理想の■■生成機
ジュウジロウ
あなた※ どんな※※が理想※※か?
あなた※ どんな※※が理想※※か?
※の理想を 完璧に叶えて※※※※あり※せんか?
こ※マシン※※れば ※なたの思いどお※※カスタムし※「理想の※※※を実現※※※※
※だし ※理想※※設定は ※れぐれも慎重※※※
※※※※※ ※※※ ※※※※※※※※
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理想の■■生成機
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その日、男は、いつになく塞いだ気分で街を歩いていた。
友人に、恋人ができたのだ。これまで世の女の誰からも、好意を向けられる気配さえないように見えた、あの友人に。
(はあ、あいつもとうとう彼女持ちか……。友達として、おめでとう、と言うべきところだろうけど、とてもじゃないが、そんな気分になれないよ。なんたって、これで仲間うちで彼女ができたことがないのは、俺一人になっちまったんだから)
うなだれて、男は深く溜め息をついた。
かの女性は、今日、友人に手作りの弁当を差し入れに、仕事場へとやってきた。「あーこれ、俺の彼女」と、その女性の頭に手を置いて言う友人の、鼻の下を伸ばした顔が思い出される。
(ちっくしょう、裏切り者め!)
心の中で叫びながら、男はぎりりと歯を食いしばった。
(まさか、俺より先に、あいつに女ができるなんて。しかも、あんな――)
鼻の下を伸ばした友人の隣で、頬を染めてはにかんでいた、やつの恋人。
それはまさに、「完璧」としか言いようのない女性だった。
美人なのはもちろんのこと、歳も友人よりずっと若い、20歳の女子大生。その上、華奢であるけど出るところはちゃんと出ている、グラビアモデルにも劣らない体形の持ち主ときたもんだ。服装・髪形も、清楚で程よく女の子らしい、男心のツボを押さえたもので、男から見て不快なけばけばしさや、威圧感や、いやらしさをいっさい感じさせないものだった。
彼女の通っている大学は、なかなかに偏差値の高いところであるという話だが、彼女自身は、けっして頭の良さをひけらかしたり、お高く止まったりするような女性ではないようだった。
わずかな時間見ていただけでも、彼女は控えめで、素直で、優しい女性であることがうかがえた。
友人が、彼女の頭を小突きながら「こいつ、これで案外気が利かなくてさー」と軽口を叩けば、彼女も「そうなんです」と肩をすくめ、友人と一緒になってニコニコ笑う。友人が、差し入れられた弁当を食いながら「え? この油っぽいコロッケ、手作りなの? てっきり惣菜か冷凍食品かと思ったよ。おまえ、もっと料理の腕を磨かないとな」とやや口の悪いアドバイスをすれば、彼女は「ごめんなさい」と頭を下げて謝り、心から申し訳なさそうに目を伏せる。
そんな彼女に、「いいんだよ、わかってくれれば。気が利かなくても料理が下手でも、そうやってちゃんと反省できるところが、おまえの取り得なんだからさ」と言って、彼女の頭をなでる友人。彼女への愛情溢れるその態度に、うれしそうに顔を赤らめる彼女――。
それらのやりとりからは、友人と彼女が、いかにお互い気心の知れた関係であり、強い信頼で結ばれた関係であるかということが、嫌というほど見て取れた。
悔しいけれど、二人はお似合いのカップルだ。
(それにしても、あんな女性が、この世の中に存在するとはなあ)
友人に恋人ができたことよりも、そもそもそのことが、男にとっては驚きだった。
なにせ近年、この世の中における女という生き物の質の低下は甚だしい。やはり、生物としての合理性を無視した男女平等主義だとか、女の社会進出だとか、そういったことが原因なのであろうか。ああ、古き良き大和撫子はなぜ滅びてしまったのだろう。
そんなことを思いながら、男は生まれてこのかた、ずっと独り身の日々を過ごしてきた。
恋人を作ろうにも、最低限の理想に叶う女性にさえ、お目に掛かることすらできやしない。その理不尽な現実への絶望を抱えて。
だからこそ、友人の恋人であるあの女性の存在は、男に衝撃をもたらした。
そして、それは同時に、一筋の希望ともなったのである。
友人の恋人が帰ったあと、男はほかの同僚たちと共に、友人に詰め寄った。「いったい、どこであんな女性と知り合ったのか。どんなきっかけで彼女と付き合うようになったのか」と。
友人は、困った様子で頭を掻きつつも、鼻の下を伸ばしっぱなしのニヤケ顔で、こう答えた。
「別に、きっかけらしいきっかけっていうのは、なかったなあ。いつも乗るバスで、よく見かける子だったから、顔は知ってたんだけどね。ある日、彼女のほうから声を掛けてきて、俺のことがずっと気になってたんだって言われてさ。――いやあ、ああいう子も、いるところにはいるもんなんだよ」
いるところにはいる、か。
それなら、自分もいつか友人のように、あんな女性と巡り合えるかもしれない。その可能性を思うと、荒んでいた男の心にも、いくらかの安らぎが生まれるのだった。
(確かに――。こうして街を歩いてると、レベルの高い女性を連れてる男は、案外しょっちゅう見かける気がするな。けど……。うーん? この街って、前から、こんなにも美人の多い街だったっけ?)
