第17話 爺さん
二月に入った。
真夜中の風も身を切るが、午後からの曇り空は明るい分だけバイクの風が氷をぶっかけられたように痛く感じる。
中谷は曇り空からちらちら落ちてくる小雪をヘルメットの中から上目に見つめると、一気にバイクを飛ばし夕刊を終えた。
営業所の仮眠室に駆け込み、石油ストーブの上に手袋を脱いだ手を裏に表にとしきりにかざしていると、後ろから女事務員が近づいてきて中谷の背中をつっついた。
「中谷さん。三区の蕪畑のおじいさん、卒中で死んだそうよ」
「えッ」
言葉に詰まった中谷は、振り向いて事務員の次の言葉を待った。
「なんでも、近所の人の話だと一週間くらい前にトイレで倒れてそれっきりだったそうよ。一人暮らしだったでしょ、あそこ。
親戚が東京に居るらしいけど、めったに来たことなかったみたいだし。
それで今日、いつも蕪もらったりして時々話し相手になってやってた隣の奥さんが回覧板もってったら、ポストに新聞はあふれてるし、玄関は開けっ放しになってるしで、呼んでも出てこないから町会の人と警察に通報したらしいのよ。
そしたらトイレでひっくり返ってるとこ発見されたってわけ。今、東京から親戚が来ていろいろ後始末してるみたいだけど、全くいやねー。
中谷さん集金してたから良く知ってるでしょ、あそこ」
「ええまあ、、、」
「それで明日からあそこ新聞ストップね。
脇田さんに中谷さんから話しといてくれる?よろしくね」
女事務員はそれだけ言い終えるとトットと入口のワキにある狭い事務室に戻って行った。
中谷は、忘れようとしても、三つの顔が浮かんでは消えするのを止められなかった。
失踪した堀江の、前歯を一本失くした口が開いてニヤッと笑っている。
そして今にも泣きそうな、油で薄汚れた自称プレス屋のおやじの顔。
最後に爺さんの顔が中谷に話しかけては消えていく。
「明日は大雪になるらしいすよ、中谷さん」
そう言って夕刊から帰って来た脇田はボーっとしてストーブの前に立っている中谷を見た。
「そうそう、あの蕪畑のじじい、死んだらしいですよ。
今、夕刊入れてきたんですがねえ。警察とか人が家の前で話してんの聞いたんですが、大分前に便所でクタバッてたらしいですよ。
ここんとこ寒いから年寄りは良く死にますね」
中谷は顔をあげて脇田をニラんだ。
「それで、あそこ明日からストップですよね」
中谷は軽く頷いて再びストーブを見下ろした。
「中谷さん、私、きのう新規一年間取りましたよ。
爺さんの畑から出て、五軒目の建売でなかなか取れなかったけど、やっと落ちましたよ。これで爺さんの替わりでグ数は変わらず、と。
でも、あのデコボコ道にバイクで行かないで済むと思うとホッとしますよ。
雨の日にあそこで俺、二回も転びましたよ。まあ、新規取れたのも、爺さんの最後の情けって訳かどうかわかりませんけど。
世の中、諸行無常でございますねえ」
少し、ベテラン組に仲間入りしてきた脇田は、調子の良い訳の分からないことを言ってニコニコしながら入口の事務室に飛び込んでいった。
客のハンコのついた新規の契約書を事務員に渡して、幾ばくかのお礼金をもらうためである。
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