パレット

くろあり

M.1 「あめのひ」

 俺達の世界はいつだって、面白い事だらけ。


 俺がいて、あいつと、あいつと、あいつと、あいつと、あいつがいて。


 俺達六人が、ずっと一緒だったから。


 ありがとうとかどういたしましてとか、ごめんとかいいよとか、おはようとかおやすみとか、いってきますとかいってらっしゃいとか、おかえりとかただいまとか、いただきますとかごちそうさまでしたとか、バカとかアホとかドジとかマヌケとか。全部が当たり前に言えたし、全部が出来た。


 六人のガキが一緒にいるってだけで、えらくカロリーを消費する。実際、面倒臭い事だらけだった。言いたい事が言い合えるだけに、些細な事ですぐイラついて、ケンカも絶えなかった。


 それでも俺達は、ごめんなさいといいよが言えるから、ケンカをして仲直りをしたっていう経験を上積みして、少しずつ大きくなった。そして、その度に思い知らされるんだ。こうじゃなきゃ落ち着かないんだって。ハリがないんだって。


 鬱陶しい? 煩わしい? そうかも。なんだよ、ベタベタしちゃってさ。そのくせ思春期らしい事なんて何もない。色気が足りないんだよ、色気が。


 けど、いいじゃんそれでも。だって、俺達六人が一緒なら、なんだって楽しいんだし。


 だから俺達は一緒にいた。そのお陰で、いつだって楽しい事に囲まれて、いつだって笑って、大きくなった。


 けど。たった一日だけ。バカみたいに楽しいガキンチョライフの中で、誰の笑顔も見なかった日が。六人でいたのになんにも楽しくない、忘れられない一日があった。


 この星が、この団地が、泣いてるみたい。


 そんな雨の日。


 たくさん、本当にたくさんの人が集まった。大人達も、いつも仲良くしてくれる年上のお兄さんお姉さん達も、みんな悲しそうな顔をしていた。中には泣いてる人もいた。


 俺達にはよくわからなかった。ただ、悲しい事が起こったんだっていうのだけは、なんとなくわかった。


 当然、あいつもわかってたんだと思う。アホな子だけど、頭自体は凄くいい子だから。


「ねえねえ」


 あいつがトコトコと、真っ黒な服を着た父さんに近付いて、何があったの? あの人ははどこに行っちゃったの? そう訊ねるのが見えた。あいつらは近くにいなかったから、あの瞬間を見ていたのは俺だけだと思う。父さんは答えた。


「あの人はね、神様の所に遊びに行っちゃったんだよ。いつでも元気で、みんなの人気者だからね、神様だって遊んで欲しいみたいだ。まったく、困っちゃうね」


 嘘だ。すぐにわかったけど、ならば何が本当なのかと言われると、それはわからなかった。だから俺は父さんと、小さな傘に一人で入るあいつの声を、こっそり聞くだけにしたんだ。


 そうなの? あいつが父さんに言う。そうなんだ。父さんがあいつに言う。そっか。ならさ。いつもと変わらないトーンでそう呟いて、父さんのスーツの裾をクイクイっと引くのが見えた。父さんが屈んで、あいつと目線を合わせる。


 父さんにか、神様にか、それともあの人に宛てた物なのか。


「神様なんか、いなきゃいいのに」


 そう呟いたあいつの声は、少しも震えていなかった。


「そうだね……その通りだね……」


 辛そうなのに、頑張って笑おうとする父さんの横顔も。


「うん」


 無機質な表情で頷くあいつの横顔も。あの言葉も。脳裏に焼き付いたまま、離れてくれない。


 その日、あいつは、一度たりとも涙を見せなかった。


 そういえば。あいつが最後に泣いたのはいつ、どこでだったかな。確か……ああそうだ、思い出した。


 あれは確かーー

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