プロローグ
須藤大和は、暗くなり始めた空の下をとぼとぼと家路を急いでいた。
大和はとある大学の看護学部に通う学生だ。
昨日、やっと大学生活最後の、長い長い実習を終えたばかりで、今日はその報告会だった。
眠い目をこすりながら、毎日必死で書いた記録を提出して、だらだらとグループで発表して、やっと帰りである。
実習先の病院で、大和のグループを担当した指導者は、実に指導者っぽいお局系女性看護師だった。
何度トイレに隠れようと思ったか。
それくらい恐ろしかったし、精神的ダメージが激しかった。今でも脳内で、淡々と詰めてくる声が聞こえる気がするくらいだ。
やっと終わった実習だが、あいにく大和の就職先はその病院だった。奨学金を借りているからなのだが、別病棟勤務になる事を心から願う。
大和は、疲れ果てた足をせっせと動かして、はやくはやくと家路を急ぐ。
積みっぱなしの漫画を消化したいし、やりっぱなしのテレビゲームもしたい。
二ヶ月もすれば国家試験だが、今日明日くらいは許されるだろうか。
横断歩道に差し掛かる。ここを渡れば、いよいよ自分のアパートに辿り着く。
決めた、今日のところは、寝る。とにかく寝る。地震が起きたって絶対に起きない。いや、それはマズイか。
車道側の信号が黄色に変わる。車は無い。大和は、せっかちだなと思いながらも、その場で足踏みをする。単に寒いだけだ。
歩行者用信号が青に変わった。間抜けな機械音が、ピヨ、ピヨと鳴り出す。
帰るまでが実習。大学の教授が、締めの挨拶で言っていた。大和は、横断歩道に足を踏み出す。
と、車が一台走ってきた。かなりのスピードが出ている。
道路を渡る大和には気付いていない。大和も気付かない。
ドォン、と、ブレーキ音もなく衝突。バンタイプの車は、大きく旋回して歩道に乗り上げた。
大和は、衝撃で5メートルほど吹っ飛んだ。通りかかった通行人が、数人駆け寄って大和の様子を伺う。
誰かが、キャアアアア、と悲鳴をあげた。そのこえで、けっして多くはない通行人が、さらに立ち止まった。
大和は、あれだけ吹っ飛んだのに、痛みを感じない事に驚いた。それに、まだ意識もある。薄っすら開いた眼が、集まってくる人々を捉える。
手を動かそうと力を込めてみた。だけど、感覚が無かった。足も同じだ。
看護師を目指し、そういった事故などの話を少なからず聞いてきた。
神経損傷。麻痺。半身不随。
そんな言葉が、頭の中を駆け巡っていく。
ああ、もう。そうなるくらいなら、このまま死んだ方がいいんじゃないか?
介護をする母親の姿が浮かぶ。悲しみながら、一生懸命に自分の人生を犠牲にして大和の介護をする母の姿だ。
勘弁してくれよ、神様。
いるなら俺を殺してくれよ。
大和の心の声を、聞くものなどいない。
世界は、不条理だ。
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