「影のように実体のない身体を持って生まれた少年」の話③
両親の言いつけが頭をよぎった。
自分は家の外に出ちゃいけない。人に存在を知られちゃいけない。
それを破ればきっとものすごく怒られるのだろう。
でも――。
ずっとずっと、望んでいたことだったんだ。
言いつけに背くことに罪悪感はあった。
けど、憧れていた外の世界のほうから、僕を誘ってくれたんだ。
我慢できずに、僕はその日、生まれて初めて家の外に出た。
ガラス戸をすり抜けてそこから外に出ることはできたが、男の子が見ていたから、一応、家の反対側から出て男の子の所へ回った。
男の子は、これからみんなと遊びに行くから一緒に行こう、と僕を連れて歩き出した。
道行く途中、僕はずっと興奮しっぱなしだった。
本でもテレビでもない、生まれて初めて自分の目で見る外の世界。
うれしくてうれしくてたまらなかった。
そうしてたどり着いた場所は、廃材置き場になっている空き地だった。
その辺りはアパートや社宅やらが多くある所で、そこら中が駐車場や貸しガレージだらけだった。
本やテレビで見て想像していた「町」に比べると殺風景な景色の一帯だったけど、広い駐車場で遊べるから、子どもたちはよくそこに遊びに来るらしかった。
僕が連れていかれた空き地は、駐車場じゃなく、何か建物を取り壊した跡のようだった。
地面は舗装されてなくて、隅のほうに、けっこう背の高い色んな草が茂ってた。
空き地の左には使われてない古いガレージがあって、その横に、以前そこにあったんだろう建物を取り壊した廃材が積んであった。
木材とか、レンガとか、ブロックとか、トタン屋根とか、そういった物がたくさん、ガレージの屋根に届く高さまで積み上げてあったんだ。
空き地には、僕を誘ってくれた男の子の友達が数人集まってた。
彼らはランドセルを空き地の隅にまとめて置いて、廃材の山に群がり、それを登り始めた。
そうやって、廃材の横にあるガレージの屋根の上まで登るのが、彼らのいちばんお気に入りの遊びだそうだった。
屋根に登った子どもは、悠々とそこに腰を下ろして、日向ぼっこをしながら持ち寄った駄菓子を広げて食べていた。
とても楽しそうで、見ている僕もわくわくした。
僕も、彼らと一緒に廃材を登ろうとした。
けれど――。
僕の手も足も、廃材をすり抜けてしまって、さわることができない。
僕は、そこにいる子どもたちのようにガレージの屋根には登れなかった。
そうなんだ。
考えてみれば、僕は家の階段だって登れない。
僕の家のアパートは建物の内側に廊下や階段があって、小さい頃、どこまでが自分の家なのかわからずに、わざとじゃなく両親の言いつけを破って廊下まで出てしまったことがあった。
そのとき上の階へ行ってみようとしたけど、僕の足は階段をすり抜けたんだ。
外の世界に出てきても、僕は、普通の子どものように遊ぶことはできない。
廃材登りも、ボール遊びも、バトミントンも、公園のブランコもジャングルジムも、何もできないんだ。
外の世界に出て普通の子どものように遊びたいという夢が、僕にとってどれだけ無理な望みだったか、そのとき初めて知った。
廃材をすり抜ける僕の体を見た子どもたちは、当然驚いて、おばけだ、幽霊だとはやし立てながら逃げ回った。
「幽霊はここまで登ってこれないぞ!」と誰かが言って、子どもたちはあっという間に、一人残らず廃材の山を登ってガレージの屋根に避難した。
僕を遊びに誘ってくれた男の子も、みんなと一緒に屋根に登って、決して下りてこようとしなかった。
僕は居たたまれなくなって、急いで空き地をあとにし、自分の家に戻った。
もう外に出たいとは思わなかった。
それからは、ガラス戸の所に行って外の景色を見ることもやめた。
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