「たいようのものがたり」

「き、きた……ほんとにきた……!」


 帰りのホームルーム終わると同時に川ノ宮高校からチャリで川崎駅までダッシュ。東海道本線に飛び込んで東京駅まで行って地下鉄をちょろちょろっと経由して、だいたい四十分くらいで九段下に到着。下車した途端に鼻息の荒いお兄ちゃんお姉ちゃんたちの人波に飲まれたもんで逆らわずにいるとあら不思議。大きな玉ねぎの足元に辿り着いていた。


「武道館……本当にあったんだ……!」


 日本の音楽家たちがここに立つ事を一度は夢見ると言われている、夢のステージ。日本武道館。


「そりゃあるだろアホか」


 学ランの着崩し方に拘りを感じる同級生が、人を小馬鹿にしたように溜息を吐いた。


 こいつは玲。山吹あきら。ガキん頃からの付き合いのダチ。つーか腐れ縁。ビシッと刈り込んだ短髪と目付きの悪さからは、如何にもヤンキーです、そっち系のマンガやドラマ大好きです感が滲み出ている。こんなナリだけど、理不尽な暴力は絶対振るわない。優しくて、友達思いのいいヤツだよ。小っ恥ずかしいから絶対言わんけど。


「ラピュタじゃあるまいし……」


 玲の隣で呆れた溜息を吐き出す女の名前は、由紀ゆき。見た目は典型的なガリ勉で、実際めっちゃ成績優秀の才女なんだが、なんとなーく地味ー見た目とは裏腹に、えらくガッツのある女だ。数年後、間違いなく名字が山吹になるだろうって言われている、玲の彼女。中学時代から付き合ってんだよこいつら。それでなくても産まれた時からの付き合いだってのに、よくもまあ続くもんだわ。遠慮なくケンカする事が長続きする秘訣なんだとか。そんなもんかねー。


「う、うるせー! うるせーうるせー!」

「うるせーのはテメーだアホ」

「あんだとー!?」

「くだらない事で揉めないでよ。いいからさっさと入っちゃお」

「お、俺! 俺が一番乗りするからな!?」

「ガキか」

「誰がガキだごらぁ!?」

「テメー以外どこにガキがいんだよ?」

「あたしに言わせりゃどっちもガキだって。ほら早く。ずっと楽しみにしてたんでしょ」

「そう! そうなんだよ! 今日この日の為に生きてきたって言っても過言なんだよマジで俺は!」

「過言なんかい」

「アホ……」


 なんか呆れてる二人なんか無視してずんがずんが進む。


「おおー! テンション上がるなこれー!」


 右を見ても左を見ても、北村英二の名前が書かれたのぼりや旗が上がってる。そりゃテンションも上がるってもんだぜー!


 今日、武道館の主役になる男の名前、北村英二。日本で一番有名な俳優であり、日本で一番ロックなアーティストでもあるっつー超イケてる人。俺の憧れの男だ。


「やっぱ女性客が多いねー」

「めちゃめちゃに顔が良いからなー北村さんは! その上芝居させたらチョーヤバイし歌を歌わせたらチョーカッコいいとか最強過ぎねーかマジで!?」

「すっかり信者だな」

「信者じゃねぇ! 事実を口にしてるだけだっつの!」


 そんな北村さんと、いつか一緒に仕事をする。それが役者志望のこの俺、東雲朝陽の夢。はいはい凄い凄ーいなんて玲にはバカにされたけど、今に見てろよなマジで! 必ずビッグな役者になって叶えてみせんだからよ! どうやって役者になるのかよくわかんねーんだけどさ!


「叫ばないでよマジで。悪目立ちするだけだか……」

「由紀?」

「どうかしたか?」

「や、別に。あんたらより遥かに目立つ生き物を見付けてしまったってだけだから」

「なんだそりゃ?」

「んー?」


 くいくいっと由紀の顎が示した方に目をやると、確かによく目立つ生き物が。それも、二人も。


「パツキンのチャンネー二人?」

「やっぱ業界用語ってダサいわ」

「うるせー!」

「なるほど、目立ってんな」

「だなー」


 少しパーマのかかった長い金髪を無造作に靡かせ、大袈裟な身振り手振りを交えながらあっちこっちの人に話し掛けている、なんかすげーガキっぽい一人。


 その一人の二歩後ろくらいを常にキープしながら鋭い目付きで周囲に気を配ったり、もう一人と一緒になって道行く人に話し掛けたりなんだりかんだりしてる、背中で金髪を一纏めにしているもう一人。


 なんかスゲー情報量の多い金髪のお姉ちゃん二人に、周囲を行き交う人々も目を留めずにいられない。中にはカメラ取り出して写真撮ってる連中もいる。いいのかそれー?


