ガツガツと気にせずバゲットを頬張っている。

沙都子からからっ風のような乾いた笑いが上がり、師走の乾燥した空気に溶けて行く。


「でも今年はダメなのです。クリスマス会もプレゼント交換も無しなのです」

「オー? ホワイ?」

「だってクリスマスって言えば稼ぎ時じゃないですかね?」


 男縁のない寧子でも、クリスマスというのが、ある種カップルのための祭典であるということは分かる。大方、バイト先のワインバー:テロワールには、キラキラとしたカップルが大挙してくるはず。とっても忙しくなり、自分は店主のラフィさんの兵隊のように走り回る姿が容易に想像できた。


「あっ、そのことなんだけど、12月25日のクリスマスはお店をお休みにするってラフィさんが言ってたよ?」


 と、同じバイト先の沙都子から予想とは反対の事実が返ってきた。


「そうなのですか?」

「うん。その頃に例の旦那さんが帰ってくるからって。いつもはお休みにしてないみたいなんだけど、ラフィさん”今度こそは!”って張り切ってて……」


 そういえばボージョレ会の時も、旦那さんは帰国せず、ラフィさんが大荒れだったような。

今度こそはラフィさんが、旦那さんに会えれば良いなと思う寧子なのだった。


「ビッグチャンスネー! だったら今年は三人でクリスマスお祝いするネー!」

「えっ? わ、私も、良いの?」

「良いネ、ネコちゃん?」

「沙都子ちゃんが良ければ是非! こいつと二人っきりは飽きたのです!」


 またまた沙都子から乾いた笑いが起こるが、クリスマス会のお誘いがよっぽど嬉しかったのか、顔は綻んでいた。


(せっかく三人でやるですから、何か面白いことがしたいですねぇ……)


 三人でサンタのコスプレでもするか――沙都子が恥ずかしがりそうだから却下。

ならケーキでも焼くか――料理が得意なクロエ無双が始まって、調子に乗りそうだから却下。

だったら久々にスマ〇ラでもやるか――自分が楽しいだけなので却下。むしろ四人欲しいところ。


 何かないかと寧子は小さな頭をこねくり回す。すると、目の前の三者三様の弁当を見て、


「じゃあ今年は今日のお弁当みたいに、それぞれワインを持ち寄るのなんてどうですか?」

「それ面白そう!」


 真っ先に沙都子が乗ってきた。これはちょこっとだけ予想済みな寧子だった。


「じゃあ、せっかくクリスマスだから、みんなそれぞれ”スパークリグンワイン”を持ち寄らない?」

「スパークリングワイン! しゅわしゅわしてるワインのことネ!」


 あまりお酒というかワインに興味が薄いクロエも、楽しそうと思ってくれたのか元気な声を上げる。


「スパークリングワイン……アスティ、ネコちゃんとの思い出の味……ぐへへ」

「クロエちゃん?」

「あー、ほっといて良いのです。いつもの病気なのです」

「そ、そうなんだ」

「でも、なんでクリスマスっていえばスパークリングワインなんですかね?」


 実家に居た頃、寧子の両親もクリスマスと云えば、黄金色をした、綺麗な泡の上がるスパークリングワインを飲んでいたような気がする。

親戚の結婚式でも、そういえば乾杯はスパークリングワインだったような。


 ”お祝い”とか”何かのイベント”といえばシャンパン――基、スパークリングワインが度々、主役のように登場していたように寧子は思い出す。


「昔、フランスの王様の戴冠式たいかんしきはシャンパーニュ地方のノートルダム大聖堂で行われていたの。その宴席で地酒だった発泡性のワインが供出されて、みんなで乾杯したんだって。だからシャンパーニュ、発泡性ワイン――スパークリングワインが、”乾杯の定番”って言われるようになったって説があるみたいなんだ」


「さすが沙都子ちゃん! 良く知ってるです!」


「過去にソムリエ試験で問題として出題されたことがあったから……グラスの中に満たされた黄金のワインと、綺麗な真珠みたいに湧き上がる泡が綺麗で、偉い人たちが美味しそうに飲んでいたから、みんな惹かれたのかもしれないね」


「なるほど! でもどうやってあの泡をワインに発生させてるですかね。まさか炭酸で割ってるわけじゃなさそうですし……」

「あ、あの! だったら、佐藤君に、聞いてみる!?」


 何故か沙都子の頬がちょっとだけ赤く染まっていて、心なしか弾んだ声でそう提案してくる。


「佐藤さんにですか?」

「うん! 彼の大学ね、大手ワインメーカーと協力して、スパークリングワインを造る実験をしているんだって!」

「へぇ! でもわたし、佐藤さんの連絡先知りませんですよ?」

「あ、わ、私、知ってるから! だから、うん、大丈夫! 私もスパークリングワインの製造現場を知りたい! 見てみたい!!」


(さすがは沙都子ちゃん。とっても熱心なのです!)


 寧子もこれはスパークリングワインを深く知るのにとても良い機会だと思った。


それにワインの師匠と仰ぐ佐藤の解説付きならば、ネット検索や書籍で調べるよりも、遥かに分かりやすく、そしてお手軽にスパークリングワインというものを知れるに違いない。


「わかったです! 沙都子ちゃん、早速佐藤さんに連絡をお願いするのです!」

「うん! わかった!」


 沙都子は寒いのか何なのか、相変わらず顔を真っ赤に染めながら、震えた指先でスマホを触り始め、


「クロエ、お前は車出すです!」

「いえっす、まむ! ネコちゃんとドライブひゃっほーい!」


 特に予定も何もなさそうなクロエは返事一つで了承する。


 こうして寧子のスパークリングワイン探求が始まるのだった!

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