伝承されている《あるいはされなかった》物語

南の賢者の話




《その昔、人を寄せ付けない険しく気高い山があった。山の北側と南側にはよく栄えた国があったが、行き来するにはその山を遠く迂回せねばならず、争うことすら手間だと同盟を組んでいた。その長い交易ルートの途中途中で、商隊相手の街も栄えた》


ある時、南の国に賢者≪薄汚れた老人≫が現れた。


《骨董品のようなぼろぼろの布に身を包んだ老人は、手当たり次第に「何か困っていることはあるか」と聞くものだからとても気味悪がられた。1人の酔っ払いが、そんなに暇なら街道の崖崩れでもなんとかしてくれよとからかうように言った。長い交易ルートを少しでも早く駆け抜けようと山肌に近い街道を切り拓いたものの、崖崩れや転落事故が多かった。皆ができるものかと笑ったが、老人は「そんなことか」と足速に街道へと歩いていった》


賢者は山肌の街道を一晩で石造の強固なものへと変えた。


人々は皆、奇跡だと口にした。


《荷馬車が通れず酒をあおるしかなかった男はひどく感謝し、老人に酒と食事を用意して美しい娘もあてがったが、老人は眺めるだけでなにも口にしなかった》


誰もがその賢者の名前を知りたがったが「北側から来た」とだけ言い、一羽の白い鶏を手土産に帰ってしまった。


人々は賢者に敬意を払い、その街道を北の賢者の街道と呼んだ。

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