第8話 春
月末の営業所は、集金や客の契約の更新、他紙への切り替えなどで仮眠室兼ミーティングルームは時間に追われる配達員で満員になる。
「春が来るよ。みんな!来月は全員で酒持って花見でも行くか」
店長が威勢よく音頭をとるが、有り得ない話にだれも返事をしない。
ある者は集金した金の計算に夢中であり、又、新規客とストップした客を順路票にチェックし書き直す作業に余念がない。
「おいお兄ちゃん、君は『縛り』が弱いから集金の時、しっかり縛ってこなきゃだめだよ」
店長が誰も乗ってこないので、ムッとした顔つきで近くに座って金勘定している学生崩れの配達員にハッパをかける。
『縛り』とは、月末に契約切れになる客に、連続して新聞をとってもらうためのハンコ取りのことをいうのであるが、最近は洗剤や品目当てに毎月のように新聞を変える主婦が増えている。
「俺、『縛り』は昔から得意なんだけど新聞の縛りだけは苦手なんだよなあ」
学生崩れの配達員が独り言を言うと、すかさず横から堀江が、
「偉そうなこと言わないの子供は。諸先輩方に失礼でしょ。
今度俺がいいロープ貸すから、四丁目の三好さんところの奥さん縛ってきなさい」
「あそこの奥さん美人ですよねー。俺、タイブだなあ、ああいう人」
「馬鹿かお前は。10年早いってえの」
堀江が学生崩れの頭をたたくと、そこへ中谷が入ってきた。
「あ、中谷さん!どうしたんですか。真面目な顔して。
親でも死にましたか」
口の減らない堀江が声を掛けると、中谷は黙ってその場に座り込んだ。
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