※の理想を 完璧に叶えて※※※※あり※せんか?
モザイクの中の地図が示していた、星印の場所。バスターミナルの地下。
そこにあるのは、周囲のデパートやショッピングセンターの地下階とつながった、距離が長く枝分かれの多い地下通路だ。通路の途中にはいくつかの店もあるが、見るからに古ぼけた店構えのそれらは、軒並みシャッターを下ろしてしまっている。デパートやショッピングセンターの入口付近には賑わいがあるものの、それ以外の場所は閑散とした通路である。
そんな地下通路を、しばらくの間さまよい歩いたのち。
男はついに、目的のものを発見したのだった。
地下通路の奥の、ひときわ閑散とした一角。
そこに、ぽつんと一台の機械があった。
その機械の置かれた台座は、黄ばんだカーテンによって、申し訳程度に周りの空間から仕切られていた。試着室のような、というか。あるいは証明写真機のような、というか。一見するとそんな感じの様相だ。ただ、機械を乗せた台座の上には、ペカペカと光る電球で飾られた、安っぽいデザインの天蓋が付いている。なので、それと合わせて見たならば、なんというか、古いゲームセンターの奥のほうにある、やや大げさな占いマシンか何かのようでもあった。
電球がところどころ切れたその天蓋には、大きな文字で、例の文句が書かれていた。
『あなたの理想 叶えます』
男は、期待に胸を高鳴らせつつ、カーテンの内側へと足を踏み入れた。
カーテンを隙間なくぴっちり閉めてから、機械の正面に設置されたイスに腰を下ろし、機械の画面に目をやる。
まるでアーケードゲーム機を思わせる、ブラウン管の画面。
そこには。
【理 想 の ■ ■ 生 成 機】
という文字が、映し出されていた。
しかしながら、画面の中のその文字は、ひどく形が崩れていて、まるでコンピューターゲームのバグ画面のようである。前後の文字は、それでもまだちゃんと読み取ることは可能だが、真ん中の二文字に至っては完全に潰れてしまっていて、もとはどんな文字だったのか、まったくわからないありさまだ。
(だ、大丈夫かな。なんだか、オンボロな機械のようだけど。これ、故障してるんじゃ……?)
男は心配になって、動くかどうか調べてみるかと、機械に向かって身を乗り出した。
そのとき。
唐突に、テコリン、と機械から明るい電子音が鳴り響いた。
かと思えば。
『ガガ ガ……ピ――――ガガガガッ……のマシンは……ガッ……理想……ビービービー……生成機……キュルキュルキュルキュル……』
画面と同様にバグじみた、ノイズまみれの音声が、この機械の説明らしきことを喋り出した。どうやら、機械の前に人がやってくると、それに反応して機械がアナウンスを始める仕様になっているようだ。
男は姿勢を正して、そのアナウンスに聞き入った。耳障りなノイズの中から、かろうじて聞き取れる言葉を聞き漏らすまいと、懸命に集中する。
『ザザ ザザザ こ……マシンは……んな理想でも、たちどころに叶え……ガガッ……を ピ――ガ ガ として……キュルキュル ビビー……理想の……ガガガッ……を、生成する……ガッ……ピ――――』
半分以上がノイズに掻き消されたアナウンス。
それでも、聞き取れる言葉を繋ぎ合わせて補完すれば、だいたいの内容は推測できる。
〈このマシンは〉……〈どんな理想でも、たちどころに叶える〉……〈理想の■■を生成する〉……。
理想の■■、の部分は、画面に映っている文字と同じ言葉であろうか。そこは、アナウンスでもちょうどノイズに隠されてしまって、なんの言葉が入るのかは、やはり不明のままだ。
けれど、もちろん察しはついている。
『あなたの理想 叶えます』の文字が浮かび上がる、あのモザイク模様を肌に付けた、美しい女性たちの存在。
これまで女に縁のなかった友人に、突如としてできた完璧な彼女。
冴えない男と連れ添って街を歩いていた、不自然なほど数の多い、美女・美少女たち。
もう、間違いないだろう。
あれらの美しい女性たちは、みんなこのマシンによって「生成」された、「理想の恋人」なのだ。
そうと決まれば――。
『ジ ジジ……料金を……て ガ ガガッ……の下にある……ルメット……ピ――――てください。……メットを装着したら ガガガ、ガッ……のまま、あなたの理想の ジジ キュルキュルキュル……思い浮かべてくださ ビ――――ビビビ……浮かべるだけで ガッ ジィジィジィ――――設定ができま ピ――ガガガッ』
途切れ途切れのアナウンスを聞きながら、男は、マシンの料金投入口に書かれた指定の料金を、ほとんどためらいなく投入した。それによって、男の財布の中身はほぼ空っぽになってしまったが、これから手に入るものを思えば安いものだった。――ただ、一つだけ心配なのは、このオンボロなマシンが、使っている途中で壊れてしまわないかということだけだ。
男は、不明確なアナウンスの指示を推測で補完し、それに従っていく。
料金の投入を完了したので、次に、マシンの画面部の下を覗き込んでみた。そこには大きく窪んだスペースがあり、窪みの中に、奇妙な形状のヘルメットが置いてあった。よくわからない突起や、マシンに繋がった何本ものコードや、ゼンマイ状に渦を巻いたアンテナのようなものが、あちこちから生えている。そんな、やけにごちゃごちゃとしたデザインのヘルメットだ。
男は、そのヘルメットを頭に装着した。
一つ深呼吸して、目を閉じる。
そして、男はそのまま、頭の中に「理想の恋人」を思い描き始めた。
(えーと。理想の恋人っていうからには、まず第一に、美人の女性でないとな。これは絶対はずせない条件だ。大人っぽいタイプよりも、かわいいタイプの美人のほうが、俺は好きかな。
それでもって、化粧なんかしなくてもお人形みたいに色白で、肌がスベスベで、睫毛が長くて、髪の毛は柔らかいサラつや黒髪ロング。あ、もちろん顔だけじゃなくて、スタイルも良くないとな。身長は俺より10センチは低くて、体重は40キロくらい。手足や腰は折れそうに細くて、あ、でも、太ももとふくらはぎには程よい肉付きがあってほしいね。でもって、胸はブラとかで小細工しなくても、自然体でしっかり谷間ができるくらいの大きさがあって……。
それから、年齢も大事だよな。俺が今年で32だから、女性の歳は……まあ、20歳なら普通に釣り合うか。いや、でも待てよ。どうせなら少しでも若いほうが……16、とまではいかなくても、せめて18……。うん。10年経ったときに、30歳になった恋人を前にしたら……「ああ、あのとき、恋人の歳をもう2歳若く設定しときゃよかった。そしたらこいつもまだ20代だったのに……」って後悔しそうだもんな。うん、よし決めた、18歳だ!)
次から次へとほとばしる「理想」。こうなったら、もう止まらない。
第一、止める必要もないのだ。今やっているのは、このマシンの趣旨に従った作業であるわけだし。それに、高い金を払っているのだから、遠慮も躊躇も必要あるものか。むしろここは、ひとかけらの思い残しもないように、完璧な「理想の恋人」をイメージし尽くすべきである。
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