道行く人々を見渡して、男は怪訝な思いを抱く。
今まで気づかなかっただけであろうか。まあ普段は、カップルなどあまり視界に入らないように、意識的に目をそらして歩くことが多かったけれど。だが、それにしたって、不自然なほどの美人率の高さである。
ひょっとしたら、最近になって、この街に若い美人な女性が大量に流入するような出来事が、何かあったのかもしれない。いったい何があったのかは、てんで想像がつかないが。
にしても、だ。
この人混みの中にあってさえ、ひときわ目を引く美しい彼女らは、姿形ばかりではなく、きっと心根も美しい女性たちに違いない。
ちらと見ただけでも、男はそう確信した。
なぜなら、彼女らを連れて歩いている男たちは、誰も彼もそろって冴えない男ばかりだったからだ。それはすなわち、美しい彼女らは、見た目には現れない男の中身を見て、一見冴えない彼らに惚れたのであろうことを意味する。
彼女らにとって、男の価値とは見た目ではなく、中身なのだ。なんと素晴らしいことか。
友人の恋人であるあの女性も、そうだった。
友人は、顔が良いわけでもないし、良い大学を出ているわけでもないし、収入だって乏しい。そんな友人に惚れたあの女性は、顔目当てでもなく、金目当てでもなく、男の学歴も関係なく、純粋に友人の中身を好きになったのだ。その中身だって、ひたすら女を甘やかすような、女にとって一方的に都合のいい、薄っぺらい「優しい性格」なんかでは、けっしてない。友人は、自分にベタ惚れのかわいい恋人といえど、駄目な部分があればそれをちゃんと指摘することのできる、そんな、厳しさを伴った真の優しさの持ち主なのだから。
道行く美人連れのカップルたちも、やはり、友人とその恋人の女性のように、純粋な愛情で結ばれた関係なのだろうか。冴えない男に寄り添い、その男を熱い視線で見つめる、美しい女性たち――その光景は、まさに真実の愛を感じさせ、それを見る男をほほえましい気持ちにさせた。
と、そのとき。男の前から、三人組の女がやってきた。
特に美人でもないその女たちは、何事か楽しそうに声を上げて笑っている。
男は、すれ違いざま、その女たちに小さく舌打ちを浴びせた。
(ふん、まったく。女同士でつるんでたって、これといって楽しいことなんかないだろうに。男に相手にされないならされないで、もうちょっとしおらしくしてれば、まだ可愛げもあるのにさ。ああやって、無理して女だけで楽しそうになんかしてるから、よけいに男が縁遠くなるってことが、わかんないのかね)
彼氏なんていなくても、私たち女だけで楽しくやってます、と言わんばかりの空々しい態度。そんな強がりは、世の男から見てこれっぽっちも魅力的ではないのに。まったく、いつか機会があれば、あの手の女どもに教えてやりたいものだと、男は思う。
(やれやれ、せっかく心温まってたっていうのに、気分が台無しだよ)
男は溜め息をついて、通りの途中にある休憩用ベンチに腰を下ろした。
そうして、目の前を通り過ぎていく女の胸やら脚やら、美人の顔やらをしばらく眺め、気分を直した。
そのうちに、男はふと、あることに気づいた。
(んん? なんだか……さっきから、やたら妙なものが目に入るな)
男は、パチパチと強くまばたきし、それから、あらためて目の焦点を合わせてみた。
しかし、男の視界の中を時おり行き過ぎるその「妙なもの」は、やはり気のせいでも見間違いでもない。
それは、美しい女性たちの肌の上に、貼り付いているように、あるいは浮き出しているように見える、細かいモザイク模様だった。
