第14話ようじょ、赤ワインに挑戦する
シャルドネ、リースリング、ソーヴィニョンブラン。
白ワイン用のブドウ品種の中でも、メジャーなものは知ることができた。
ここに来て、寧子は自分が未だワインの”一端”しか知らず、まだまだかじった程度であると思い返す。
ずっと自分の中にあった”イメージ上のワイン”を試してはいない。
黒曜石のように黒々としていて、ルビーやガーネットのような深紅を帯びた――【赤ワイン】という存在を。
ワインの個性は”ブドウ品種”が大きく占める。
それを体感して理解した寧子は早速、授業の合間に、今ではいつも持ち歩いている「初心者向けワインガイド」を開いた。
すると、赤ワイン用のブドウ品種でも、白のようにメジャーなものが幾つか存在すると知った。
赤ワイン用のブドウ品種――カベルネソーヴィニョン、メルロ、シラー、ピノノワール
大体この四つらしい。
まずはなんとなく聞いたことのあるような【カベルネソーヴィニョン】
以前、沙都子に教えてもらったフランスの銘醸地:ボルドーでたくさん栽培されていて、偉大なワインを生むという。
色が濃く、ワインが出来立ての頃は、力強い渋みを持つ。
次いで【メルロ】
これもボルドーで良く栽培され、更には世界中でも、日本の長野県でも盛んに栽培されている品種だった。
基本的にはカベルネソーヴィニョンと近い性質を持つが、こちらのほうが口当たりが柔らかくマイルド。
ボルドーの一部の地域を除き、テーブルワインクラスアイテムの主な品種として使われる。ちなみにワインの一大産地:フランスでも、もっとも多く栽培されている赤ワイン用ブドウ品種だそうだ。
【シラー】というブドウ品種は、どちらかというとカベルネソーヴィニョンに近い。
果物なのにワインにすると、黒コショウのようなスパイシーな香りがするそうな。
そして【ピノノワール】というブドウ品種が凄いものらしい。
なんでも寧子でも聞いたことのある車ぐらいの値段のする赤ワイン「ロマネコンティ」はこのブドウから生み出されるとのことだった。
(つまり凄そうなカベルネソーヴィニョンとピノノワールを押さえれば良いですかね?)
たぶん、これまで、ワインに興味を持ったことで得た経験が無ければ、カベルネソーヴィニョンやピノノワールにしり込みして、絶対に手は出さなかっただろう。
幸い、今日は木曜日でバイトはお休み。クロエも何故かここ数日、バタバタとしていて、遊びに誘ってこない。
チャンスは今日しかないと思った寧子は、授業がおわると真っ先にリカーショップ:OSIROへ、ベスパを走らせた。
●●●
「こんにちはなのです、佐藤さん!」
「よぉ!」
入店するなり佐藤が、弾んだ声で挨拶に答える。
いつもここにいる彼は、本当に大学へ行っているのだろうかと思う寧子だった。
しかしというか、いつも、ここに来るのは別に佐藤の会うためではない。
寧子はペコリと佐藤に会釈して、流行る気持ちを押さえつつ、小走り気味にワイン売場へと向かって行く。
そうして記憶の通り、ワイン売場の一番上の棚板を見上げた
ずらりと並ぶ【自転車のワイン】の中に、赤と紫のキャップを見つける。
赤いキャップといかり肩のハーフボトルには英字で【カベルネソーヴィニョン】と、紫のキャップでなで肩のボトルの方には【ピノノワール】と書かれていた。
チリ産の【自転車のワイン】はいいところを突いている。
そんな感想を抱きつつ、寧子は手を伸ばすが、
「ううーん! ぬぅーっ……!」
一生懸命背伸びをして、つま先立ちをしても、棚の一番上にあるワインに指先が触れるか触れないか。
今日ほど、低い身長が恨めしいと思ったことは無い。
そんな寧子の背中を大きな影が覆って、頭上を逞しい腕が過った。
逞しい手が赤いキャップのカベルネソーヴィニョンのボトルを寧子の代わりに掴む。
「カベルネだけで良いか?」
「ピノノワールもお願いしますなのです!」
すかさず寧子の代わりにボトルを取ってくれた佐藤へ叫ぶ。
背の高い彼はあっさりと紫キャップのピノノワールのボトルを手に取った。
「ありがとうなのです、佐藤さん!」
「い、言ってくれりゃ、取ったし……」
恥ずかしがり屋な佐藤は相変わらず顔を赤く染めて、そっぽを向く。
「今日は赤ワインなんだな?」
「はいです! いよいよ赤ワインにチャレンジしようと思いまして! 佐藤さん的に、何かおすすめはありますか!?」
「とりあえず今日の所はカベルネとピノでいいと思う。その二つ、両極端だからな」
「へぇ、そうなんですか! 佐藤さんにそう言って貰えると凄く安心するのです!」
「お、おう……」
そんな会話を交えつつ、佐藤はレジ台の向こうへ入って、会計を始める。
ハーフボトル2本で1,000円ちょっと。
今日も良い買い物ができて、寧子は満足であった。
「あ、あのよ、石黒さん」
ワインの袋詰めが終って、佐藤は視線を逸らしながら声を上げた。
「? なんですか?」
「えっと、実は来週の木曜日な……」
その時、寧子のジャケットから”にゃんにゃん”と加工された音声が鳴り響く。
スマホを取り出すと、メッセージアプリが着信を告げてきた。
相手はバイト先の、ニコニコしているけどちょっと怖い店主の『ラフィさん』
自然と背筋が伸びた寧子はスマホをタップして耳に当て、佐藤に会釈をして店の外へと飛び出す。
少し佐藤が残念そうな顔をしたのは何故だろう?
