海に誓い、山に盟う

水無神 螢

プロローグ

いつも通り繰り返す、朝。


晴れていたり、曇っていたり、雨が降っていたりと、次々と天気は変わっていくものの、基本的にはいつもと変わらない朝である。

その日常が変わったのは、今日郵便受けを覗いた時だった。


「…お?」


郵便受けには大抵、新聞か何かの広告しか入っていない。あとは正月に年賀状が入るぐらいである。それか、そろそろ来そうな同窓会の招待状か。携帯電話の普及や発展により、手紙を送り合う風習は少しずつ消えつつある。


だが郵便受けの中身には、新聞の他にもう1つ、年賀状でも同窓会の招待状でもないものが入っていた。


「…葉書か」


葉書なんてものも受け取る機会は少ないだろう。親の所で住んでた時に、歯医者の定期検診だの、そういったものでしか見たことがない。一人暮らしをしてからは1、2回目は受け取ったような気がする。…いや、受け取ってないかも。


そんなことを思いながら取り出し、送り主を見ると、



思わず顔に笑みがこぼれた。



すぐに友達に連絡した。土曜日だということもあってか、その日の夜のうちに全員が集合した。最後のやつが来た時には、既にみんなの興奮は最高潮だった。


「おっせーよお前、土曜日だってのに何してんだよ」

「るっせ、こっちはてめーらサラリーマンと違って飲食店だ。これでも店長に頭下げて早退してもらったんだぞ」

「私サラリーマンじゃないもん。もちろんサラリーウーマンでもないし」

「でも土曜日は暇なんだろ?いいなぁ畜生」

「サラリーマンだっていいわけじゃないぞ。うちはブラック企業じゃないけど、課長が怒るとめんどくさいし」

「こっちだって料理失敗したら客にも店長にもどやされるからな。ったく最初は大変だったぜ」


騒がしくなる友達達をまあまあとなだめる。マンションだから、あまり騒がれると他の人に迷惑がかかる。


ある程度落ち着いてから、例の葉書を回すと、皆は手に取った瞬間に喜びの声を上げる。


「なっつかしー、この字」

「なんか涙出てきそうだわ」

「ほんとほんと」


皆は何回も裏表をひっくり返し、懐かしむようにそれを何度も眺めた。


「おいてめー、全くいいやつだよな」


1人が俺の肩に腕を回して絡んでくる。「何がだよ」と突っ込むと、


「だっててめーしか受け取ってねぇんだろ?それ。ずるいよなぁ。ま、贔屓ってやつだろ?」


明らかにからかっている笑い方が気にいらないので、「ウッセェ」と一蹴する。


「ほんとだよー、私も欲しかったー」

「仕方ないさ、なんせこいつの特権だからな」

「俺たちは諦めてやるよ」


面倒くさいことに敵が増えた。どうしていいかわからずにそっぽを向くと、「やーい、照れてやんのー」とからかってくる。既に成人してるくせに中身は子供か、お前ら。


居心地が悪くなって、葉書の送り主をほんの少し恨む。だがそいつのことを思い出すと、どこか優しい気持ちになった。上手く言えないけど。いや、一応言葉では言い表せるけど。



俺は、切手もついていない葉書を手に取ると、その送り主の名前をもう一度見たのだった。









その送り主の名前が極めて特別な意味になったのは、大学生になる直前の、忘れられない数日間からだった。

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