「外人さんか?」

「最近流行りのコスプレってヤツかも。外人風に仕立ててるとか」

「そんなの流行ってんの?」

「アキバ系ってヤツじゃない?」

「なんか違くねえかそれ?」

「なんでもいいわそんなもん。つーかあいつら何してんだ?」

「逆ナンか?」

「そんな風に見えないけど……」


 キラキラ眩しい外人さん的な二人を見ながら首を傾げる俺ら三人。逆ナンにしては男女見境なく声掛けてっしなあ。


「なんなんあの子ら」

「チケットくれって言われてもなあ」

「これ取るのにどんだけ苦労したと思ってんだっつの」

「英語だけでもわかんねーのにヘンテコな日本語混ぜてくるから何言ってんのか理解するの苦労したわ……」

「けどよーチケットやるから一晩付き合ってくれって吹っかければワンチャンあったのかもしれねーじゃんかよー」

「聞けもしねえ事後出ししてイキってんじゃねえよ腐れ童貞」

「あんだとー!?」

「図星刺されたからってキレんなよ童貞」

「うっせーぞお前ら。さっさと行くぞー」


 俺らの近くを通り過ぎたウェイウェイした連中の会話が、あの金髪二人組の目的を教えてくれた。


「なるほど、チケット探してんのか」

「じゃあ英二のファンなのかねー」

「ほほーう!? この国の外にも見る目があるヤツがいるんだなー! まあ北村さんのカッコよさなら誰が見てもイケてるー! って言うに決まってんだけどよー!」

「うるせーぞクソ信者」

「信者じゃねえって言ってんだろ! ファンだファン!

「お前みたいに盲目なヤツがいるから英二ファンはマナーがなってねえとか言われんだろうなあ……」

「だからあ!」

「だから! いちいちケンカしないでって言って…………あ!」

「あ!?」

「あ?」


 由紀の間抜けな声に反応し、視線の先を追い掛けてみると。


「あの二人、こっち来るな」

「お、おお……! マジもんの金髪じゃんマジもんの外人じゃん……!」

「また面倒事の予感……」


 話題の金髪二人組が、真っ直ぐにこっち目掛けてやって来る所だった。金髪ロングの方はアラレちゃんみたいな走り方をしていて、頭悪そうというか、関わっちゃいけない系な予感がする。もう一人の金髪ショートは落ち着き払った様子でアラレちゃん擬きを追い掛けているんだけど、ごっついジュラルミンケースを左手にぶら下げてんのがなんか怖い。こっちもヤバそうなヤツ臭がプンプンする。


「いい? マジであの人たちに声掛けられたらあたしが応対するから。多少なりとも英語出来るのこの中じゃあたしだけなんだから。あんたたちは余計な事を言わないように。あとくだらない揉め事起こさないように。わかった?」

「くだらない揉め事って、このクソ信者が一人で騒いでるだけだろーが」

「だから信者じゃねえって何度言えばわかんだクソ玲くんはほんとに! そのイカツイ頭の中空っぽなんですかー!? それとも筋肉だけしか入ってないんですかー!?」

「あ? ケンカ売ってんのかテメー」

「もうっ! 揉め事起こすなって言ったばっかじゃん!」

「だって玲が!」

「朝陽がうるせーのが悪いんだよ」

「ハーイ!」

「あ!?」

「あ!?」


 玲と睨めっこしてたら、唐突な横槍が。間の悪さにイラッとしたもんでつい反応してしまったが、直ぐに後悔した。横槍を入れたのは由紀じゃなくて俺のダチでもなくて、あの二人組の金髪ロングの方だったからだ。


 いや。嘘吐いたわ。


 後悔なんて、あるわけもなかった。


「ソーリーソーリー! ソコーノジャパニーズオニーサン!」


 ジャパニーズオニーサンとか言う、バカな俺でもわかるダメ英語とダメ日本語のミックスっつーパンチのある挨拶をくれたガイジンズオネーチャンが、目の前にいた。


「あ」


 瞬間、呼吸を忘れた。


 春の夕日を浴びてキラキラ輝く綺麗な金髪。抜けるように高い空の色に似た、吸い込まれてしまいそうな青い瞳。触れた瞬間色を変えてしまうんじゃないかと思うくらい透き通った白い肌。それらを覆うグレーのカーディガンとブラックスキニーは、ハリウッドのセレブかってくらいにビシッとキまっている。そして何より、愛らしい顔立ちをひたすらに輝かせる、眩しい笑顔。これだ。これがとにかくもうヤバい。


 恐らく同年代だろうこの少女と目が合ったその時、もうダメだった。何かが始まってしまっていた。一も二もなく、とっくに白旗だった。


 幼稚園から高校三年生までの十余年。何人もの女の子に恋をした。上手くいったりいかなかったりを経て、多少なりとも経験値の上積みが出来ている自信がある。けど、その経験が何も仕事してくれない。


「惚れた……」


 こんなにも鮮烈な一目惚れがあるだなんて、今まで知らなかったから。


「は?」

「はぁ?」

「ど、どうしよう……控えめにいって付き合いたい……俺の子供産んで欲しい……」

「病気かお前は」

「そ、そうだ! 由紀! 俺の子供産んでくれって英訳してこの子に」

「言語の壁越えたセクハラをあたしにさせようとすんなバカちん!」

「ほべぇ!?」


 ビ、ビンタ!? 殴ったね!? 親父にもぶたれた事ないのに! 