「も、もしもし!」
『やっほー。今、電話大丈夫?』
「は、はいなのです! なんですか!?」
『あはは、仕事の話じゃないよ。イベントのお誘いです』
「イベント?」
『来週の店休日、お店でボージョレヌーヴォー会をしようと思ってるんだけど来る?』
最近愛読している、初心者向けのワイン本によると、【ボージョレヌーヴォー】とは、ガメイというブドウを使った赤ワインの新酒のことを指す。
毎年十一月の第三木曜日に解禁されるそうな。今年は確か11月15日である。
『いつもはその日だけは営業してるんだけどさ、今年はムーさんの提案で、常連さんとか知り合いを呼んで貸し切りパーティーにしようと思うんだ。わたしもケータリングだけだでお客さんとして参加するし、沙都子ちゃんも誘ってるんだけど、どうかな?』
「行きますっ!」
ラフィさんのお誘いだし、沙都子も来るなら断る理由が無い。
それにワインに関することならば、尚のこと。
『おっけー! じゃあ来週の木曜日の18:00から開始だから忘れないでね』
「はいです! 楽しみにしてるです!」
ラフィさんとの通話を終えると、アプリを切った筈なのに、再びにゃんにゃん着信音が鳴り響く。
『アモーレ! ネコちゃん! ネコちゃん!』
「い、いきなりなんなのですか!? うるさいです!!』
忙しいことに今度はクロエからの着信であった。
「で、一体なにようですか? 最近、ぜんぜん姿をみせないと思ったら急に電話してきて」
寧子は敢えて、強めの口調で話す。
ほんとのところは、最近クロエがあんまり傍に居なくてちょこっと寂しかったが、そんなことを正直に言ってしまえばやかましい親友は調子に乗るのは簡単に予想できたからだった。
『ソーリーネ。最近、忙しくてネコちゃん成分が欲しくなって電話しちゃったネ』
「なんですか、その気持ち悪い成分は?」
『はうぅっ! い、良いネ! ひっさびさにハートにぶっ刺さる、極上のネコちゃん成分ネ!』
相変わらずのクロエ節が聞けて、内心寧子は嬉しかった。
だからこそ寧子は、
「クロエ、来週の木曜日は暇ですか? ちょっとしたイベントがあるんで、一緒に行きませんか?」
『オー! デートネ!?』
「違うです。で、どうなのですか?」
『ジュシィ、ディズリィ……その日予定あるネ……』
クロエも本気で残念そうだし、寧子もちいさな胸がチクリと痛む。
「そうですか……」
『で、でも終わったフリーダムネ! 大丈夫ネ! デート、おっけーネ!』
「まったく……わかったです。じゃあ、忙しいの終わったら、遊ぼうです」
『ウィ! じゃあ、先輩待たせてるから切るネ! チャオ!』
「チャオ!」
通話を終えると、秋風がちょっと冷たく感じた。
なんだかんだ言っても、クロエとこうして話せるのは楽しいし、幸せだと改めて感じる。
(さて、赤ワインでも試すですかね!)
寧子は寂しさを堪えて、ベスパにまたがり、家路に就くのだった。
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