「決して壊れることのない肉体を持って生まれた少女」の話①
死者である母は、生者の国へ行ってあたしを産み落とした。
なぜかっていうと、死者の世界は「生まれる」こととは相入れない世界だから。
子を身ごもった死者は、その子を産むときだけ生者の世界を訪れなければならないの。
子を産めば、死者はもといた死者の世界に帰らなければいけない。
生まれるやいなや、あたしは母と別れて一人生者の世界に残された。
あたしが産み落とされた場所は、ひと気のない山の中だった。
……さあ。なんで、山だったんだろ。……日本では、死んだ人の魂は山へ行くとか、そういう古い信仰があるらしいって、何かで読んだことがあるけど、だからかな?
……あ。そっか。そうかも。あたしの母親が死んだ場所かあ。それはありうるね。なるほどお……。
でね。
そこで泣いていると、そのときたまたま山に遊びに来てた子どもたちが、泣き声を聞きつけてやってきたの。
子どもたちはまだ小学校に上がったばかりの、幼い男女の三人組だった。
彼らは「糸トンボ」をして遊んでるところだった。
糸トンボっていうのはね、トンボに糸をくくり付けて、飛ばしながら持ち歩く遊びなんだって。
彼らは山で捕まえたトンボの首に糸を結んで飛ばそうとしたの。
でも、トンボが飛び立って、糸がぴんと張った瞬間に、トンボの首がぽろっと取れて失敗しちゃったんだって。
それで、また新しいトンボを探してたところに、あたしの泣き声が届いたのね。
彼らはあたしを見つけて、最初は、もちろんすぐにあたしを大人の所へ連れていこうとした。
けど、あたしを抱き上げて、何か様子がおかしいことに気づいたの。
あたしは息をしていなかった。
心臓も動いていなかったし、体温もなかった。
そう。
あたしの体は、死体だったの。
死体だけど、あたしは生きてる赤ん坊と同じように動いて、泣いていた。
死んでるけど生きていた。
――ううん、というより、生きても死んでもいなかった、っていったほうがいいかな。
そんなあたしをどうしたらいいのか、子どもたちは困った。
幼い子どもとはいっても、目の前にいる赤ん坊が、普通では考えられない異質なものだってことはさすがにわかったんだね。
彼らはあたしの存在を大人に知らせるのをためらった。
なんとなく、これは表ざたにしちゃいけない、他の人間の目から隠しておかなきゃいけないものだって感じたみたい。
それで、彼らは、三人でこっそりあたしの面倒を見ることにしたの。
山の奥の、土の道の脇から伸びた、草と木でできたトンネルみたいになった登り道の先には、彼らが以前偶然見つけた山小屋があった。
そのときにはもう使われなくなってた廃屋で、彼らはその小屋を自分たちだけの秘密基地にしてたの。
彼らはその小屋にあたしを隠して、毎日小屋にやってきてあたしの世話をした。
彼らはミルクを持ってきてあたしに飲ませてくれたけど、何ヶ月経っても、あたしはちっとも大きくならなかった。
死体だから、そういうものなのかなって彼らは思って、そのうちあたしにミルクを飲ませることをやめたのね。
でも、そうするとあたしはみるみる元気がなくなって、泣くことも動くこともしなくなった。
慌ててまたミルクを飲ませたらまた元気に動き出した。
ミルクを飲んでも成長しないけど、何も口にしなければ体を動かすエネルギーがなくなる。あたしの「死体の体」はそういう仕組みだったみたい。
そんなだったから、彼らは、あたしがいつまで経っても赤ちゃんのままなんだと思ってた。
でも、ある日ね。
小屋の中にネズミが出て、それが、眠ってるあたしの口の中に入ったの。
彼らは焦ってネズミを吐き出させようとしたんだけど、あたしはネズミをそのまま呑み込んじゃった。
それでもあたしが平気そうにしてたから、彼らはそこで、あたしがミルク以外のものでも食べることができるってわかったのね。
それからは、彼らはいろんな食べ物をあたしに持ってきてくれた。
あたしはなんでも食べたけど、しばらくして、彼らは気づいたの。
肉を食べると、食べたぶんだけあたしの体が大きくなるってことに。
あたしの体は、死体だけど、ちゃんと成長する体だった。
……ただし、やっぱり、生き物みたいに栄養を吸収して成長するっていうのとは、違うんだと思う。
あれはたぶん、「同化」なのかなあ。
粘土に粘土をひっつけて大きくしていく、みたいなものでさ。
それはそうと、赤ちゃんの世話って、食べ物のことだけじゃないよね。
幼い彼らはまだ、ちゃんとした赤ちゃんの育て方なんて知らなかったけど、食事をさせるだけじゃなく、あたしのことを抱っこしたりしてあやしてくれた。
……そのときにね、一度、あたしを落っことしたことがあったんだって。
あ、このへんのことは、物心つく前のことだから、あたし自身は覚えてないの。
あとになって彼らから聞いた話ね。
……で、三人の中の、ちーちゃんって女の子が、あたしを抱っこして山の中を散歩してたとき、うっかり手を滑らせて落としちゃったのね。
それでさ、あたしの首、ぽきん、て折れちゃったんだって。
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