「ノー! ケンカノー!」


 両手を広げながら俺と由紀のあいだに割って入って来たガイジンズオネーチャン。心配しているのか怒っているのか少し頬を膨らませているんだが、はい可愛い。つーか近くで見ると更に可愛いなスーパー可愛いないやほんと可愛過ぎねーか君。本当に俺らと同じ人間? 天使じゃねーの?


「え? あ、や、ケンカじゃない……んだけど……」

「そ、そーらろ! 俺らりらへんはらんれしれらりろ!」

「アガり過ぎ」

「ら行率高過ぎ。酔っ払いか」

「おしゃ! おしゃけははらひにらっれかは!」

「ンー?」


 ケンカしてんのか仲良しなのか掴めてねーのか、そもそも何言ってるのかわかんねーんだけなんだろうけど、首傾げてる。は? 可愛過ぎ顔良過ぎ。好き。


「ヨークワカンナーイ! オハナシキイテクサーイ!」


 よくわかってないのはこっちもなんだけど、っていうか名前とか色々聞きたいんだけど、ガイジンズオネーチャンは本題に入りたいらしい。


「ワターシ! エージノコンサート! チケットホッシー!」


 まず自分自身を。次いで武道館を指差してぴょんぴょん飛び跳ねてる。いやいや君可愛いねいやほんと可愛いな好き。


「ん、んん?」

「英二のライブチケットを譲ってくれって事で間違いなさそうだが……」


 さっきのヤンチャお兄ちゃんたちが話していた内容の通り、彼女は英二のライブのチケットが欲しいらしいな。なるほど。


 そっか……北村さん最高だもんな……異国のお姉ちゃんが北村さんの事を良く思ってくれてるだけで嬉しくなるわ。


 そういう事なら……仕方ねっか。バイトしまくって貯めた金で買ったチケットだけど……どの公演どの会場もチケット取れなくて唯一取れたのが今日のライブだったけど……それによ、このミラクル可愛いお姉ちゃんと友達になるいいチャンスだしな……だから……。


「ノー! それはノー!」


 イエスなんて言うわけねーだろ!


「ナゼシテー!?」

「あったり前だろ! このチケット取るのにどんだけ苦労して、どんだけこの日を楽しみにしてたと思ってんだよ! 絶対絶対絶対絶対絶対ぜーったい! このチケットはやらねえかんな!」

「ソレヲナントモー!」

「そんな事言われたってダメ! 頼まれたってダメなものはダメ!」

「ノー! ドウカシテー!」

「ダメったらダメ!」

「プリーズダヨー! ギーリニンジョー!」

「ダメですぅー!」

「なんでこいつら会話成立してんだ?」

「雰囲気って大事よね」

「グヌヌ……ケ、ケイトケイトー!」


 ぐぬぬだけやけに発音良かったな、っていうかぐぬぬってどこの言語なんだ? とか考えてたら、少し距離を置いて佇んでいた金髪ショートの方が静かに前へ出た。今叫んでいたケイトってのがこの人の名前なんだろうか。つーかこの人もハイパー美人だな!? 乳デカイな!? っていうかなんでスーツ姿!? いやエロいな!? アレか! 美人姉妹ってヤツか!? 外国版叶姉妹的な感じか!?


「コレ! コレタクサン!」

「タクさんって誰だ?」

「じゃなくて、中に何かがたくさん入ってる的な話じゃない?」

「ヘンテコ日本語の傾向的にそんな感じだな」


 あーなるほど。確かに、金髪ショートさんが持ってるケースを指差してるしそのセンっぽいな。


「何がたくさん入ってんだろうな?」

「ここは金だろ!」

「ドラマの見過ぎだから」

「マンガの読み過ぎだな」

「うるせー!」


 言ってみただけだっての! そういう冗談みたいな展開だったらおもろいじゃんか! 


 周囲の注目集めまくりな中、黒の組織が遊園地の裏で危ないお薬の取引をする時に使ってそうな銀色のケースを、ケイトちゃんとやらがゆーっくりと開けた。


「ほ、ほわ!? マジで!?」

「ゆ、諭吉……しかもたくさん……」

「これ現実か? 本当に?」


 口をあんぐりさせる現役高校三年生三人。いやだってさ、本当に金がたくさん入ってると思わねーじゃん!?


「ギョーサンマネー! ソレ! トレード! オーケー!?」


 テレビの中でしか見た事のない枚数の諭吉さんらがおしくら饅頭している様を見て固まる俺らを見て好感触だと思ったのか、押しが強くなった。


「ワターシ! エミー!」


 意味不明なタイミングで自己紹介を挟み、更に更に加速する。


「チキュー! ナンバーワン! カワイイ! ワターシ! デス!」


 両手を腰に当て薄めな胸を張って、やっぱりヘンテコな日本語混じりで、自分が世界の頂点なんだよと叫ぶ、笑みというフレーズを連想せずにはいられない、愛らしいファーストネームの持ち主。


「なんだそりゃ……はは……!」


 こんなにもめちゃくちゃで意味不明なエンカウントが、俺と彼女の出逢い。


 世界中が羨むような、眩しい日々の幕が上がった瞬間だった。

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