水族館のぬいぐるみ
とある水族館のお土産屋。毎日まいにちたくさんの客が訪れるこのお土産屋には、たくさんのぬいぐるみが並んでいる。
ドラゴンのぬいぐるみは、そんな水族館のお土産屋の、出口専用ドアの近くの背の高い棚の上にいた。かれこれ数年、彼は売れ残ってこのお土産屋のこの棚に居座り続けている。彼がここに居座り続けている間にも、たくさんのぬいぐるみたちが、次々とレジに持ち込まれ持ち主となる人間の元へと旅立っていった。
元々水族館で展示されている動物とは全く関係のないドラゴンのぬいぐるみは、なかなか手に取ってもらえず、いつしか埃をかぶるようになっていた。ペンギンのぬいぐるみや、イルカのぬいぐるみは、毎日飛ぶように売れていき、店の人が毎日新しいぬいぐるみたちを並べていた。彼らは一週間としてお土産屋にいることはなく、さっさと色んな人たちのところへと旅立っていくのだった。
お客が少なかった台風の日の午後、売れ残ったペンギンのぬいぐるみの一羽が言った。
「キミは、とても不幸なぬいぐるみだね。きっと買い手もつかなくて、商品として売れないくらい、日焼けして劣化して、ごみ箱に捨てられて、燃やされて一生が終わるんだよ」
ドラゴンのぬいぐるみは、何も言い返せず、黙って下を向いていた。自分がどうなるのか、自分が一番不安だからだった。お店の営業時間が終わり、室内が真っ暗になっても、彼は考え続けていた。
自分が売り物にならないくらい埃をかぶり、すりきれて誰かに買われることもなく、捨てられてしまうのが先か、それともこんな埃をかぶった自分を誰かが買ってくれるのが先か……。ドラゴンのぬいぐるみは、次の日もその次の日も、一生懸命考えた。考えてたとえ答えが出たとしても、それが直接の解決にはつながらないことは、ドラゴンのぬいぐるみにもわかっていた。それでも、考えずにはいられなかった。そうこうしているうちに、半年ほどの月日が流れた。
ある日、いつものようにうつむきかげんで考え事をしていたドラゴンぬいぐるみは、棚に見え隠れする小さな手を発見した。少しだけ、客にばれないように棚の前の方へと移動する。すると、小さな手がドラゴンのぬいぐるみを掴んだ。それは、小さな男の子の手だった。男の子はドラゴンのぬいぐるみを持って、母親と思われる女の人のもとへ走っていく。
「お母さん、お母さん、このぬいぐるみ欲しいっ!」
男の子は、ぬいぐるみを母親に差し出した。ドラゴンのぬいぐるみは、できる限りかわいく、美しく見えるよう目をキラキラさせてみた。しかし、母親の一言は至極冷たかった。
「えー? そのぬいぐるみのどこがかわいいの? ペンギンのぬいぐるみとか、イルカのぬいぐるみとか、たくさんあるでしょー? これなんていいんじゃないの」
母親が手に持ったペンギンのぬいぐるみが、ドラゴンのぬいぐるみに向かって笑いかける。しょぼんとした顔のドラゴンぬいぐるみは、母親の手で棚に戻された。
しかし棚に戻された瞬間、別の小さな手が伸びてきた。さっきの子供の手より幾分かは大きくて、しわも多い。それは、大人の女性のものだった。小さな手のその女性は、しょぼんとしたドラゴンの顔を覗き見るようにして、独り言のようにつぶやいた。
「……うち、来る?」
ドラゴンのぬいぐるみは、うなずきそうになって慌てて取りやめた。その代わり先ほどと同様に一生懸命かわいく見えるよう努めた。女性は、先ほどまで彼がいた棚を見て言った。
「ここでずっと、一人だったんだね。一緒に帰ろう」
女性にも、母親らしき人がいた。女性が嬉しそうにドラゴンのぬいぐるみを抱えて駆け寄ると、母親は、冗談めかして
「そんなにぬいぐるみ増やしてどうするの」
とは言ったものの、先ほどの子供の母親のように取り上げたりはしなかった。女性の手に抱かれたぬいぐるみは、そのままお土産屋の店内を回る。どうやら、他にも欲しいものはないか探しているようだった。
そんな時だった。以前、ドラゴンに
『きみは不幸なぬいぐるみだね』
と言ったペンギンのぬいぐるみを買っていった女の子とその父親がお土産屋に入ってきた。水族館の近所に住んでいるのだろうか。女の子は、一直線にぬいぐるみコーナーへと走ってきた。今度はイルカのぬいぐるみを買おうとしているようだ。そんな時、女の子の父親が、猫なで声で言った。
「今日はパパ、機嫌がいいからぬいぐるみ、二つ買ってあげちゃうぞー」
「え?なんでなんで?」
不思議な顔をする女の子に、父親はそっと語り掛けた。
「ママがね、この前掃除をしたときに、ペンギンのぬいぐるみ、大きな汚れがついてたから捨てちゃったみたいなんだよー。でもね、ペンギンのぬいぐるみなら、ここに来たら新しいのが買えるから、新しいのを買ってあげてって、ママに頼まれたんだ」
「ママ、ペンギン捨てちゃったの!? ひどい!!」
そう叫んだものの、女の子は言った。
「でも、二個買ってもらえるならいっか!」
そうして、新たなペンギンのぬいぐるみを選んで、そしてイルカのぬいぐるみの顔選びに入った。その横をドラゴンのぬいぐるみを大切に腕に抱いた女性は、通り過ぎる。
ドラゴンは考える。あの時のペンギンのぬいぐるみと自分、どちらが幸せなのだろう、と。そう考えていたとき、別の小さな女の子の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、それ何? かわいい! 私、その子がいい」
女性にかけよってきたポニーテールの女の子は、ドラゴンのぬいぐるみを指さしていた。女性とポニーテールの女の子は、どうやら親戚らしい。女性は、少し悩むそぶりを見せ、小声でドラゴンのぬいぐるみに言った。
「きっときっと、私が買ってあげるよりキミは、もっと小さい子に遊んでもらえる方が幸せだよね。私の家に来ても、ただベッドの上に飾るだけだからね」
そう話す女性の言葉は、ドラゴンのぬいぐるみに言っているものの、半ば自分に言い聞かせるようにも見えた。女性は名残惜しそうにドラゴンのぬいぐるみを抱いていたがやがて、ポニーテールの女の子と目線を合わせるようにかがんで言った。
「仕方ないなぁ……、譲ってあげる!」
「わあい!」
「その代わり!」
女性は言葉を切り、女の子としっかり目線を合わせて言った。
「このぬいぐるみのこと、とーっても、とーっても大事にしてあげてね」
「うん!」
こうしてドラゴンのぬいぐるみは、とある小さなポニーテールの女の子の家へと旅立った。その後のぬいぐるみの冒険は、ぬいぐるみと、女の子だけが知っている。
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