5センチ四方ほどのそのモザイク模様がある場所は、人によっていろいろで、首筋だったり、手の甲だったり、スカートから覗く脚だったり、胸元だったりした。男は注意深く観察してみたが、モザイク模様を二つやそれ以上付けている女性は、見当たらなかった。
美しい女性たちばかりが、一人につき一つだけ肌に付けている、モザイク模様。
その奇妙さに、男は当惑して眉をひそめた。
(なんだあれは? まるで、QRコードみたいだな。最近流行ってるタトゥーシールかなんかなのか? けど、ファッションタトゥーの類にしちゃ、あまりにも味気ないデザインだし……)
首をかしげつつ、男はベンチから腰を上げた。
バス停に向かって歩きながら、それとなく周りに注意を払う。
すると、道中でもやはり、肌にモザイク模様を付けた美しい女性が目に入る。
バス停に着いて、バスを待っている間にも、いくつもいくつも目に入ってくる、奇妙なモザイク模様。
やがて、男はやってきたバスに乗った。
そのバスの中で、目の前に立った女性の肌にもまた、モザイク模様があった。男に背を向け、吊り革を握るその女性の、白くすべらかな手の甲に。
ちょうど見えやすい位置だったため、男は目を凝らし、モザイク模様をじっくり見つめた。
そうしていると。
細かいモザイクの中から、だんだんと、文字が浮かび上がってきたのである。
モザイクの中には、こう書かれていた。
『あなたの理想 叶えます』
それを読み取ると同時に、男は驚いて目をしばたかせた。そのまばたきで、文字はたちまち崩れて、もとのモザイクの固まりに戻った。
(な……なんだ? 今のは……)
困惑しつつも、男はさらに、目の前のモザイクを見つめ続ける。
すると今度は、モザイクの中から、地図らしきものが浮かび上がってきた。
それは、この市街の中心部の地図のようだった。地図の真ん中あたりには、そこに何かがあることを示す、星印が描かれている。星印の場所は――男の乗るバスが、今まさに向かっている、大きなバスターミナルだった。
さらに、星印のすぐそばには、階段のような記号と、下向きの矢印。
バスターミナルの、地下。ということだろうか。
(そこに行ったら、何があるんだ? 『あなたの理想 叶えます』って――)
男は、ごくりと喉を鳴らした。
まさか、そんなことが、と思う。でも、もしかして、もしかして。
この街における、姿も心も美しい女性たちの急激な増加。彼女らがそろって肌に付けている、同一種類のものとおぼしきモザイク模様。そのモザイクの中から浮かび上がった『あなたの理想 叶えます』――。
(そ、そういえば……)
男は、ふとあることを思い出して、ポケットから携帯電話を取り出した。
友人の恋人。あの女性の写真が、携帯電話に入っている。彼女が帰ったあとで、友人が、今までのデートの写真を何枚も、半ば強引に送ってきたのだ。
それらの写真を、男は端から調べていった。
してみると、案の定。
半袖から覗く彼女の白い腕には、紛れもないそのモザイク模様が刻まれていたのである。
(これって、つまり――)
携帯電話を操作する指が、興奮で震えた。
モザイクの地図が導く先に、果たして何があるのかは、わからない。
けれど、少なくとも。
(――ここは、行ってみるしかない!)
万が一にも可能性があるのなら、それを逃す手はないだろう。
男は、ほとばしる期待で胸を熱くしながら、バスがターミナルに到着するのを、今か今かと待ちわびた。
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